手紙
月の綺麗な肌寒い夜に届く手紙は、時々私の心を温かくさせてくれたのを覚えている。文通をしていたのは位階だけは同格の伯爵から、司教の「姪」、騎士爵の娘まで様々だが、中でも楽しみだったのは父からの手紙だ。
父からの手紙にはいつも小包が入っていて、その中には綺麗な服や、宝石や、時には鳥かごや鳥が届く事もあった。父との文通は誰よりも長く続いたので、私にとってはそれは貴重な経験だったし、また、とても楽しい思い出でもあった。
今でも、手紙を受け取ると、時折、心の奥のどこかで、そうした父の贈り物を期待してしまう時がある。父の贈り物は高価なものから、森で拾った木の実、私がたまたま欲しがった安価な花まで様々だったが、旅行とは、そうした小さな驚きの繰り返しが必要なものなのかもしれない。
そして、今、手元に届く手紙を開く事に、私は無感動になる事が多くなった。他人行儀な挨拶から始まり、ビジネスに関する事や、スパイ活動の成果に関する事、私個人と言うよりも、「領主」に向けた手紙がとにかく増えた。
今回の送り主はヴィタール・ダンドロからのもので、旅程の詳細が決まった旨が記されていた。
親愛なる ミス・ジョアンナ
お元気ですか?木枯らしに震え、高波と暴風に悩まされる季節となりました。先日は、御招待頂きまして、誠に有難うございました。
さて、今回お手紙を送らせて頂きましたのは、今回の集団旅行企画の旅程が決定した為です。教会の建築様式や、特徴的な名物料理、そしてナルボヌ領への道程をより愉快なものとするために、以下の通り順路を提案させて頂きます。
ペアリス(発)
ソルテ
ラ・ピュセー
ブローナ
リエーフ
ル・シャズ
ラ・フォイ
ラ・サーマ
アビス(→マールシャー→ネロウ→プロッヴ→ジロード)
ナルボヌ(ジロード→←キッヘ)
ウネッザ
ウォノエ
トゥーへ
クノッソス
シェルトノーブル
サン・ドゥ・ヨシュー
()内は、従来の、特に富裕層をターゲットとした旅程であり、ウネッザへ行く前にジロードへ向かい、ジロードの港よりキッヘ島を周遊してウネッザへ至る、時間もお金もかかるルートと言えます。ウネッザ以降の行路は、比較的古くから聖地へ向かうための行路として、ウネッザが利用してきたもので、十分にご満足いただけるものと考えられます。
ご不明な点等御座いましたら、改めて、ご連絡頂きますよう何卒宜しくお願い申し上げます。
在エストーラ領ウネッザ総督、ヴィタール・ダンドロ
普段の無尽蔵な雑談を思うと余りにもあっさりとした手紙である。
私は暫く、代筆者でもいるのでないかと勘繰っていたが、どうやら直筆であるらしいという事が、彼のサインで証明された。
ウネッザは元々聖地巡礼の旅の中継地点でもある。今回の大規模な旅行に、これを組み込む事は初めから計画されていた。それでも事細かに旅程を記載するその理由は、彼のまめさと言うよりも、私への配慮であると思う。
そして、聖地巡礼の旅の一環として、多くの聖遺物を持つカペル王国との旅行計画は、やはり抜群に相性がいい。私の読み通りだったとも言えるし、今回の計画は予想以上にその意図を完全に再現してくれたとも言える。ペアリスから続く都市は何処も主要な大聖堂のある都市で、その間の箸休めとなる幾つかの都市も、名物料理を持つ美食の都市である。
私自身、この旅程なら是非とも同行したいほどだ。
「ジョアンナ様、どうされました?」
フーケが私に声をかける。思わず口角が持ち上がったまま、私は彼に手紙を渡した。
「中々いい旅行になりそうじゃない?」
フーケは手紙を受け取り、唸り声を上げる。
「確かに、これなら集客を望めそうですね」
「でしょう?観光旅行としても、巡礼旅行としても最高のものよ」
「しかしナルボヌを通るというのは、中々評価の分かれるところですね……」
フーケは手紙を私に返す。ずしん、と重い空気が手紙をしならせた。
暫く応答せずに地面に向けて垂れ下がった手紙越しに彼を見つめる。彼は狼狽えて、一歩後ずさりした。
「そこをどうするのか、これが肝になるのよね」
「ナルボヌの観光資源と言えば、ナルボヌ城くらいではありませんか?」
「えっ」
ここって、そんなに貴重な建物なの?
素っ頓狂な声を上げた私を見て、フーケは少し吹きだした。
「こんな古風な城に住む人、そうそういませんよ」
確かに、旅行客の客層を考えると、そもそも城に住んだことのない人々が中心であるし、都市貴族であれば、城も要塞のようではなく、もっと絢爛豪華なものとなるだろう。それはある種の貴重な体験と言えるのかもしれない。
私の中で何かひらめきが生じる。それは不明瞭だったが、確かにそうだ、と思わせる納得感もあった。
「それよ!フーケ!ナルボヌ城で泊まるの!」
「……はい?」
今度はフーケが素っ頓狂な声を上げる。私は立ち上がり、ヴィタールからの手紙を握りつぶして立ち上がった。
「考えてみれば、こんな古臭い城他の町で見た事ないじゃない!この要塞で一泊出来たら、それは途轍もなく貴重な体験よ!」
ナルボヌ城は堅牢な要塞とはいえ、最早城に要塞の役割を託す時代は終わっている。それは悪く言えば時代に取り残された城だったが、裏を返せば、滅多に見られなくなった古風な城だった。
このご時世に水上に城を浮かべ、守衛を擁する巨大な城壁塔や、広間の礼拝堂、華美な装飾の殆ど無い、石の牢獄のような、それでいて非常に広々とした城内の個室。それらは都市では絶対に見られない。
そして旅行とは、「驚き」を求める旅である。仮にこの城を一種の宿泊施設として利用したら……それだけで、貴重な体験と言えるではないか。
「フーケッ!貴方の出番よ!」
私は彼の肩を掴む。久々に間抜けな表情を見せていたフーケは、身をびくつかせて大きな返事を返した。
ジュスタン、フーケ。今回の大旅行の鍵を握るのは、彼らになるかもしれなかった。




