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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石臼は罪の味
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我が領土へ2

 川沿いの道を真っ直ぐ進むと、堆肥の臭いが近づいてくる。人の営みの跡がちらほらと現れ始め、幾つかの木製の柵を通過した馬車は、終に深い森に挟まれた、茨を纏った城塞を捉えた。荷馬車を引く馬の蹄が泥濘を掻き分けて暫くすると、堀を渡す渡し橋が降り、木造の門が厳かに開かれる。


 周囲で農作業をする農夫たちは、その荷馬車に誰が乗るのかを知らないし、知るべきではない。荷物と共に一頭立ての古臭い馬車に乗るのが、彼らの領主、ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌであったなどと、知るべきではないのだ。


 馬の瞳が鉄格子を捉える。鉄格子は縄を巻き上げる音と共にゆっくりと大地から足を上げ、古い車輪の軋みと共に停止した。


 私は最後の見直し作業を行うフーケから、やっと視線を前に向ける。古典時代のパイクを思わせる茨の出所を探り、矢撃ちの隙間(ツィンネ)の中へと吸い込まれていくのを見届ける。改めて、この場所が旧時代の要塞だったのだと気づいたときに、初めて香水や、花の香りが一切ない事に気付く。張り詰めた空気に堪えかねて視線を外すと、今度は堆肥の嫌な臭いと、無関心な農夫の、膝が破れたズボンにいたたまれなくなる。どちらを向いても逃れられない現実に、深い溜息を吐いた。


 この要塞‐ナルボヌ城と呼ばれる‐は、旧来からの城塞としての「城」であり、令嬢の宮殿のような華やぎはない。石畳や石塁で固められた河川を天然の堀として利用し、増設した深い用水路から、都市へと水を引く。典型的なヴァッサー・ブルクに、当時の最新技術を組み込んだものだと言えるだろう。それ故に、利便性はちっともよくない。


 城門を抜けて真っ先に現れるのは、守衛が窓から顔を覗かせる城壁塔が現れる。彼らは容赦のない険しい表情でみすぼらしい馬車を見下ろしている。私が顔を覗かせると慌ててへこへこと頭を下げたので、私も挨拶を返しておいた。


 城壁塔を通り抜けると、道路の舗装はなされていない狭い道が現れる。馬車は傾斜にかかると同時に激しく揺れ始め、フーケもそれに応じて持っているペンを下ろし、インク壺に蓋をした。暗い荷台から顔を持ち上げたフーケが私の背中越しに外を確認する。さり気なく私にハンカチを渡した彼は、激しいがたつきに堪えるために身を縮こませた。

 私はハンカチを受け取り、軽く顔を撫でる。滑らかなシルクの代わりに仕立てられた薄い布切れ一枚は、少しの汗でもべっとりと肌に纏わりついた。


 気持ちが悪い。私はハンカチをたたみ、フーケに返す。彼は受け取ったそれを大切に胸ポケットに仕舞う。

 狭い道を進むと、石を落とせる巨大な殺人孔を擁する第二の門が現れる。この門は二重扉となっており、鋼鉄の格子戸で逃げ道を失くし、油を流し込み、火を放つことで、敵兵を殺戮する事が出来るようになっている。カペル王国始まって以降にこれと言って役に立った例は無いが、魔術の研究が進んでいない時代には、猛威を振るったことだろう。


 この門を抜け、開けた広間に至ると、中央に小さな礼拝堂が現れる。戦時中であっても毎日の祈りを忘れないでいた先祖たちの名残で、今でも特別な日にはこの場所で祈りを捧げる。私も何度か祈りの場に出くわしたことがあるが、窮屈な礼拝堂に詰め込まれた兵士達の汗の臭いは、中々に凄まじいものであった。


 ふと、ぼんやりと空を見上げてみる。空が酷く狭い。汗と焚火の臭いが鼻を掠める。窮屈な広場を直進した馬車は、最後の門、居城(パレス)へ向かうための扉の前に停車した。


「ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌ様のご帰還である!扉を開けよ!」


 先にフーケが降り、大声で門番に叫ぶ。門はゆっくりと持ち上げられ、私の住居が徐々に露わになる。


 まず初めに、埃の臭い。次には仄暗い中に微かに差す窓の光が目に飛び込む。そして、石の冷たい肌触り。


「父上……」


 小さなころから、私の為に金に糸目をつけなかった父。その父の住まいは、私の宮殿よりもずっと窮屈で、冷たい……。そして、不思議な事に胸が暖かくなる。私はゆっくりと進み、壁伝いの螺旋階段の前に歩み寄る。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「お嬢様はやめて頂戴。もう、当主よ」


 高齢の執事長が出迎える。五十をすでに超え、病一つなくこの屋敷に仕え続けたジュスタンであった。彼を先頭にして、螺旋階段を囲むように出迎えたのは、私の見知った使用人たちだ。かつて絨毯が敷かれていた無骨な螺旋階段は露わになっている。ジュスタンの深い皺も手伝って、何処か葬祭の行進をする道のように連なってみえる。


「フーケ。明日は少し、礼拝堂へ向かいましょう」


「えぇ、ご支度致します」


 私はスカートの裾を持ち上げて歩いた。ゆっくりと、露わになった石の階段をのぼる。四角い狭い居城の中に、ヒールの高い音が響き渡った。


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