侍従会議1
バナリテの発動を強制するには、まだ時期尚早であった。私はフーケからの報告書を片手に、食事の時間に報告を聞いていた。
今日の食事はジュスタン特性の団栗クッキーである。手間暇かけて作っただけに非常に食べやすいもので、少量ではあったが、ひもじさは感じなかった。
水車小屋の収入が一割程度増加した事がはっきりと確認でき、食費が実に七割近い減額に成功した事が分かると、私の空腹もどこか幸福に満たされた。
但し、増加した出費もあった。それは、通信費である。近辺を移動する行商人への手紙や、令嬢の宮殿売買に関わる諸々の連絡の必要から、非常に大きな負担となってしまったようだ。
「通信費を削る方法は……何か考えられるかしら?」
通信費がかさむ事はある程度理解していた。父上の頃から交流のある人物については従者たちに手紙を継続して送らせていたし、新たにバナリテを設けるにあたっての下準備の為に、かなりの行商人に声をかけた。ガルシア卿とのつながりも出来たのだから、これは一先ず必要経費だ。
私の質問はフーケに助けを求めたのではなく、あくまで仕方のない出費であることを確認する意図があった。
フーケは少し考えた後で、「ないわけではないですが、現状では難しいかと思います」と答えた。私もその回答に対して、特に不満はなかった。
「それじゃあ、方法だけ聞いて、今後の課題と言う事にしましょう」
「分かりました。一応、通信手段として非常に有用なものがあります。それは、この町で商いを行う行商人の類です。現状、私達は伝令兵を走らせており、一通の手紙に長い時間をかけて各自送付しております。その為、ここの手紙に応じて通信費は必然的にかさんでしまうわけです。行商人の交易ルートにこのナルボヌを加える事が出来れば、定期的に手紙を送付する事が可能になりますので、例えば国内分の手紙に関しては費用が安くなる、と言う方法があります。ただし、現状では商人がここに訪れるメリットがありませんので、当分は現状が続くものと思われます」
「特産品でもあればいいのだけれど……」
実際、ナルボヌと言えばこれ、と言うものはあまりない。穀物を育てる程度の小さな領土に、交易所と呼べるものもない。ただ一点、教皇領への距離が遠くないという酷く古来からの習わしだけが生きて、爵位だけは高い。行商人が数か月に一度来るくらいのもので、文化的にも外部から隔絶されている。商人が足しげく通うような魅力が確立されるまでは、使節に給金を持たせて走らせる事は甘んじなければならない。
「と、すれば、また何か事業を起こすしかないわね」
旧来の封建体制を概ね維持したままのカペル王国では、領主の意向、政策は非常に重要だ。小さな国家然とした領土を束ねる私達からのアクションがなければ、この場所で何かが発展する事もない。まして、片田舎など。
「……少ない資源の中で事業を起こす事はとても難しいですよ」
フーケは眉尻を下げる。私は小さな窓の縁に肘を付け、窓の外を眺める。小麦と豆とクローバーの群れが、家畜の牧草地を囲んでいる。萎れた雑草の上には点々と黒い家畜の糞がばら撒かれ、茶色の牛と豚が歯を左右に擦りながら、口からはみ出した雑草を吸い上げる。
「無駄にある土地、位だものね」
フーケは黙る。堆肥の臭いが顔中を包み込む。耐えきれず、共有地の森に視線を動かして、団栗のクッキーを齧った。かり、と小気味の良い音が鳴り、少しばかり歯に刺激を与える生地が音と時間を立てて砕かれる。時折訪れる苦みは甘未で誤魔化された渋い団栗が顔を覗かせる。食事時の酷い眠気を覚ますにはちょうど良いかも知れない。
道を作る、か。
窓の向こうに広がる畑の間には、血管のような細い道がある。一つの耕地と耕地を分ける道は土が露出し、人と家畜がやっと通れるだけの広さしかない。一跳びで跨ぐことのできる傾斜には未整地なのか雑草が生え、土色が藁色と緑色に変わる。
「では、ナルボヌ様。そろそろお時間です」
「そうね、待たせても悪いわ」
私は重い腰を持ち上げ、使用人服のままで腰を叩きながら部屋を出た。




