吝嗇のバナリテ4
「これで汗は流したかしら?」
鍋一杯のオーツ麦の粥と、人数分のお浸しを並べた私は自信満々に言い放った。
「おう、まだ全然」
領民たちは大事そうに石臼を抱えている。この家では、木製の取っ手に顎を乗せるようにしながら、子供が没収されないように守っている。妻は私の前にいる時よりいくらかしおらしくなり、彼女の夫と思しき人物の後ろに隠れている。
耕地の管理をしていた数十名が各々不規則に座り込むと、木や、貝殻などの皿受けに、オーツ麦の粥が配られる。その様はどことなく施しをする修道士の前で踏ん反り返る乞食のように見えて、滑稽でならない。
「さぁ、どうぞお召し上がりください」
「言われなくても、遠慮なく」
飯だ、飯だと騒々しく子供が騒ぐ。甲高い声が花を添える中、各々が一口、二口、咀嚼を始める。麦粥などどれ程咀嚼すべきか見当もつかなそうだが、粗野な黄色い歯はそれなりに味わいながら食べていた。続けて私の作ったお浸しをつまむと、少々難しい顔をしながら小首をかしげる。
「いろいろ混ぜてるからか、味がうるせぇ」
「麦粥は母ちゃんのだと分かるが、これは腕の差が随分出やがるな」
「もう、あんたぁ!」
奥さんが農夫の背中を結構な力で叩く。そのせいでむせ返った男が今度は奥さんの首に手を回し、咳き込みながらへらへらと笑っている。
彼らは地面の上に胡坐をかいている。汚れる事を気に留めていない。柔らかい土で豆の周りにこびりついた指で茹で野菜をつまむ。土まみれの手がしっとりと濡れ、その部分だけ茶色が焦げていく。
潤いを取り戻した土を服で拭い、下品な冗談を言いながら食事をする。
「ほら、終わった皿の片づけを手伝ってやれよ、ジョアンナ様」
奥さんが黙々と片づけを行っているのを見て、私もあわててそれを手伝う。
今回の目的は「都合よく搾取されてくれるための下地作り」だ。あくまで相手には好印象を与えたい。フーケの一連の表情を見るに、出だしで多少躓いたようだが、挽回できないようならフーケがもっと迅速に止めに入る。
「あぁ、別によろしいのに」
「いえ、竈を貸してくださったお礼ですから」
奥さんは困ったように笑う。労働に毒されていない領民と言うのはやはり余裕があるのかもしれない。そう思い、不意に私が連想されてついニヒルな笑みが漏れる。
風が強くなり始め、泥土の臭いと共に、畑の家畜臭が風によってやってくる。靡く麦穂の音は心地よく、その身を逸らして風の通り道を開いている。草を掻き分ける子供達が自由に遊びまわる。鞠も無ければラケットもない。木の棒と土と小石だけの遊びだ。畑から少し離れたところに繋がれた牛は、有輪犂を引く轡を外され、もしもしと草を食む。首を曲げては持ち上げて、横にスライドさせるように下顎を動かし、もぉ、と一つ鳴く。そのすぐ隣に無防備に外された有輪犂は、歪曲した取っ手と、木製の車輪を地面に下ろしている。令嬢の宮殿とは違った静寂に満ちた領地だ。
「おい、ジョアンナ様よ、そんなにその犂が気になるかい?」
先ほどから皮肉ばかりの農夫が言う。私は不意を突かれて声を裏返らせた。
「え?えぇ、まぁ。貴方達の暮らしには多少興味があるわ」
考えてみれば、カペル王国程豊かな土壌の国はそうそうない。魔術資源も豊富で、隣国プロアニアのような冷害や瘴気の被害もない。その閉鎖性から殆ど憶測になってしまうが、技術的には彼らに大いに劣っているのであろう。それでも、カペル王国が格上なのだ。その「格上の国」の中でも一等辺境の地にある、このナルボヌの農業生産力は、如何ほど頼りになるだろうか。
一等年老いた男が井戸水を飲み、農夫の言葉に続けた。
「有輪犂ってぇのはなぁ。今からずーっと昔、そうさね、私らも生まれてない頃に、領地にやって来たものなんだよ」
彼の言葉を待っていると、彼は手を振って「あぁ、私はね、67だよ」と補足した。
「考えてみりゃあ、時代に取り残されてるのかもしれんなぁ……」
「お前達がより畑を耕し、より良い開墾をしていれば、そのような遅れは取らずに済んだだろうよ」
切り株の上に腰かけたフーケは冷たく言う。怒号が飛び交う直前に、慌てて私が間に入った。
「およしなさい、フーケ。このバナリテがきちんと機能すれば、技術革新にも力を注げるかもしれないのに。貴方は気遣いと言うものを知るべきよ」
「……失礼いたしました」
フーケは私の背中を悪い笑みで見つめる。「清浄さは容易に信仰に変わり得る」という、古い審問官の言葉が脳裏をよぎった。
「ジョアンナ様よ。石臼を使わずに水車小屋を使うメリットってぇのは、何があるのかい?私達にはね、皆目見当もつかんでね」
そう言って、先程の老人は又一口水を飲む。ぼろぼろの唇の皮と日焼けした皺だらけの肌を、数滴水が滴り落ちる。
「そうね……水車小屋を利用した方が、別の事に時間が使えるわ。それに、勿論、利用料はいただくけれど、石臼の売価は通常よりずっと高く見積もるつもりよ」
「はぁん。つまりは、前金で搾取を甘んじて受け入れろって事だ」
「どちらにしても禁制権は発令する。石臼を没収される前にジョアンナ様に売る事だな」
フーケは冷たく言って立ち上がった。
「お父様の統治の時からああなのよ、あの人……ジョアンナ様、どうにかしておくれ」
奥さんが珍しく険しい表情で誹謗する。フーケは鼻を鳴らし、踵を返した。
「行きましょう、ジョアンナ様。いくら言っても、無駄なようですよ」
「……それでは皆様、まだ領内の視察が終わっておりませんので」
私はそう言って、貴族にするように礼をする。そして、土を払うと、絢爛な馬車に乗り込んだ。
馬の嘶きと共に、馬車は次の畑へと向かう。休耕地から離れるにしたがって、鼻を突く獣臭は遠ざかっていった。




