吝嗇のバナリテ1
フーケの説明を簡略化すると、以下のようになった。
現在、フーケは父ヘンリーの下では行えなかった改革に着手しようと考えているらしかった。と言うのも、私の父は領主として、農民にさえ不当な搾取が齎されることを拒んだのである。彼らを拘束せざるを得ない事から、出来る限り自分で解決できる部分を自分で解決するように舵取りを切ってきたのだという事だ。
しかし、フーケはそれでは財政は悪化するだろうと明確に予感していたのだという。その二の舞を踏むのではないかと、彼なりに私の事を心配したのも頷ける。
バナリテとは、例えば小麦粉のなどの製粉の際に領内の水車小屋の使用を強制するなど、領主の管轄する施設の利用を強制する権利の事を言う。即ち、石臼などを用いた従来からある農民各自での製粉作業を禁止し、領主が持つ製粉所での粉の製粉を強制する事によって、施設からの安定した収入を得る方法である。
父の性格を考えると、確かにこのような収入の獲得方法には消極的になるかもしれないが、背に腹は代えられないこの期に及んでなお、彼はどうしてもこの実質的な「増税」を行えないでいたのだという。
「それは領民から慕われるはずだわ……」
私は思わず皮肉を漏らしてしまう。高貴なるものの責務を果たしすぎた結果にしても、自滅するのでは元も子もない。
「でも、急に税を上げると領民が怒ってしまうわ。どうしたものかしら」
「それについては考えが御座います。領民から石臼を高値で買い占め、そして石臼の購入を禁止するのです」
「貴方、性格悪いって言われない……?」
「え、いえ、あまり……」
フーケは本当に困惑したように答える。商売人とはこのような人なのだろうか……?
「えっと、だったら悪印象を与えないようにしないと、暴動が起きたらまずいわね。少し様子を見に行こうかしら」
「えっと、では、今日は領土の内見の予定を入れておきますね」
フーケはメモを取る。勿論紙ではなく、使いまわせる書蝋板だ。私は立ち上がり、早速外出の支度をする。フーケは慌てて私を制止した。
「ジョアンナ様、それ程急ぐ必要はありませんよ。護衛もお付けしなければなりませし、何よりジョアンナ様に畑の土を踏ませるわけにはいきません」
私は使用人服を一瞥して、フーケに視線を戻した。彼は再び大きく首を振る。
「いえ、そういう事ではなくて……まずはご支度をしていただかなければ、示しもつきません」
貴族の嗜みと言う事だろう。そんなことを気にしている余裕はないような気がするが、こうした事は実務に明るい彼に合わせた方がいいだろう。私は腰をかけなおし、「それじゃあ支度が終わったらすぐにでましょう」と答えた。
「えぇ、分かりました。では、直ぐに手配いたします」
フーケは早足で部屋を後にする。扉の閉ざされる音と共に、私は机に肘をついた。
畑からサラサラと草の音が響く。私の机上には何もなく、化粧品だけが鏡台に並んでいる。
私はいたずらに香水を一つ二つ手に取った。古い舞踏会の記憶がよみがえる。
それは、まだ私が十代の初めの頃、父に連れられて舞踏会に向かった時の事である。当時の私はまだ令嬢の宮殿が建つ前の養育地で育ち、池の周りの蛍に目を輝かせていた。その私が、煌びやかなドレスを纏い、豪奢な舞踏会に参加したものだから、はしゃぎ過ぎて階段で転んでしまった。その時にはアンリ王も参加していたから、私の第一印象はお転婆姫だったのかもしれない。
それはさて置き、この時に私を支えてくれた皇子様がいた。彼はエストーラ大公爵の第二皇子で、シーグルス・フォン・エストーラと言う、私よりもかなり年下の少年だった。彼は当時十歳にも満たなかったのだが、肌理の細かな肌や爽やかな笑み、キラキラと輝く瞳、落ち着いた口調と大人びた振る舞い、既に騎士としての鍛錬(恐らくは処刑の手伝いから始まったのだと思う)を詰んでいた彼に、一目惚れしたのを覚えている。その日のうちに彼に思いを伝えると、彼は困ったように笑って、これと同じ香水をくれたのだ。
王妃の香水と呼ばれる、ローズマリーの香水。私は大事な行事の時は、必ずこの香水を付けてきた。いつか彼のような素敵な男性と出会う為に。
私は香水の瓶の蓋を開ける。俄かに信じがたいほどの薬効を並べられた説明書を見つめ、私は胸元を少しだけ開ける。
私は香水を少し出し、鎖骨から胸の上にかけて少量塗り込んだ。
再び胸元を締め直す。甘い香りと共に、胸元がすっと冷気を帯びる。その香りを吸い込んで、深呼吸をした。
「よし」
次の「取引」も、必ず成功させる。まだ見ぬ憧れの人の為に。




