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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石臼は罪の味
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吝嗇のバナリテ5

 続けていくつかの畑や共有地を廻り、最後に川沿いにある水車小屋を訪れた。豪奢な馬車が止まると同時に、腫物を見るような目で出迎えたのは、粉挽きの青年であった。


 粉挽きと言えば、「悪魔の鉤爪」を持つことで有名な人種だ。勿論、爪自体は一般人のそれと大差ないのだが、禁制権を敷かれる事が当たり前の通常の地域においては、彼らは曲がった爪を持っていると噂されている。兎に角嫌われる粉挽きだが、それは彼らが小麦の量を「目減りさせる」ため、「横領が疑われる」ためである。

 元々、領主と粉挽きとの間には強い結束力がある。バナリテの中心的な収入源がこの水車小屋の利用によるところが大きいからであり、裏を返せば粉挽きとは領主の支持者であるからだ。

 そのため、彼らは徴税代理人に近い役割があり、そう言った人物は大体嫌われるし横領も容易に行いうるため疑われもする。

 しかし、この領土では少々事情が違ったようだ。


「これはこれは、ジョアンナ様に、フーケ様」


 やつれた青年は厭味ったらしく口角を持ち上げる。水車小屋の中では、夕暮れの茜色に彫を深くするそのやつれた表情と、ただ空を削り続けるだけの石の擦れあう音だけがある。


「……グスタヴォ、調子はいかがかな」


 フーケがそう言うと、彼は王業に両手を広げ、首を大きく横に振って見せた。


「この通り、からきしですね。ナルボヌじゃ小麦を粒ごと食べるのかねぇ」


「厭味はそこまでにしてくれ。ジョアンナ様は先代と違って、バナリテの重要性に大いに関心を持っておられるのでね」


「おぉ、それは素晴らしい。やっと私も果実を得られるというわけだ!全面的に協力したいが、どうすべきかな?」


 グスタヴォと呼ばれた男の瞳に光が戻る。空回りする水車の回転音に合わせて、彼は踊るように指を絡ませては皮膚の上を滑らせる。商売人と比べても曲がっているとされるその爪が引っ掛かるからなのか、きっちりと両の手を合わせずに、内側の空洞に空気を仕込むようなしぐさだ。

 何と言うか、余り同胞を悪く言いたくはないが……そう、商魂逞しい人物である。


「しかし困ったわね。領民は父上が大好きで、その支配体制に満足している。私がどうにか譲歩しても、あの様子だとうまく立ち回る事は難しいわ」


 ヴァッサー・ブルクのナルボヌ城でなら、彼らが大いに活躍できる水車小屋も作る事は出来る。幸か不幸か、この土地は海路を使うには少し主要道路を反れているため、水車小屋の建設に困る事もない。そのため、唯一にして最大の問題は領民から不満を消し去る事なのだが、現在の借金地獄を逃れるためには、領民たちにはかなり長い視野で「我慢してもらう」必要がある。彼らはそれほど生きられないかもしれない。それならば彼らが首を縦に振るように何らかの妥協をする必要もあるだろう。


「フーケ様、何か案は無いのですか?私はしがない粉ひき、その頭脳ではジョアンナ様の力にはなれません」


 粉挽きは水車小屋の管理が出来るという意味では技術者だ。しかし、こと取引においては素人同然である。私もひとまずフーケを頼ることにした。


「正直、ジョアンナ様が取引をあそこまで大々的に主張しなければ、私は『釣れた』と思うのですが。こちらの思惑がばれてしまえば、私としては強制力を働かせるしかないと思うのです」


「そうならばこちらにも軍備を下さるのでしょうね?水車小屋なくばその恩恵も与れますまい」


「……そうね。それは、ごめんなさい。逆に言えば、もう何も隠す必要もなくなったわ。むしろ感情に訴えかけるのが良い」


 フーケは先程、沈黙から、積極的に高圧的な態度をするように変貌した。その意図を私が汲む事は、フーケにとっては不利益であるはずだが、少なくとも領民に対する私の評価は相対的に上がった。彼もその意図で行ったのであろう。フーケは静かに頷き、続けてこう言った。


「粉挽きの現状を見せたところで、彼らの心は揺るがないでしょう。しかし、ジョアンナ様の財政難に付け込まれても問題です。石臼をどうにかして没収する術を考えなければ……」


「それなら覚えがありますぞ。私が前の領土で粉挽きをしていた時には、見知らぬ行商がわんさか石臼を買い取りに来るという事案がありました」


「代理徴税のようなものかしらね。フーケ、可能かしら?」


 彼は顎を摩りながら深く思案する。水車の音は切り取られたように明確に響き始めて、数少ない粉挽き使用者の麦を潰し始めた。脱穀の末に不気味な魔女の衾吹きから微かな襖が吐き出される。

 暫く機械音に耳を傾けていた私達だったが、フーケが突然口を開いた。


「……やってみましょう。少し投資が必要ですが、まぁ、何とかなるでしょう」


「公示人の口はチャックですね」


 グスタヴォは結んだ唇の上をなぞる。フーケは少し目を細めて微笑した。


「そちらも、やってみましょう」


「では臼が擦り切れてしまう前に是非、是非。」


 フーケはそう言って、グスタヴォと顔を見合わせる。示し合わせたように頷いた二人は、そのまま互いの持ち場へと戻る。フーケは馬車に戻り、グスタヴォは石臼と睨みあう。私は急ぎ馬車へと戻る。乗車と共に開かれた扉に駆け込むと、水車の動きと噛み合うようにして四つの車輪が動き出す。不完全な舗装の道を行く馬車は、水車小屋を遠ざけながら、川沿いの道を進んでいく。丘を昇り切ると、水車小屋とナルボヌ城との道が視界の中で繋がり、車輪は一気に速度を速めていった。


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