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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
ゆりかごを覗く時の顔は
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侍従会議2

 螺旋階段を降り、使用人たちが待つ二階の会議室へ赴く。ここで言う従者と言うのは、勿論ただの使用人の事ではなく、領土の監督官や外務官、特使、直属の司祭などが待つ部屋の事である。


 彼らからの報告を受けたうえで、各々の政策を練るのが、領主としての仕事の一つだ。特に私に付き歩くことの多いフーケは財務担当者であることは先述の通りだが、その他の公務も怠るわけにはいかない。深夜に寝て深夜に起きる生活が如何に過酷なものかを思い知ったが、それ以上に、民衆との兼ね合いも合わせた微妙な政治感覚と言うものの難しさに打ちひしがれる。


 やはり殺風景な会議室は城の中ではやや広い部屋であり、中央に燭台のある広い机、四隅にむき出しの支柱、それを隠すように書棚が並んでいる。会議室では光量がある程度必要なため、ある程度広い窓がある。また、立地にも気を使い、高い建物や森の広がる地域を避け、地平線の向こうにある山脈が見渡せる、光を存分に得られる南東向きの窓がある。

 この窓は、他の窓と同じような吹き抜けではなく、会議の秘匿性によっては閉められるように木窓が取り付けられている。この木窓を外開きにすることで光を集められ、秘匿性のある会議‐とりわけ、漏洩が、カペル王国への反目となるような会議について‐この窓を閉ざす事が出来る。


 私が入室すると、六人の担当官たちが立ち上がり、恭しく頭を下げる。私は彼ら一人一人の表情をしっかりと認めながら、中央の領主席に着いた。

 フーケは年齢、地位から一番入り口に近い場所に着く。会議室の誰もが頭を下げた瞬間の後、私の椅子を引く音と共に一斉に議場が喧しく石を擦る。


「……では、現状の宗教活動について報告はあるか?」


 信仰に関する報告を第一とするのは、例年からの伝統であるが、それ程大きな変更があるわけでもない。教会に関する問題は、カペル王国と教皇庁とか、東方エストーラ帝国の宗派論争、つまり聖典派聖言派の対立と言った泥沼の対立が生じた例もない。今回も例に漏れず、民衆からの納税に十分満足する司祭は、鼻を大きく広げ、満足げに目を細めた。


「皆一様に幸福に祈りを捧げております。新教庁への送金も滞りなく」


「よろしい。では次に、法務について何かあるか」


 第二位の席に着くギヨームが立ち上がる。ギヨームは貴族らしいでっぷりとした巨体を持つ男で、犬のように鼻の湿った見た目に寄らず、信頼のおける男だ。決して見栄えは良くないが、父からの信頼も厚く、また、私への土産物も忘れなかった気の利く男である。


 潤った鼻先を小さく鳴らし、やや焦った風の早口で答えた。


「アンリ王よりの特別な報告は御座いません。また、バナリテに関する問い合わせも滞りなく行っております。陛下はさほど気にも留めておられぬようですが」


「バナリテの件はどうぞ迅速に頼みます。私も出来る限り努力いたしますので」


 フーケは身を乗り出して告げる。ギヨームは少し口角を持ち上げて頷くと、どすん、と大きな音を立てて椅子に腰かけた。

 議場にクスクスという笑い声が響く。ギヨームが席に着くたびに、こうした嘲笑が起こる。ギヨームも湿った鼻先を書いて苦笑するため始末に負えない。こうした陰湿な嘲笑は今に始まった事ではなく、また、彼らに始まった事でもない。この旧体制に、時代に取り残された大国の感を否めないのが、実にカペル王国らしいと言える。


「宜しい。では、次、外務について、何か報告はあるか?」


 外務担当者であるリオネルが立ち上がる。ギヨームとは打って変わって、こちらは酷く痩せぎすの男だ。従来より父と対立の絶えなかった男で、少々皮肉屋なところがある。フーケに次いで若いリオネルは、突き出た顎を撫でながら周囲を見回して、彼の癖らしい酷く大きな溜息を吐いた。


「外務と致しまして、ガルシア卿よりナルボヌ様への私的なお手紙が御座いました。ご確認いただけましたかな?」


「えぇ、確認したわ、ありがとう」


「有難うございます。ブリュージュについてフアナ様よりお手紙とご進物が御座いました。現在紋章と筆跡から確認中ですので、どうぞ暫くお待ちくださいませ」


「分かったわ。フアナ様ね」


 少しどよめきが起こる。フアナとの関係はそれほど深いわけではないので、アンリ王への反目の流れを疑われる事を警戒しているのかもしれない。終いには、木窓を一瞥するものも現れたが、私には特に彼女から進物を受け取るような心当たりもないため、令嬢の宮殿関係のお礼か何かだろうと考える事にした。リオネルは静かに席に着くと再び小さなため息を吐いた。


「では、執事長、宮殿について何か変化はないか?」


 ジュスタンが恭しく立ち上がる。彼はいつものように姿勢よく、非常に優雅に背筋を伸ばすと、周囲の視線を確認してから報告した。


「維持費用が大変縮小いたしまして、毎日の掃除に時間を持て余す使用人が幾らか現れてまいりました。調理についても、先日一名が暇を頂きましたが、まだ現れますので、他領主の所への派遣等をご提案いたします」


「仕事がめっきり減ったし、内容も随分単純になってきたものね……いいわ」


「お待ちください。彼らの我々への忠義に応える事もノブリス・オーブリジェの一端と考えます」


 ギヨームが答える。悪い男ではないのだが、金銭感覚はない。彼は酷く真剣な表情で反論を述べた。

 リオネルは視線を斜め上に持ち上げながら、半円を描く様にその瞳を動かした。


「何、財務が整ってから呼び戻せばよいでしょう。ジョアンナ様、若輩者の意見ですが、どうぞご検討ください。」


「……財務状況をこれ以上悪化させるのはいけないわ。少しずつでも外地へ派遣させても面白いわね。検討しておくわ。ギヨームも」


 リオネルは膝の上で組んだ指を回しながら、軽い調子で頭を下げる。ギヨームは小さく息をつき、「宜しくお願い致します」と答えた。


「次は、各地区長よりの報告はあるか」


 これについては、内務官のタンクレードが立ち上がる。書棚の位置が少しずれると、ゆっくりと彼の下に書棚が動き出す。ごつごつとした石の上を滑らかに動く書棚がタンクレードのもとに到着すると、彼は何度か書棚を突き、目当てのものを見つけたのかそれを手に取る。彼はそれを乱暴に何枚か捲ると、咳払いをしてよく通る声を張り上げた。


「各地区長よりの報告につきまして、各集落の集会では、それぞれ「水車小屋の利用料金に関する問い合わせ」が非常に多く寄せられているという意見が御座いました。また、穀物倉庫の鼠被害に関する対策の願い入れを、南部集会場より受け付けました」


「獣害は危険ね、幾らか兵士と専門家に依頼しましょう。タンクレード、宜しく」


「水車小屋の料金について仔細にご説明頂きますか」


 フーケが手を挙げる。タンクレードは眼鏡の端でフーケを覗き込み、小さく頷いて見せた。


「では、詳細をご報告いたします。水車小屋の利用料金は粉挽らに任せておりますのでまちまちですが、概ね利用された穀物の一割ばかりを回収しているところが多いようです。私達の領土では、五分から一割三分まで各々ですが、何処を利用するのがよいのかを吟味する領民がいるようです」


「地域ごとの移動は許可していないわ。軍部も暇を持て余しているでしょうから、時々視察させましょう」


「承知いたしました。水車小屋及び地区長には、そのようにお伝えしておきます」


「本当は徴集量の一律化が一番わかりやすいのだけれど」


「仮に一律化したとしても、法を守る粉挽など居りますまい。なにせ彼らも生活が懸かっている」


「それは……少し検討しましょうか」


 私はフーケを一瞥する。彼は静かに頷くと、タンクレードに向けて「有難うございました」と礼を述べる。タンクレードは嬉しそうに微笑み、そして満足げに椅子を引いた。


「次は、農務官。我が領土に何か問題はないか?」


 すると、農業監督官である男が立ち上がり、周囲をぎょろりとした目で見まわした。


「えぇ、えぇ。石高は特に変化なく、穀物の生育段階も滞りなく。内部で特別な問題さえ起こらなければ、これまで通りの収穫量を期待できるかと」


「そう、ありがとう。では、引き続き監督をお願いするわ」


 農業監督官は軽い会釈をして席に着きなおした。

 彼が席に着きなおると、議場の空気が一気に重たくなる。経済状況が悪化していない事を祈るように、ギヨームは突き出た腹を撫でながら眉尻を下げる。


「次は、わが領土の経済状況について、財務官、報告しなさい」


 静かに立ち上がる男に視線が集まる。先程から持っていた損益計算書の写しに目を落とすフーケが、口を結ぶ。ジュスタンがゆっくりと立ち上がり、木窓を閉め、そして蝋燭に火を灯した。


 一つの咳払い。そして、フーケは緊張した面持ちで口を開いた。


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