南雲のお別れ会
●7 南雲のお別れ会
結果的には、高橋と狭間の機転が功を奏したようだ。
動きの鈍くなる魚雷艇を見た高橋は、すぐさま僚機に指示を出す。
「各機、敵魚雷艇のうしろを狙え。くりかえす、敵魚雷艇のうしろを狙え」
それを聞いた残りの五機が、かわるがわる魚雷艇の後方より飛来しては、順に旋回しながら魚雷艇の後部を銃撃する。
ガガガガガガ!
ガガガガガガガ!
ガガガガガガガガガ!!
木造の船に、機銃がこれでもかと撃ちこまれ、破片が飛びはねる。高橋はもう自分では攻撃をせずに、その様子を上空から見ている。
これだけ集中して後部を狙われては、代わりの砲撃手を出すこともできない。実際、兵士が後部へ行こうと出ては、そのたびに機銃攻撃が来て、やむなく戻るのを繰り返している。
そのうち、とうとう機関砲にも何発もの機銃掃射が命中して、台座が破壊されてしまった。いや、それよりも動力部分に機銃弾があたって、火が吹き上がる。
「攻撃やめ!」
高橋隊は魚雷艇を取り囲むようにして、上空を旋回しはじめた。
PT―40の船室では、マッカーサーの一家とサザーランドが被弾を避けるため操舵室へと避難していた。
船の後部は穴だらけになり、もはや火災をおこして沈没はまぬがれない。ウィロビーは肩を撃たれて重傷、他の乗組員にはケガはないが、これ以上の戦闘は一家を危険にさらすことになる。このうえは一刻も早くゴムボートを降ろして、乗り移るしかない……。
「司令官、退避を進言いたします。力及ばず、残念であります」
マッカーサーは操舵室と船室との間で、長身をかがめるように立ち、部下たちを見た。
ジョンは汗で髪が額に貼りつき、ウィロビーの救助で衣服は血に染まっている。ディックがぐったりとして船の舵に身体をあずけ、マシューは頭を抱えうずくまる。ウィロビーはうめきながら、肩の銃創をサザーランドにおさえてもらっていた。
傍らの妻のジーンはすっかり怯え、小さい子供を抱きしめ、船室のベンチでガタガタと震えている。
ダグラス・マッカーサーは腰に手をやり、落ちついた声で言った。
「諸君、任務は完了だ。……君たちを誇りに思うぞ」
最後に、フィリピン総司令官は、思わず顔をゆがめるジョン・D・バクルリーの肩を抱いた。
「マッカーサーを捕らえました!」
小野通信参謀が司令官室に駆けこんで来たのは、おれが山本連合艦隊司令長官からの電文に頭を悩ませているころだった。
「やったか!!」
こいつはいいニュースだ!
すっかり意気消沈していたから、久しぶりにすかっとする知らせに、思わず立ち上がる。
さっそく暗号電文を山口多聞におくることにする。
『山口司令官ニ栄光アレ。マ司令官ハ、トラックニオ連レシ、クレグレモ敬意ヲモッテ処遇サレタシ』
「ほう。くれぐれも敬意とは、ずいぶん、念入りな言葉ですね」
不思議そうな顔をして小野が首をかしげる。
「いや、これくらいでちょうどいいんだ。マッカーサーにはちょっと冷静になってもらわなくちゃいけないからな」
「冷静に……?」
「うん、彼は今、日本をひどく差別的に見て、頭にきているんだ。狂信的で非文明的なアジア国家に先制パンチを食らい、自分のプライドや利益や、大切なものをたくさん奪われた、とね。そういう考えのアメリカ人はこの時代たくさんいるんだよ。だがそれはアメリカだけじゃない。日本でも鬼畜米英ってやってるだろ?」
「はあ……」
わかったような、わからないような顔をする。
「戦争の遂行には国民の憎悪を駆り立て、相手国への恐れや敬意を失わせることが必要なんだ。だから、いま、マッカーサーには、あえて冷静になってもらわないといけない……」
捕まえたなら、次はマッカーサーとの会談だよな。
さて、どういう戦略で会談を演出しようか……。
自然、おれは遠くを見る目つきになった。
「自分、思うのですが……」
小野がおずおずと口を開く。
「ん?どったの?」
椅子にすわりなおして、小野を見る。
なにかひどく言いにくそうな、それでいて言わねばならないような、奇妙な表情をしてるぞ。
「これは怒らないでお聞きいただきたいのですが、南雲司令官は……いや、もちろん軍人として、司令官として尊敬しておりますし、立派な戦果もあげておられるのですが……」
「なんだよ、はっきり言えよ」
思わず笑う。
「なにが言いたいの?」
「長官は……もしかすると政治家としてお立ちになるべきでは?」
「……はあ?」
吹きだした。
「ないない。政治家なんてまっぴらだよ」
「そうですか?」
「ありえませんて。軍人としても失格かもしれんけどさ、政治なんて興味ないし」
「いや、しかし……」
まだなにか言おうとするのを、手で制した。
「ま、誉め言葉と受けとっておくよ。それともなにか? 小野はおれを追いだしたいのか?」
「め、めっそうもない」
小野は顔を赤くして、きちんと敬礼をする。
「で、では失礼いたしました!」
出て行こうとする。
「いや待って」
「は」
「すぐにみんなを呼んでくれ。大石や源田や坂上や……。山本さんと、停戦の始末……いや、軍令部への対応を協議したいからな」
「わかりました」
そう言って、踵を返す小野を、おれは不思議な気分で見送った。
政治家なんかやってられるかよ……てか、せっかく転生したのに、面白くない人生なんて、まっぴらだ。
さてと……。
これをどう判断するべきか。
ポケットから、早朝に受電したメモをとりだし、黒板に大書してみる。
『海軍軍令部発 南雲忠一中将
直チニ停戦ヲ厳命ス。英国トノ和議ニ臨ミテ、軍ハ国論ノ範タルベク、行動ニテ此レヲ示ス』
「失礼します!」
大石、源田、吉岡、雀部、小野、坂上ら、参謀たちがつぎつぎに入室してた。
なんか、ここんところ会議ばかりやってるよな。
小野はおれを政治家とか変なこと言うし、これじゃマジで軍人じゃないみたいだ。
「みんな、まあすわってくれ」
さっきまでしょんぼりしていたみんなも、マッカーサーの捕獲を聞いたんだろう。なんとなく元気を取りもどしている。
壁際の白いカバーがかけられたソファーから、いつもの会議机に移動したおれは、彼らに席に着くよう促し、黒板をひっぱってくる。
「マッカーサーについては聞いての通りだ。多聞がやってくれた」
「アメリカはしょんぼりするでしょうなあ!」
坂上がうれしそうに言う。
「だな。おかげでおれはアッズを早く引き揚げたくなった」
「巨頭会談……」
雀部航空参謀がぽつりと言う
「まあそれはいい。話をすすめよう。今日の0500に発艦するはずだったアッズ環礁への攻撃隊はこの電文が来たおかげで中止になった。この対応について協議したい」
「それなら、いまからでも攻撃を決行すべきですぞ!」
こぶしを握りしめた大石が膝を叩いた。
「気持ちはわかるよ大石。今おれたちはアッズを四つの空母艦隊でぐるりと取り囲み、いつでも攻撃が開始できる態勢だ。実際そうしようと思ってたんだからな」
「いやあ、あの画期的な連携攻撃を、試してみたかったですなあ」
「そうだな源田。あれからお前が精度をあげてくれたゾーンディフェンスとタイムテーブル、最高だ」
「ゼロ戦の強さをもっとイギリスの連中に見せたかった」
「おうよ吉岡、軽くて早くて撃たれ弱いがゼロの強さは世界一」
「ライク・ア・マジック!」
「ちょ!敵性英語かよ雀部。しかし魔法のように戦闘機を多く見せれるからな」
「新兵器の電探も、もっと使ってほしかったです」
「だよな坂上、海軍技術研究所のチート能力が……っておい!」
「?」
「おまえら!なにお別れ会みたいになってんだよ! こいつはそういう会議じゃないぞ!」
「あ、いや、はは」
みんなが頭を掻いている。
「はあ。……まあね、それぐらい残念だってことはわかるよ」
ためいきを吐く。
「この電文の意図は重大だ。ここで、このギリギリのタイミングで攻撃をやめることが、世界や国内に向けての歴史的なメッセージになると、ふだん言うことを聞かないおれに、軍令部が饒舌なまでの命令を寄こしてきたんだからな」
「……」
「で、長官は攻撃を中止なさったんですわい。わしは今でも反対ですがの」
「だよな。おれだって、このままじゃ腹の虫がおさまらん、そこでだ」
さっきから黙ったままの、小野通信参謀を見る。
「ようするに、モールスですね?」
おれはにやりと笑う。
夜はとっぷりと暮れていた……。




