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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第三章 覚醒編
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まぼろしの三小隊

●12 まぼろしの三小隊


 その夜、バーンズ大尉がやってきたとき、すでにとっぷりと日は暮れて、湖には何艘かの夜釣り船が浮かんでいた。


 ロニー上等兵を従えた彼は、白人で小太りの中年男だった。黒髪を撫でつけ、手に紫の花束を持っているところを見ると、どうやら伊達男を気取っているらしい。


「ようこそ大尉」


 赤い民族衣装で出迎えたジョセフィンは、バーンズの軍服の胸のボタンほどしかなかった。


「貴女がジョセフィン・マイヤーズ少佐?」

「そうだ。まあ入ってくれ」


 背を屈め、ジョセフィンの目をのぞきこんでくる。どうやら軽いスコットランド訛りがあるようだ。


 バーンズはうやうやしい動作で紫水ユリの花束を差しだした。


「一応礼儀としてお持ちしましたが、よけいでしたかな?」


「サンキューだ。しかし、他国の上位将校に花をささげるのはイギリス流か?」

 受けとり、軽く花の香を嗅ぐ。


「そ、そう言うわけではありませんが……」


 バーンズはロニー上等兵をふりかえった。


「君は車で待っていたまえ。」

 ロニーは黙って敬礼をし、車へと戻る。


 食卓には、すでにシャンドリカ手製のセイロンの地元料理がスコッチとともに並べられていた。ジョセフィンはろうそくに火を灯し、バーンズを席へといざなう。


 テーブルにもらった花束を置く。

 ろうそくのそばには、古い二本の真空管が置いてあった。


「ともかく乾杯しよう大尉。すまないが音楽はなしだ。ラジオは壊してしまった」


 スコッチを少しばかり注ぐ。


「光栄ですジョセフィン少佐」


 ジョセフィンは赤ワインをほんの少しだけ入れた。


「では、連合国に」

「連合国に……」

 二人は軽くグラスを合わせた。


 たあいない世間話は苦手だ。

 ジョセフィンは単刀直入に切り出す。


「食べながら話そう。今日来てもらったのはほかでもない。ワタシの移送先についてだが……」


 目の前にはライスのチキン乗せ、野菜のきざんだもの、マッシュポテト、カレーがワンプレートに色鮮やかに盛りつけられている。


 ジョシーはそのライスにスプーンをさした。


「大尉はワタシがアメリカ海兵隊に所属しているパイロットだと報告を受けていると思う。しかし実はミッドウェー沖の海戦で日本のナグモ艦隊の捕虜となり、自ら連絡志願してそのまま諜報活動を行っている特務員なのだ。現在の所属は合衆国海軍のノックス海軍長官直属、戦略調査室ということになる」


 半分は本当だが、後の方はジョセフィンにもよくわからない。

 でも今は別にどちらでもかまわないし、バーンズが信じれば、それでよかった。


「諜報活動……」


 案の定、バーンズは緊張した顔つきになる。


「バーンズ大尉。キサマがワタシから有意な情報を引き出すために、イギリスへの移送を発案したのはいいアイデアだったな」


 キロリとバーンズを見る。


「わ、私はただ……」


「だが、ワタシが重要な機密情報を持ち、それが戦略上この戦争への大きな岐路になることは本日のランス・マッカンドレスの報告にもあったと思う。したがって貴官がすでに英国送りを翻意撤回されたであろうことは容易に想像できるが、ここではその確認をしておきたい。さらに言えば、貴官は大英帝国海軍の武官最上位であるダドリー・パウンド海軍卿の名前を出したようだが……」


「そ、それは……」


「わかっている。おそらくそれはワタシを試すためだろう。機密情報を持つほどの人間が、こんな単純な嘘にひっかかるようでは、機密情報そのものが信じられないというような。だが、心配はいらない。ワタシはそのような些事に海軍卿が関わらないくらい、ちゃんとわかっている」


「……」


 しばらく沈黙が続く。

 スコッチを持つ手がかすかに震えている。

 彼もようやく自分の立場がわかってきたのだろう。


 英国への移送はもちろんバーンズの独断だった。

 ダドリー・パウンド海軍卿の命令というのも、彼の嘘。


 だからジョセフィンが彼の嘘をそのまま報告し、外交ルートで海軍卿に問い合わせや要請がいけば、彼は窮地に立たされることになる。


 つまりバーンズはいま、脅されているのだ。


 一瞬、彼が眉間にしわをよせる。

 いっそ、この民族服の小さな少女を絞め殺し、うやむやに……。


「そうそう。昼間は無線機を貸してもらってすまなかった」


 なにげなく言って赤ワインを舐める。


「おかげで現状報告をすることが出来た。むろん、パウンド海軍卿のくだりは省いてだが……」


「あ、あの無線機は、役に立たない漁船用ですよ?」


「……キサマに見せたいものがあるといったのを覚えているか?」

「え?」

「これだ」

 テーブルの上にあった二本の真空管を、バーンズに渡す。


「それは無線機の真空管だ。自分で回路を変更し、超短波に改造した。だからオーストラリアのダーウィン基地には余裕で届いた。まあ、そのためこの家のラジオは壊してしまったがな。というわけで、ワタシが英国に移送されたり、突然行方不明になったり、あるいは病死しても、米英連合国間に重大な事態を招くことは、理解してくれたと思う」


 バーンズはしばらく考え、降伏するしかないことを悟った。

 そして降伏したなら、あとは簡単だ。

 なにも考えず、いいなりになればいい。


「ご、ご心配には、およびません。貴官の帰国には万全の準備をいたします」


「それは助かる。……まあ、食べたまえ」


 ようやくスコッチがのどを通る。目の前のごちそうを遠慮がちに口へ運ぶ。


「それとこれは提案だが……」

「なんでしょうか?」


「ワタシが救出されたときの状況だが……救出したのは貴官直属の英国海兵隊員が三小隊、でよいかな?」

「は?」


 バーンズはまた、不安になる。

 そんなことは、聞いてない。


 この傲岸不遜なアメリカ人は、海岸で倒れているところを警戒していた兵士がたまたま見つけたはず。

 すくなくとも、三小隊での救出、などという勇ましい話ではなかった。


「ワタシは今後の報告によって、貴官に殊功勲章を授与するよう貴国に強く薦めようと思う」


「……なんですと?」

 バーンズは目をしばたかせた。


「つまりこうだ。ワタシは日本軍の偵察隊に随伴させられていたところを、貴官直属の三小隊の勇敢な働きによって救出された。……であれば、当然の進言だろう?」


 彼は目の前のアメに、ようやく気がつく。


「それはありがたい!」


 バーンズは思わず本音を漏らした。

 結局、早く出世して本国か、せめて後方に移動させてほしいというのが、彼の望みなのだ。


「ではもう一度乾杯だ。お互いの未来に」

「み、未来に」


 バーンズは従うしかなかった。


「そうそう。これは質問だが」

「はい、なんでしょう」

「銀行に知り合いは?」




 コロンボ軍港のそばに敷設された滑走路で、ロッキードの双発機を複座に改造したものと、二機の護衛機が出発に向けて準備をはじめている。各所の施設はまだ黒焦げが目立ち、日本軍の空襲で穴の開いた滑走路も応急修理されたばかりだが、なんとか使えるまでには復旧している。


 天気は良いが、たまに突風が吹く。そのたびに砂ぼこりが舞い、ジョセフィンの金髪はたなびいた。


「世話になったなランス」


 そうひと声かけたジョセフィンは、ロッキードの後部座席に乗りこみ、ゴーグルをつける。


 ロニー・マッカンドレスが敬礼をした。


「いよいよ長旅ですね……」


 エジプト、アフリカの西海岸シエラレオネ、南米グレナダを経由して合衆国に帰るルートが選択されていた。二日半の行程だ。


「ふん、 長旅なもんか。本当はワタシが操縦したいんだが、イギリスの兵士は頭が固いのだな」


 ぷいっと横をむく。

 ロニーは吹き出しそうになった。


「では少佐、どうかお元気で」

「ああ、キサマもな」


 そのようすを見て、ロニーは操縦士に合図を送った。


 三機の飛行機が一斉にプロペラを回しはじめる。


 やがて、彼らがゆっくりと動き始めるころ、コロンボの貧しいタミル人母娘おやこのもとに、ひどく緊張したようすの銀行員が二人、なにかの包みを捧げ持ち、おとずれていた。

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