吝嗇のバナリテ3
山菜を細かくちぎり、それを鍋に放り込む。茹で上がったところでそれを出し、少し塩をまぶし、小分けにする。それだけの料理だ。
鍋は竈から炎を受け、それ以外の調理器具は一切存在しない。こんな葉一枚で満足できる領民の胃袋の小ささにも驚くばかりだが、この単純な料理も驚きだ。これでは、舌の上を転がしても、そこには少しの苦みと塩辛さがあるだけではないだろうか。
これに、オーツ麦の粥を一杯に作った大きな鍋があるのだが、これも味付けは塩味だけで、団栗を朝食に食べた私が言うのもおかしいかも知れないが、控えめに言って「ひもじい」。
強いて言えば、屠殺用のナイフがあるだけだ。平屋の洞穴のような光の侘しい小屋の中に、雑魚寝用であろう藁を敷き詰めた空間がある。屋内外を隔てるものは土を盛った際に出来た段差だけで、後は藁の簾が掛けられているだけだ。靴の一つも無いのだから、もしかしたら段差も本来は必要なかったのかもしれない。
「ジョアンナ様、うちの旦那が失礼なこと言いやしませんでしたか?」
既に昼食の支度をしていたらしい女性がそう訊ねてくる。彼女は私が来る前には湯を沸かしていたので、一旦は彼女の手伝いをする事に決めた。勿論困惑されたが、そこは領主特権を上手に使わせていただいた。私は首を横に振り、笑顔で返した。
「失礼なのはお互い様でしょう。私が突然訪ねてきたんですもの」
「そうは言ってもねぇ……。私達はどうにもお上の人たちとは反りが合わないし。お父様とは上手くいってたから、最近は気にも留めてなかったのだけれど……」
そう言って、彼女はフーケを一瞥する。困ったような視線の先の男は、彼女を無視するように広げた仕事道具と向かい合っていた。
フーケは今日の出費を計算しているらしい。一応、ここで鍋を借りる以上、大量の安価な食材を近場で大量に仕入れたため、多少の出費にはなっているはずだ。フーケの表情が全く変わらないので、大した金額ではないのだろう。
「奥様、父は領民に対してどのように接しておられたのですか?」
私は何となくそう訊ねた。単なる会話のつなぎだ。真緑に変色した水の入った鍋を持ち上げた女性は、それを庭先に巻きながら答えた。
「時々視察に来ては、仕事ぶりを確認しておられました。夜になると男連中を連れて酒を振る舞っていたようで、まぁ、私らとしちゃあちょっと迷惑ではあったんですが。そうそう、お隣のブノワさん宅なんかね、病気で倒れた息子さんの為にあちこちから薬やら届けてみえてね、そりゃあもう、感謝されとりました。総じて、陽気でいいお方でしたわねぇ」
鍋には真新しい水が汲まれたが、狭く薄暗いこの場所では光の屈折も見つけられない。彼女は簾を払いながら部屋に入り、目を細めて微笑む。
父が在りし日の領地は、さぞ賑やかであった事だろう。夜中には酒を酌みあって領民と騒ぐ声が小さな集落に響き、時には真剣な表情で、将来の事などを話し合っていた事だろう。彼は根っからの善人で、陽気で、世話焼きで、子離れできない、ただの男だった。
父が私に向けた慈しむような視線や、口角のほころびに至るまで、克明な映像となって蘇る。
優しい父上、可愛い可愛いと頭を撫でてくれた、懐かしい武骨な手。
それでも、やっぱり、誰かに迷惑をかけてまで、迷惑をかけないのは違うでしょう?
「父の代には少し借金を抱えてしまっていまして。私も何とかして収入を得ないと没落貴族の仲間入りになってしまうんですよ」
涙ぐんだくぐもった声で言葉が漏れる。フーケが心配そうに顔を持ち上げた。
「……お金持ちも大変なのですね。私達は、食うもの貰えればそれでいいんですよ。ジョアンナ様、夫らが何か言ってもね、絶対に挫けては駄目よ。私達はね、生きるのに必死で周りが見えないの。だから、貴方につらく当たってしまうのよ。だけど、ジョアンナ様はそうじゃない。きちんと周りが見れるから、「取引をしに来た」のでしょう?貴方ならきっと、出来ます。出来なきゃ困るわ」
女性はそう言って私の手を握る。プロアニア王国特産の腸詰のような太くて、暖かい指だ。フーケは余りの無礼さに何か叫びそうになっていたが、私はそれを睨み付けて制止した。茹で上がった小松菜の深緑、無味で無色な鍋の湯が緑に染まっていく。太い指が菜箸でそれを拾い上げると、私よりも酷く崩れた一皿が出来上がった。それが愛おしくて、私は思わずえずく。
「ほら、味見も仕事ですよ、ジョアンナ様」
女性は皿に盛った小松菜を一つ差し出す。私はそこから一つまみをゆっくりと持ち上げ、憐れに萎びた葉を口の中に放り込んだ。
繊維の多い葉が、歯に纏わりつく。
「味、うっすい……」
それは、塩だけの味がした。




