吝嗇のバナリテ6
方針を決めてからのフーケは兎に角素早い。近場に交易路を持つ行商人が隣の村落で宿を取るタイミングを見計らって、大量の手紙を書き送った。貴族達への上辺だけの付き合いを維持するための手紙が随分と減った今、通信費用はある程度余裕がある。グスタヴォは当分の間からの石臼を回し続けるのだが、徐々にその兆候が現れてきた。
「ジョアンナ様、件の行商がやって参りました」
「通しなさい。税は取らなくていいわ」
兵士達に開門を指示すると、徐々に商人達が到着し始める。彼らは私に用事があるわけではない。私の金(もっとも、借金で賄ってきた金だが)に興味があるのだ。
「お初にお目にかかります、ジョアンナ様!私は……」
私は商人達の挨拶を全て途中で区切り、その手に補助金を握らせる。そして、彼らにはそれぞれ異なる耕地を指示して、その石臼を回収して回らせる事にした。
「しかし、石臼など簡単に手放す者でしょうかねぇ」
「嘘でもなんでも吐けばいいでしょう。商人なんだから」
「へっへ。それじゃあ、私は隣村の水車小屋で臼が壊れちまったって嘘をつきますかねぇ」
行商人はにちゃりを頬を思いきり持ち上げて笑う。白い肌以上にギラギラと輝く歯は、彼らが貧しい証でもあった。
少し頬を押さえるフーケを見て、行商人は再び怪しげに微笑む。勿論フーケには、貴族の証はない。こういった細かな動作で取引を促進するのが、フーケの詐術の巧みさなのだろう。フーケは少し痛そうに眉を顰めながら、舌で抑えた頬の方を膨らませた。
「ならば、競合が来る前に回収したいから高値で買い取るといえるな。先客と情報を共有しておくと良い」
「なるほど、それは良い考えですね!早速情報共有を致しましょう!では、客を失わぬよう急がねば!」
彼はそう言って部屋を飛び出した。逞しい背虫を見送った後で、私は肘掛けに肘をつき、鼻から息を吐いた。
仄暗い玉座にピッタリの会話だったと、我ながら感心する。人を騙してまで借金を返す事に一抹の罪悪感を覚えるが、フーケは舌と手を基の位置に戻し、けろりとした表情で損益計算書を開く。
「どうかしら?」
「石臼を私達が買い取るよりは、まだマシな取引が出来ましょう。出費はまぁ、今年中に取り戻せるかどうかは分かりかねます」
「その分を節制で何とかするしかないわね……」
「あとはどうにか口減らしが出来ればいいのですがね……」
フーケはジュスタンを見つめる。ジュスタンはすまし顔で視線を逸らす。
「止めなさいフーケ、そっちは慎重に進めるわよ」
大量解雇などしてしまえば、田舎者の貴族であれ一気に噂が広がる。有事以外は出来る限り「貴族からの圧力」を抑えていたい。
ジュスタンはゆっくりと後ずさりし、きまりが悪そうに執事室に戻っていった。背中を見せず、音もたてずに立ち去るので、次に視線を送った時にはもう彼の姿はなかった。
靴音さえ響かない暗い城塞の中へ黒服の執事長が消えると、謁見の間には本を閉じる音が響く。
一拍おいて、フーケは話を再開した。
「そのためにもジョアンナ様には多少贅肉があった方がよろしいかと存じますが」
フーケは性癖の話をしているのではなく、女領主はある程度図体が大きくなければ舐められる、と言う話をしているのだ。実際、女性相続人と言うものは、幾度となく結婚政策の標的にされてきた。唯一と言って良い例外は北方の大国ムスコール大公国の女宰相が外戚と結婚した例ではあるが、そもそもその際には教鞭をとっていた弟がいた。完全に男系が断絶した例ではどこかで有力諸侯と姻戚関係を結ぶ事でしか自らを守る術がない。
そして私には「良い結婚」に必要な拠出金がない……。
「そう。じゃあ、大事な時だけ食べて太ることにするわね」
そう言うと、フーケは呆れたように深い溜息を吐いた。
「お体に障りますよ……」
「もう団栗は食べないわよ……」
舌を出してみせた。家畜の豚が食べているからと言って、必ずしも人間が好むものではないと思い知った。
「ちなみにジュスタン様があの後研究されて、それなりに美味しい団栗のクッキーを作ってみえましたよ。コストパフォーマンスは悪いですけど……」
「当分は領民と同じ食事で我慢するわ……」
「そうですか。ジュスタン様に伝えておきます」
そう言って、彼は自分の執務室へ戻った。フーケには財務官としての仕事があるのだ。あまり彼を縛り付けるわけにもいかない。
フーケが去ると、仄暗い謁見の間には私一人だけが残された。部屋中の音が消えると、耳の奥から耳鳴りのような音が聞こえる。単一の音にならない雑音が仄暗い部屋の雰囲気を一層暗くさせる。小さな窓から差し込む光の筋は城や緑の誇りを瞬かせ、一層に寂しさを助長した。
行商人の到着にはある程度時間差がある。一人の行商人がこちらへやってくる度に、静寂は一度途切れたが、数分が経つと再び静寂の中で埃が輝く光景が戻ってくる。本を読むにも光が足りず、時々伸びをしてみたり、数少ないシルクのドレスをなぞってみたりする。やがて暇をつぶす方法が無くなると、不安感がどっと襲ってきた。
このまま何もせずになすすべなく没落するかもしれない……。そんな感覚が脳裏をよぎった。シルクを触る頻度が速くなる。永遠のような静寂に頭痛がし始める。
‐何か、建設的な事を考えよう‐
私は無心の暇つぶしをやめ、フーケの今回の戦略について考えてみた。彼の最終目標は、紛れもなく、「水車小屋バナリテ」の完成である。さらに、彼は、私を光として、自分が損な役回りを演じながら、領民に愛される領主によるバナリテを完成させる事を最高の結末と考える。その為のアプローチを、彼は「合理的思考が水車小屋へと農夫を誘うこと」と再定義した。
つまり、「感謝される水車小屋」だ。石臼がなければ、彼らは脱穀が出来ない。必然的に、彼らは水車小屋に向かって、粉挽きはその中間コストを回収する。そのコストのうちの一部を、私が回収する。これが「税収」となる。しかし、領民は「搾取される事」に気付かない。
何故なら、彼らは高値で「石臼」を買い取って貰うからだ。そして、この辺境の地に次に行商人が訪れたとしても、石臼は持ってくることがない。だから、必然的に彼らは都市へ向かって石臼を買うか、或いは水車小屋へ向かうしかない。しかし、当然都市には石臼が売っていない。理由は簡単で、私の領地以外では、一般人への石臼の販売は他ならぬ「禁制権」の必要から禁止されているからだ。需要で物価が「急高騰した」この場所以外で石臼を買う事が許されないとなると、結果的に、禁制権を使わずに水車小屋を使い続ける事になる。
だが、彼らは私に矛先を向けられない。実際に石臼を買い取ろうとして断られている私達の代わりに、行商人が買い占めてしまっているからだ。勿論行商人を恨む理由はない。何故なら彼らはそれを高値で買い取っているからだ。
改めて考えると、このような搾取をせざるを得ない現状に一層暗い気持ちが込み上げてくる。金で魂は洗われない。いくら外見を糊塗しても、仄暗い城塞の中は仄暗いのだ。
いけない、これは私が幸せをつかむための犠牲なのよ。私は必死にそう言い聞かせた。そして、傾き出した太陽に向かって、「大丈夫」と、何度も、何度も呟いた。




