侍従会議3
議場は恐ろしい暗闇に包まれた。酷く沈痛な面持ちの面々は、フーケの言葉を待ちながら、足や、手を組みなおす。腹を撫でるギヨームの目が潤み、燭台の上で揺れる灯をよく映した。
父がこうした緊張感の中に身を置いていたことを思うと、少し胸が痛む。「秘匿性のある会議」に様変わりすると、目を細めて暗闇の中で文字を読むフーケが死神のように恐ろしい顔をしているように思われる。眼孔にきっちりと嵌め込まれた瞳が炎を映した時、緊張感が一気に安堵感に満たされた。
「交通費を除く経費のほぼすべてが減少傾向にあり、特に食事代、水車小屋からの収入に大きな改善があります。但し、109億完済への道は遥かに遠く、警戒は怠れません」
「フーケ殿、借金返済の事を考えるのであれば、銀行とも少し相談した方がよいと思うのだが、どうかな?」
ギヨームの言葉だ。実際、現在の金利は20%となっている。高利貸からすればこれでも良心的なのであろうが、毎年増えていてはとてもではないが返済できない。
「そうですね。新事業に関しても、先程ジョアンナ様よりご相談がありましたが、ギヨーム様の意見については私から直接嘆願書を出す所存で居ります。その上で、今後の方針について検討を進めていきます」
ギヨームの真剣な表情と比べれば、決して深刻に捉えてはいないように思われるリオネルが、含み笑いをしながら手を挙げた。
「デフォルトにして借金をリセットするでは駄目なのかね?これだけジョアンナ様が努力しておるならば、納得していただけるかと思うのだが」
「少々楽観が過ぎるかと思われます。政治における緊急資金の調達可能性は非常に重要なものです。デフォルトによる銀行からの信用の失墜は、今後の事業の展開、また、貴族としての威信にも関わります。ですので、政治的にも経済的にも、完済をすることを前提として交渉する事をあくまで検討しております」
リオネルは顎を摩りながら、少し顔を重たそうに上下させる。フーケの回答に納得した風ではあるが、彼にも幾らか考えがあるのか、少し眉をひそめている。
「言いたいことがあるのならば言ってみると良い」
「なに、フーケ様のお言葉は大変ためになるなぁ、とそう思った次第で御座います」
リオネルはそう言いながら頭を人差し指で抑え、ぐりぐりと押し回す。ギヨームが机を何度も叩き、口をもごもごと動かした。
基本的にこの二人の仲は悪いようだ。後で少し話を聞いてみるべきだろうか。
実際、貴族が困窮して何度もデフォルトを起こすというのは珍しくない。銀行家はこうした困窮に対しても稼ぎを得られるだけの余裕をもって金を貸しているのだろう。その意味で、リオネルの意見と言うのは必ずしも奇妙な言い草と言うわけではない。むしろ、デフォルトを起こしていないと言い張る方が難しいだろう。
「それで、ジョアンナ様はどうされるのですか?余分に異教徒に金を払うのがよろしいと、そう思われるわけだ」
リオネルはそう言って司祭を一瞥する。彼は眉間にしわを寄せて目を伏せる。静かに胸元で祈りを捧げる。彼が手を当てるのは、花を模した「カペラのブーケ」と呼ばれるブローチだ。
「ジョアンナ様のしたいようにするが宜しいかと。今のところ、花冠は貴女の頭上から落ちてはおりません」
リオネルは大げさに首を下げ、上目遣いで司祭に礼を述べる。司祭の困惑したような微妙な表情が、ひときわ明るく蝋燭に照らし出される。ジュスタンは黙って手を擦り合わせる。
「いいわ、リオネル。デフォルトの宣言だって立派な手段だもの。でもそれは私がここに座る理由ではない」
「ジョアンナ様は貴族と言うよりは商売人のようだ。契約の概念をよく理解しているならば、悪魔と手を結ぶ事もないでしょう」
リオネルは肩をすくめて笑った。フーケが大きな咳払いをする。
「……よろしいでしょうか、リオネル様」
「どうぞ。私と君の仲じゃないか、何をそんなに遠慮する必要がある?」
「では、今後の課題は通信費の膨大と、先程ジュスタン様が仰った従者の取り扱いについてですね。この点については、皆様からのご意見を頂きたく存じます」
ギヨームは手を挙げる。フーケは手で発言を促した。
「私とてナルボヌ家との付き合いは長いが、やはり金の為に従者に職を失わせるわけにはいくまいと考えている。従者には何か別の仕事を任せ、忠義に報いるべきだ」
「勉強させていただきます。ギヨーム様の意見は理想的です。しかし、現状では書状の送付以外の業務が増加傾向に御座いません。手持ち無沙汰の従者は、出来れば早々に退職頂きたいのです」
「忠義とやらに首を絞められるよりはフーケ殿の意見に賛成したいですね、私は」
リオネルはそう言って手を組みなおす。ギヨームは大層不愉快そうにリオネルを睨み、直ぐにフーケに視線を戻した。
三人の睨みあいの間に入るように、ジュスタンが静かに手を挙げる。
「私が最も彼らと交流も深いので、一つ、僭越ながら私見を述べさせていただきたく存じます。これまでの長い主従関係の中で、従者間にも強い絆が生じているのは事実です。これから金銭が必要になるものもあります。私からは金を払えないから辞めろなどと言う勇気は御座いませんで、その。ですから、支払いが滞っても構わない従者に関しては現行のまま働いていただくというのも一つ選択肢なのではないかと、そう思う次第で御座います」
暫く沈黙した後、フーケが長い唸り声のような声を出す。
「えー、と。つまりは、ギヨーム様の意見に与した形で、事情を伝えて本人の同意の上でご退職頂く、と言う事でしょうか」
「少々理想論が過ぎるでしょうか。しかし、子持ちもおります、家族を養う者もおります。どうか寛大なご判断を、お願いいたします」
フーケは慌ててフォローを加える。ジュスタンは深く頭を下げ、そして静かに席に着く。鼻を鳴らすリオネルは視線を外し、これ以上の意見を述べない意思を
「いえ、それが一番良いかも知れません。ジョアンナ様はいかがでしょうか?」
暫くの沈黙。不気味な暗闇の中に今までとは違う緊張感が広がる。私は深呼吸をした。
「私が意見を言わないわけにはいかないわね……。今、まさに暇を持て余す人ならば、容赦なく辞めて頂くわ。でも……」
ギヨーム、ジュスタンが息を呑む。リオネルは静かに腕を組み、フーケは立ったままで言葉を待つ。
「使えるものは使うのが、今の私の矜持よ」
それを考えるのも、私の仕事だ。




