人類の未来と世界の平和(笑)
●13 人類の未来と世界の平和(笑)
ちん、とエレベーターの音が鳴った。
ドアが開く。
おれは背広すがたの通訳を従え、廊下に出た。
絨毯の敷かれた廊下の角をいくつか曲がると、二人の兵士が立つ大きな扉があった。
「ここですね……」
通訳がおれを見あげる。
「あ、南雲長官!」
二人の歩兵銃を持った兵士が、あわてて敬礼をする。
「マッカーサー司令官は?」
「中におられます」
「一人で?」
「はい……」
茶色い木の立派なドアを見つめる。
さて、どんな人物だろう?
もちろん生前には、写真や本で見たことがある。有名なのは東京に降り立ったマドロスパイプと、やんごとなきお方と並んで写した記念写真だ。
それに、太平洋戦争ヲタクのおれだったから、マッカーサーの自伝なんてのも読んでたりして、けっこう彼には詳しい。
だが、今回は敵と味方、そしてこれは現実のことなのだ。
それに、この会見によって戦争の行末が変わってしまうかもしれない……。
おれはいつになく緊張していた。
「ま、あたってくだけろ、てか?」
堅い木の扉をノックした。
「カムイン」
短い返答があった。
ここは礼儀としてドアが開くのを待つのがいいだろう。
「南雲といいます。扉を開けてください閣下」
しばらくしてドアがゆっくりと開かれる。
ぬっとラフなシャツを着た長身痩躯の軍人が立っていた。
マッカーサーその人だった。
「ナグモ?」
マッカーサーは黙っておれと通訳を見比べている。
「大日本帝国海軍の南雲忠一です」
しばらく沈黙したまま、おれを見つめる。
パイプをくわえているところを見ると、おれが頼んだ通り、いい待遇をしてもらっているようだ。おれはちょっとだけ安心した。
「はいりたまえ」
首をふって中をさす。
おれはさんきゅーと答えた。
トラック島のもっともにぎやかな場所といえば、この夏島だ。
あちこちで軍事施設の整備拡張が続けられているが、同時に民間人の滞在も多く、ホテルやレストラン、料亭なども設けられている。南雲艦隊の活躍によって、制海権を得た帝国としては、当面はアメリカ軍の来るはずもなく、今は呑気に常春の夜を愉しんでいた。
とはいえ、監視の目は厳しい。
トラック島はその周囲を岩礁がとりかこみ、島々は内海の様相を呈しているから、当然侵入者への警戒は厳しく、頑強なコンクリート造りの通信所には最新式のレーダーもあったし、砲台や見張り台も各所に設置されていて、高台からの海上は見通しも良かった。
天気の良い夜などは、月明かりでたった一隻の船ですら、いればすぐに見つけられる。海上には意外に光があふれ、なにか不審なものがあれば、監視の目を逃れることはまず無理なのだ。ただし、月が出ていれば、である。
今日は新月、月明かりはなかった。
夏島に、一隻の漁船が近づいていた。この島の地元民の夜釣り船を装ったボロ船だ。近海まで潜水艦にくくりつけて運び、そこから二日かけてトラック島まで航行してきたという念の入れようだった。
木製だから、とうぜんレーダーにはかからず、哨戒の目にも漁船としか映らない。だが、この船はいざというときのため、スクリューつきのレシプロエンジンを積んでおり、中には、地元民に扮した二人のアメリカ人が乗っていた。
船は潮の流れにそってゆっくり夏島へと近づいてくる。ここまでは計算の上だ。しかしもうこれ以上は別の方向に流されていくだろう。そのぎりぎりのタイミングを見計らって、男たちは船から海に身を投じた。
この海域にはサメが多い。それをさけるために同族であるサメの油を塗るよう命じられていたが、それが効果があるのかは男たちにもわからなかった。
わかっているのはただ一つだけ、この任務が極めて合衆国にとって重要であり、これを成功させるためにはどのような犠牲も払っていいということだった。そしてその犠牲の中に、自分たちの命が含まれていることを、男たちはいやというほどわかっていた。
彼らは実際、このトラック島に関して幾多の飛行士と諜報員が犠牲となって、いつか攻略に訪れると信じて収集した情報や写真の数々を、惜しみなく見ることができた。
その中でも特に役立ったのは、トラック島の住民で、その後日本人に連れられてハワイに移住した現地人の証言だった。男たちはそのおかげで、トラック島の中でも唯一といってよい賓客をもてなす特別なホテルと、水上機発着施設、そして通信施設がこの夏島に集中していることを知ったのである。
部屋に入る。
ほー、ホテルのスイートルームらしい豪華な内装だ。
さすがは、トラック島で最高のホテルだな。
「こんな夜分にどうも」
通訳がマッカーサーに英語で話している。
おれは動く方の左手を差しのべた。
「握手はせんよ。戦争中だ」
マッカーサーはにこりともせず、じっとおれを睨みつけている。
「ごもっとも……」
どうもいかんなあ……。
やっぱ霧島健人じゃちょっぴり貫禄不足みたい。
もうちょっと、南雲ッちに頑張ってもらうかな……。
「坐りましょう」
いい塩梅に部屋の中には事情聴取するためのきちんとしたテーブルが置いてあった。木製だが、それなりにしっかりとしている。
おれは左手で椅子を示した。
マッカーサーはうなずき、腰をおろした。
おれは彼のあとで座り、彼を見つめる。
「それにしても、戦争とはドラマだ。太平洋を挟んだ敵同士が、今夜はこうして一つの部屋で未来について話しあう。実に愉快だと思いませんか」
「……わたしは虜囚だがね」
「勝敗は時の運。明日はおれがそうなるかもしれない……そんなことより、今日は人類と未来の世界平和について、閣下に話があります」




