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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第三章 覚醒編
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割れかけのイースターエッグ

●8 割れかけのイースターエッグ


「さて、行くか……」


 おれは軍装を着こみ、私室の鏡をのぞきこむ。

 霧島健人、南雲忠一、霧島健人、南雲……。


 あいかわらず、意識をどちらにするかで、自分の像が切りかわる。

 うーん、慣れてはきたけど、二重人生の落ち着かなさは、まんまなんだよなあ……。


 帽子をきゅっとかぶって外に出る。


 廊下をめぐり、階段のぼって甲板にでると、そこは一面の星空だった。

 波の音、潮の匂い。遠くには月も見えている。


 その月明かりのシルエットに、十人ほどの男たちがおれを待っていた。


「長官、やはり行かれるんですかのう」

「夜でっせ!」

「朝までお待ちになっても……」

「百鬼夜行……」

「ぜひ連絡をください」

「また新兵器見せてください」


 参謀たちが口々に声をかけたり、敬礼してくれたりして忙しい。


「まあそう言うなよ。万一のこともあるからな。隠密に夜間移動したいんだ」


 しばらくは赤城ともお別れだ。おれは周りを見渡す。

 昏くても、おれには苦労を共にしたこの船が、ちゃんと見えている。


 トラック島に移送されたフィリピン総司令官、マッカーサーに会うため、おれはひそかにこの赤城を出発しようとしていた。イギリスとは無事停戦し、これから和議がはじまるが、アメリカとはまだ戦争中だ。


 おれとジョシーが決め手と考える核実験までの半年間、その趨勢すうせいを少しでも有利にし、対米講和を成功に導くには、アメリカの首脳陣につながる人物との会談は非常に重要だと考えていた。なんとしてでも実現したい。


 てなわけで、しばらくの間、みんなともお別れなのだ。


 あれれ、参謀たち、なんで泣いてんの?


「んじゃ大石、あとのことは頼んだぞ。もしイギリスが警告をやぶったら、やっておしまいなさい」


「はい。それはもう……ですがオレなんかでいいんですかい?」


「おまえはもう立派な主席参謀だよ。おれや草鹿がいないなら、司令官代理は当然だろ」


「ぐぐぐ……」


 泣くな泣くな!

 しめっぽいのはダサいだろ常識的に考えて。


 泣いたり笑いそうになるのをこらえて、おれは参謀連中と別れの握手をかわした。


「あのモールスは打ってくれたな?小野通信参謀」


「はい。痛快で、記念すべき打電でした」


 小野がメモをとりだし、読み上げる。


「本日われわれはディエゴ・ガルシア島の領有を宣言する。よって、本日以後、英国のアッズ以南への進出を認めず。 大日本帝国インド洋連合艦隊司令長官 南雲忠一」


「ははは。しかし、ひどい話だよな。まだ見てもない島の領有を宣言したり、まだ任命もされていない身分なのったりさ」


 くすくす笑うと、みんなもつられて笑顔になった。


「まあ真実ならずとも、だれも文句言いませんよ。長官はとっくの昔に出世しているべきだし、それに停戦にしたがったんだから、理屈から言ってインド洋連合艦隊司令長官のはずです」


 吉岡がすまして言う。


「いや、べつに出世はしたくないんだけどな、モールスの宣言内容からして、そう名乗るのが妥当と思ったんだよ」


「まさに、インド提督……」


「てことだ大石、しっかり守ってくれよ。あのゾーンディフェンスと攻撃連携は空母艦隊が本来持つべき機能だと思うから、なにかあれば、ぞんぶんに試してやれ」


「お任せあれ。ディエゴ・ガルシア島にも、明日には着きますわい」


 みんなとの別れがすむと、大発動艇を降ろしてもらい。駆逐艦『谷風』に移動する。


 この艦は去年のウェーク島上陸作戦でも活躍したなつかしい船だ。最高時速三十五ノット、これに乗って昭南島という名前になったシンガポールに行き、そこから飛行機に乗って蘭印というインドネシア、ラバウルを経由、そして最終地トラック島に向かうという、総距離九千キロの旅になる。


 航行はこの谷風と浦風の二艦だけだが、途中までは掩護にゼロがついてくれるし、シンガポールからも出迎えの艦や、護衛機が来ることになっていた。


「昭南島には二式艦上偵察機という試作機があるので、それに乗ってください。航続距離を延ばす増槽もしてもらっていますよ」


 と、吉岡が言ってたっけ……。


 水しぶきを浴びながら、けっこうな時間をかけて駆逐艦に着く。


 駆逐艦から内火艇をおろしてもらって、そっちに乗り移る。

 やれやれ、運動不足の身にはこたえるぜ。


 ようやく全長百メートル全幅十メートルあまりの小型駆逐艦『谷風』に降り立ったおれは、その狭い甲板上で、先任伍長以上の整列敬礼をうけた。


 みんな、緊張してるな。なんか、伝説の魔導士でも見た顔になってるぞ。


「艦長の勝見です! な、南雲長官にお越しいただき、乗組員一同、たいへん光栄です」


「どもども南雲です。一週間の長旅だけど、よろしくね」


「はっ」


 勝見っての、襟章を見ると中佐みたいだな。身長はおれよりけっこう低くて百六十五くらいか? ビシっと刈り上げてはいるけど、ちょっぴり童顔、でも眉毛も濃くて知性はありそう。


「狭い艦ですが、どうぞこちらへ」

 うながされて中に入る。


 まずは艦橋だ。赤城の三分の一ほどの船だから、どんなに狭いのかと思ってたら、赤城とかわらない広さがあった。


 高さがない分、海が近く見えるな。


「へー結構広いんだね」


 計器もずっと少ない。レーダーも簡単な二一型しかないから、夜は操舵と監視、そして電探と無線係が数名いるだけだ。


「飛行機がないのでその分広いですよ。乗員も二百三十ほどですから、赤城の十分の一です」


「ほほー」


「司令官には私の部屋を空けましたので、ご自由にお使いください」


「あーごめんよ。そんなことまで……」

「いえ、お気になさらず。ささ、ご案内いたしましょう」


 部屋に入ると、六畳ほどもある立派な部屋だった。

 おれの荷物は、すでに運び込まれてあるみたい。


 ベッドがあり、執務机も置いてある。ワンルームマンションだと思えば一週間なら余裕だね。

 勝見艦長を帰し、ようやくひといきつく。


 風呂は赤城ですませてきた。軍装をはずしてベットに横になる。


 全身の疲労が一気に襲ってきた。


 伸びをして、一気に力を抜く。


 さあて、シンガポールに到着するまでの一週間、久しぶりに、のんびりさせてもらうかあ……。




 そのころ……。


 アッズ環礁のイギリス基地から、本国に一本の電報が打たれ、それが大英帝国・内閣戦時執務室に届けられた。


 とある太った老人の寝室。電話は鳴った。


 ジリリリリリリリ……。


 ウィストン・チャーチルは、すべて白で統一したお気に入りのベットで、昼間の疲れからぐっすりと眠っていた。


 ジリリリリリリリ!


 ……むう、まったく、無作法な電話だ。


 チャーチルは不機嫌そうな顔で起きあがった。


 ランプをつけ、受話器を耳にあてる。


「なん、だね……?」


 しばらくして、目を開いてがばっと起きあがる。


「それは本当かね?!……うむ、うむ……よし、すぐセイロンに残った船を全部向かわせろ。ただしアメリカ国籍の船だけだぞ。わが大英帝国は手をだせんのだ。……うむ、CCSを通せ。絶対にしとめるんだ」


 受話器を戻す。


 チャーチルは年よりらしからぬ、不敵な笑みをうかべた。


「どうしたのウィストンちゃん」


 隣りで寝ていた妻が身体をおこす。


 興奮さめやらぬチャーチルは吸いさしのシガーに手をのばし、マッチをすった。大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


「ナグモの命運が尽きたんだよ。いま、ワシの頭には、やつの行動が手にとるようにわかる。ひとつのカゴに卵はいくつも入れるな、だ」


「割れるものね」

「クレメンティン、油断は禁物って意味さ」

「ことわざくらい、知ってますとも」


 妻は不服そうにつぶやく。


「まさにイースターエッグだな……」

「あら、まだ三月なのに? 今年のイースターは四月五日よダーリン、おやすみなさい」


 妻がふたたび気持ちのいい寝具にもぐりこんでも、まだ彼はしばらく部屋の片隅をじっと見つめていた……。

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