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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
ゆりかごを覗く時の顔は
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弄ぶ時間、間断なき閑居

 例えば、信仰の領域を収入に昇華させたカペル王国国王ロイ・ディ・カペルは、その爛れた半身に魔術を叩き込み、また半身に珠算を叩き込んだ。国益に適う悪魔の召喚も行った。花の都ペアリスが盤石の王都と謳われるのは、あらゆるものを理性的に、定量的に計測してきた結果である。

 使用人が時間を悪戯に潰すのであれば、それを削ぎ落とすか或いは一時的に「退避させる」必要がある。そして、退避させるとは、定量的にはプラスマイナスゼロ以上の成果が上がる必要があるという事だ。


(私が給金を支払うよりも支払いを受けられる場所に派遣する、その上で、交通費分の利益を上げる……)


 玄関口で気の進まない様子で掃除をする使用人が欠伸をする。ぽやんとした垂れ目の先から一粒涙が滲んでいる。青銅色の重苦しい壁にこびりついた苔を削る女性使用人が彼の足を蹴ると、バランスを崩した彼は箒に体重をかけて壁に顔をぶつけそうになる。向きになった彼が女性使用人の尻を蹴ると、びくりと身を竦ませた彼女が彼の脛を一発叩く。実に平和で、忙しなさとは無縁の光景だった。


 ジュスタンの意見は一定の合理性がある。その上で、私達が彼らを養うには、無理にでも最低限の人間で城を回転させる必要がある。私は使用人服の袖先を捲っては戻し、彼らを睨みつけるようにして思案に耽った。


 幸い、彼らはジュスタンに育てられただけあって、じゃれ合っていてもこの城の掃除はお手の物である。整備された令嬢の宮殿のような綺麗な城であれば、却って手がすくかもしれない。彼らを追い出しても、首尾よくいけばどこででも使用人業は続けられる。


 但し、私には今一つの欲望‐出来る限り利益を最大化させる事‐を求めていた。間接的なバナリテの完成によって、フーケの言った収益を上げる事の重要性を理解すると、この欲望はより一層強まる。

 とはいえ、利益を最大化させるならば、安定して利益が上げられる業態が望ましい。


「あれ、ジョアンナ様、お戻りでしたか?」


「あら?えぇ、領主ですもの」


 じゃれ合っていた女性使用人が驚きの声を上げる。私は目を丸くした。この使用人と何か関係があっただろうか?


「ジョアンナ様が領主!?お、お悔やみ申し上げます……。そうとは知らずに……」


「こいつ今日から戻って来てたんですよ。子供が生まれたんで、ちょっと休んでまして」


 使用人が解説すると、彼女は申し訳なさそうに小さく頷いた。

 父は女性の使用人が妊娠すると、昔からあれこれと出産祝いの粗品を持たせて故郷で養生する事を勧めた。彼女もその例に漏れず、恩恵を与ったのだろう。

 そうすると、この男と彼女の関係性が気になって仕方がない。私よりも先に結婚して、その上出産までしたとあれば、果たして嫉妬しないでいられようか。


「おめでとう。お子様は元気?」


「えぇ。貧しい暮らしの中でも皆様の暖かなご支援のお陰で、健やかに育っております。今後もご恩をお返しできるように、誠心誠意尽くして参りますので、何卒宜しくお願いします」


「誠心誠意尽くす」と言う言葉に男が吹きだす。彼女の威勢のいい蹴りが彼の尻を直撃する。尻を抑えた男の渋い顔が何処か浮ついて映る。うん、非常に腹立たしい。


「まぁ、頑張って頂戴。私は少しフーケの所に行くから」


「フーケ様とのこと、頑張ってください!」


 彼女は瞳を輝かせる。即座にピンク色の思想を連想させる乙女心の逞しさに思わず引き攣った笑みで返す。男の方が尻を抑えながら眉を下げる。私は使用人服の袖を元に戻して、威嚇も兼ねて出来る限り服が空気で膨らむようにフーケの部屋へ向かった。


「ジョアンナ様、何か大変そうね」


 苔を擦る音と共に、背中から微かな声が聞こえた。箒で掃く音はなく、代わりに藁が地面に押し付けられる時の品のない音が響いた


「そりゃあおまえ、突然領主様が亡くなって、跡取りにされちまったら大変だろうよ」


 苔を削ぐ音が一瞬止まり、唸るような声が響く。ガリガリと音が再開するまで、私は螺旋階段の壁に張り付いて耳をそばだてる。階下を少しだけ覗く事の出来る小さな壁と階段の隙間から、彼女が服の裾を持ち上げるのが見えた。


「ふぅん。綺麗なんだから、私達の真似事せずに、早く結婚しちゃえばいいのに」


 余計なお世話だ。


「商売人ばっかりなんだってよ、求婚者が」


「何、それ?貴族じゃないと嫌なんだ」


 うーん、と男の唸る声が響く。少しだけ身を乗り出すと、片手で頭を掻いているのが見えた。彼の体を支えているものは、我が家の箒である。


「貴族って血に煩いからなぁ。まして、ジョアンナ様の場合は自分の結婚相手を慎重に選びたいだろうしな。ナルボヌの領主様が金の虫って言うのは虫唾が走るんだろうよ」


 掃き掃除が再開された。私は顔を引っ込めて、足音を立てないように慎重に階段をのぼる。ヒールやドレスでない事が、有り難く思えた。


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