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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石臼は罪の味
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吝嗇のバナリテ8

 城へ戻ると、フーケが仕事を一つ終えて寛いでいた。その手には僅かばかりの贅沢品(さゆ)を注いだコップと、水車小屋からの収支報告書を持っている。彼は瞳だけを動かして私を認めると、急ぎ姿勢を整え直す。椅子の軋みと共に、冷たい瞳に繊細な青色が戻ってくる。


「ジョアンナ様、お帰りなさいませ。そう言えば手紙が……」


「それは捨てて頂戴」


 使用人と領主共用の食堂には、明確に地位の差を示すための物として椅子がある。私は革張りの柔らかいマットを持つ椅子に腰かける。そして一息つき、湯気を上げるコップをじっとりとした目で見つめた。

 立ち昇る湯気の数粒だけ、水が抜けているという喪失感をどう現わせばいいだろうか?これは没落貴族にしか分からない感覚だった。

 その一歩手前で踏みとどまっているという現状に、私達は何とかしがみつけているらしい。


「いえ、求婚の報せではなく、ガルシア卿からのお手紙です」


「ガルシア卿から?」


 瞼が重たくなる闇の深さの中で、フーケは未開封の書簡を取り出す。その封は、きっちりと、開口部付(ヴァイサー)(・ヘルメット)を頭にのせる、二足で立つ獅子を象った蝋で閉ざされていた。

 私はその蝋を丁寧に外し、フーケに半ば身を預けるようにしながら、蝋燭の明かりで手紙を読む。フーケは私から視線を逸らして、さり気なく燭台を私の近くに寄せる。


 手紙の内容は、非常に微笑ましいものだった。


 親愛なるジョアンナ・ドゥ・ナルボヌ様


 お変わりないでしょうか。ささやかな夕餉の儀式の時間に、失礼ながらお手紙をお送りいたします。神の祝福も叶い、私からジョアンナ様へ令嬢の宮殿売買契約の支払い完了のご報告を致したしました。アンリ・ディ・カペル王名義の12万9000ペアリス・リーブル及び、私ガルシア・リオーネ・アスティリア名義の13万1000ペアリス・リーブルを、小切手として送付いたしました。ご確認いただければ幸いです。


 さて、今回はかの素敵な宮殿‐貴方の横顔を月光が映し出す麗しいチャペルのある令嬢の宮殿‐を買収させて頂けたこと、ナルボヌ様との良きご縁を頂くことのできましたこと、大変喜ばしく思います。丁度、子供達と共に、令嬢の宮殿に到着したところで御座います。息子たちは大変喜んでおりまして、広々とした庭で騎士ごっこなどをしたり、娘たちは池の畔で蛍を見たりしながら、各々自由に過ごしております。私自身、アスティリアの喧騒からひと時逃れ、心穏やかに過ごす時間は大変心地よく、アンリ王との会談のため、一か月の滞在の後、我が故国へと戻る予定です。ジョアンナ様も、父上の優しい面影を残すナルボヌ城で、主より齎される安寧の日々を過ごしておられることと存じます。

 さて、つい先日、丁度養育地として令嬢の宮殿に家族ともども入城した直ぐの頃に、妻が第六子を出産いたしました。余りにも良き出来事が重なり、神の御恩寵に益々の感謝を重ねております。男三人、女三人の神よりの賜物を、この場所で健やかに見守る事を許されたこと、大変喜ばしく思います。これからも、ジョアンナ様との良きご縁を大切にしながら、幸福な家庭を築いていきたいと考えております。26万ペアリス・リーブルにも勝る貴重な遺産をお売りいただき、本当にありがとうございました。


 まずは取りあえず、御礼まで。


 アスティリア子爵、ガルシア・リオーネ・アスティリアより敬意をこめて



「子供が生まれたのね。とても良いことだわ」


 私は純粋な祝福の気持ちを抱いた。ガルシア卿はどれ程の緊張感の中で、支払いの決断をしたのか、想像に難くない。26万という莫大な資産を投じるリスク、つまりアンリ王からの支援を受け取れなかった時のリスクを冒してまで、彼は令嬢の宮殿を獲得した。そこに称賛と祝福があるとすれば、それはまさに彼への精神的な幸福であるべきだ。私は非常に強い満足感を得て、新たな手紙を取り出した。


 出来る限りの祝福の言葉を述べる。彼のこれからの幸福の為に、神への祈りを筆先に込めると、自然と線は細く、繊細な文字運びとなった。


「ガルシア卿にご購入いただいて、本当によかったですね」


 フーケは燭台をさらに私の方に近づける。赤い光は紙の上を満遍なく輝かせて見せた。


「正直、アンリ王だったらどうしようかと思ったわ」


 フーケはくっくと声を殺して笑う。手元には、帳簿の代わりに二枚の小切手が握られていた。


「ブリュージュには、カペル王家との付き合いは長ければ長いほど苦労する、なんて諺があるそうですよ」


「違いないわ。あんな圧力、とても近くにいて欲しくないもの。ガルシア卿には幸せになってほしいわね」


 私はサラサラと手紙を書き終えると、ナルボヌ家を象徴する盾を模した印鑑を取り出し、それを押す。続けて、その隣には私の印鑑を押した。赤い誇りが紙の上に少しだけ浮き出して見えた。


「ジョアンナ様も、ですよ?」


 フーケは意地悪く笑う。


「あ・な・た・も・ね!」


 そう言って強く押した印鑑は、透明な蝋を白く押し固めた。


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