ひもじい
財産処分の結果、借金の合計額は7億2830万2百ペアリス・リーブル、即ちカペル金貨で言うと364万1501枚となる。焼け石に水と言うほかないが、現状突き詰められるものは突き詰めなければならない。
「……ひもじい」
「ジョアンナ様……あまりご無理なさらず」
今日の食事は税収の小麦ではなく、飼料用の食物……つまり、団栗を茹でたものを食べようとしたのだが、苦くてとても食べられなかったため、藁の灰を放り込んで煮込み、何とか食べられるものにした。
朝食は体の事も考えてこの飼料……もとい団栗を少量口にするだけに留めた。却って損をしそうなので、今後はしないようにしたい。
一息ついたところで、私達は朝の祈りの時間に礼拝堂へ向かう。この小さな礼拝堂には、聖職者が一人暮らしており、毎日祈りを捧げる敬虔な兵士などからの寄贈品で、生計を立てている。私は礼拝堂へ向かうと、カペル王国の主宰神である花の女神カペラの像の前に跪く。狭い礼拝堂の壁は、令嬢の宮殿のチャペルと比べれば迫ってくるような圧迫感があったが、祭壇に限って言えば、却って狭くて居心地が良い。礼拝堂の中に飾り気は殆ど無いので、祈りに必要な道具類、説教台や長椅子、祭壇や神像などの類だけが異様に目立って思える。
「ここが本来の祈りの場……」
私は一人ポツリと呟く。祈りとは、本来静かなものであるべきなのかもしれない。実際、この狭い礼拝堂で神像と向かい合っている間、私はどこか心が現れたような心持になった。
無味無臭の沈黙の中に、一つ佇むカペルの慈しむ眼差し。派手好きで、絶世の美女で、はだけた服装で描かれることの多い彼女は、この場所でだけは何処か大人びて見える。よく通った高い鼻、長い髪は少しだけ癖があり、胸元当たりのそれを手で構っている。瞳は参拝者の方をしっかりと見据え、口には微笑みを湛えている。
静寂に満たされた部屋で、小さな礼拝堂の鐘が高らかに鳴る。長椅子の上で衣擦れの音が起こり、そしてしばらくして多くの衣擦れが再び起こった。私は衣擦れの音が完全になくなってから顔を上げ、そして、大きく息を吸い込む。空気には、何のにおいもない。
「よしっ。仕事……」
私は決意を新たにして立ち上がり、踵を返して礼拝堂を後にした。
私達は、続けて、この狭苦しい居城の中にある無駄を探す事にした。フーケと共に城を廻る。まずは父の寝室にある貴重品類を売り払う事とし、母の形見の宝飾などの、父が大事にしていたもの以外を全て古物商に売り渡すよう手配した。
「それにしても、令嬢の宮殿とは大違いね」
父の寝室に入っての第一声である。
「ヘンリー様はジョアンナ様の為に倹約に尽くしておられましたので……。いえ、食事が団栗と言う事はないですが」
「そうね……」
私は作業机の上を指でなぞる。微かに積もった埃で指が灰色になる。それを適当に払いながら見渡すと、父の部屋にはこの作業机とベッド、先代からの絵画や儀式用の剣、天蓋付きベッド、そして母の形見の宝飾品と、執務用の備品しかなかった。陶磁の間の半分ほどの部屋はがらんとしており、「無駄」と呼ぶべきものは一切ない。
「とりあえず、その絵と……あと、ベッドくらいかしら」
「あとはこの辺りの騎士道物語も売却すればそれなりの金額になるかと思います」
フーケは小さな書棚の中から一冊を抜き取る。長らく読まれていなかった割には、綺麗に手入れされた本だった。
「それじゃあ、それもお願い」
文字を読めるようになったのはこれを読み聞かせてくれた使用人の子供のお陰だ。幼い頃の曖昧な記憶のため、それ以上の感傷を覚えることは無かった。
次に、一番無駄の多そうな、私の部屋を確認する。
シルクの服をクローゼット一杯にしまい込んだ部屋には、化粧台、化粧品や香水の類、そして多くの文献……いずれも家庭教師と共に学んだもののほか、裁縫用具、気の向くままに描かせた絵画などが並んでいる。
私は流行からは後れたクローゼットの中の複数着を取り出し、令嬢の宮殿から持ってきた外出用の数着と併せてかけなおす。
「それじゃあ、ここのクローゼット全部は売って頂戴。あと、化粧台の上のものも……」
「恐れながら……身だしなみに必要な化粧品等は残しておく方がよいかと」
フーケはそう言ってジュスタンを見る。老紳士は柔和な表情で頷き、私に判断を仰ぐ視線を送った。
「……そうね。普段使わなければ、少なくとも出費にはならないもの。ありがとう。取っておくわ」
私は化粧台から視線を外し、今度は何かわからない置物類や、縫いぐるみなどを売るように指示を出した。
そこで、腹が鳴りそうなことに気付く。団栗では完全に満たされなかったお腹がくるくると小さく動く。私は黙って今朝の団栗の残りを口に放り込み、小さくえずきながら噛み砕いた。
「この部屋を終えたら、休憩いたしましょう」
「……そうね。今度はもう少しましな食べ物を頂戴。高くなくていいから」
「畏まりました」
私は小さな窓を開ける。お腹の音が控えめになり出す前に、ジュスタンは丁寧に礼をして部屋を後にした。




