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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第三章 覚醒編
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戦うか、戦わざるか

●5 戦うか、戦わざるか


 船の前甲板で機銃にとりついているマシュー・ローリンズの背中が揺れている。いつも歌っているお気に入りのS・ジャーニーが聞こえる気がして、ジョンはこっそりと笑った。


 なにかを拾おうとしている左向きの骸骨。


 それがフィリピンの島々の形だとすると、のばした肩から手の部分がミンドロ島、コロン島、左下に細長く伸びたパラワン島である。


 最初に通過するはずだったミンドロ島とコロン島の間は、距離も約六十マイルある深い海だが、今彼らが行くのは、いくつもの島の集まりであるコロン諸島と、パラワン島の手前にある岩礁地帯だった。


「あせるなよ。ゆっくりでいいぜディック」

「りょうかい中尉」


 なにもしなければ、美しい島々だな、とジョンは思った。


 実際、目の前の海は水色に輝いているし、海中にはたくさんの小魚が群れをなしている。こんもりと盛りあがる島の緑は豊かで、小さい鳥だってこんなに飛んでいる。


 ただ人間だけが、戦闘に血道をあげているのだ。


 コロン島の影に入ったところで、島々の沿岸を警戒しながら、さらにゆっくりと進んでゆく。軽量で小さい船だとは言っても、浅瀬に乗り上げることもある。ジョンは海図を見ながら、注意深く、進路を探した。


「もうすぐ島の岩礁を出ます。そこからは楽になりますよ」

「だといいがな」


 敵の飛行機も、まさかここまでは来るまい。そう思いながらも、レーダー要員に声をかける用心深さはあった。


「ブレリトン、敵はいないか。艦船と空に注意だ」


 音を聞きながら、レーダーの摘みを回していたブレリトンがおもむろに口を開いた。

「……やっぱり、やつらコロンとミンドロの海峡にいますね」


 ジョンはうなずき、腕時計を確認する。

 太陽も少し高くなってきた。


「よし。この岩場に隠れた場所で休憩しよう。少し早いがメシにしてもらってもいい」


 そう言いながら、船室の方をアゴで差す。


「イエッサー」


 ディックがエンジンを停止させた。


 彼らもようやく笑顔になる。若い兵士はなにかと腹が減るのだ。

 ジョンが船室の扉をノックしようとして、ふとその手を止めた。


「……」

 じっと耳をすませる。


 かすかに、なにかが聞こえる。

 うなるような、ほんのわずかな羽音……。


「!」


 慌てて操舵室から顔を出す。


「ウィロビー!」


 その剣幕に驚いて後方を双眼鏡でのぞきこんだウィロビーが、しばらくして声をあげた。


「七時に敵機六、距離三千!」


 よく見れば肉眼でもわかる。かなり低いぞ。高度数百か……?


「ばかやろう!」


 どなりながら、操舵室にもどり船室の鉄扉を叩く。


「司令官ッ!」


「……なにかね?」


 ドアを開けると、船室の四人が立ち上がる。


「七時の方向に敵六機、距離三千、高度五百です!」


 すでに前方に敵機がおり、そのため進路を変更していることは伝えてあった。今度は後方低空からの敵機である。


「やりすごせるかねジョン?」


 特に慌てた風もなく、腰に手をやったマッカーサー司令官は、ジョンの目をじっと見つめた。


「やってみます!」


 幸い、ここは小さな岩礁が点在している。うまくいけばまぎれるかもしれず、それには動かないことだ。だが待てよ。このままでは船が風に流される。急いでいかりを降ろそう。


「ディック、出来るだけ船を島に寄せるんだ。おいマシュー!」


 前甲板に声をかける。


「イエス!」

「ウィロビーを手伝え!」

「イエッサー!」


 マシューがくわえていた煙草を捨て、立ち上がる。


「ウィロビー、船が止まったら錨をおろせ。見つかるなよ」

「イエッサー」


 ディックが器用に一本のスクリューを使って船首を島に寄せると、二人が鎖をさばきながらウィンチを操作して錨を降ろす。


「降ろしたら中に入るんだ。急げ」


 敵の到達までまだ約五分以上ある。まだ大丈夫だ。


 作業を完了した二人がはしごを登って、狭い操舵室にあがってきた。身をすくめるようにして詰める。


「危険ですからいったん扉を閉めます」


 一応鉄扉だから、前から機銃掃射を受けても、防ぐことはできるだろう。マッカーサー司令官を船室へと追い返し、ジョンはドアを閉めた。


(やりすごせるかもしれない。だがもし見つかったらどうする?)


 これは普通の魚雷艇ではない。アメリカ軍のフィリピン総司令官を乗せた船なのだ。対空砲はあるが、それで対抗できるとは思えない。相手は六機、しかもすぐ応援が駆けつけてくる。空から銃撃されたら紙みたいな船だ。バラバラにされてしまう。攻撃はできない。


「ブレリトン、基地に敵と遭遇したと無電を打て。座標もな」


 もしも戦闘になって漂流しても、救助を期待できる。


 息が詰まるような時間が過ぎていく。


 轟音とともに、操舵室の窓から、三機編隊で逆Vの字に並んだ敵機が六機、通過していくのが見えた。


「あれは……爆撃機だ。ゼロファイターじゃない」


 上を見あげていたディックがつぶやく。


 翼に大きな赤い丸印。やや細長い機体。たしかに機体の下には大きな爆弾をぶら下げている。


 では、この船の探査機ではないのか……?


 ほっとしたその瞬間……。


 三機小隊は突然コースを変え、左右に分かれた。

 あっ、と思った瞬間、大きく旋回して戻ってくる。


「くそっ!」


 マシューが舌打ちをする。


「まだだ。動くな!」


 もし、見つかったのなら、敵は機銃を撃ってくるはずだ。

 それを合図に逃走にかかろう。だめなら白旗だ。


「ウィロビー……」

「イエス」

「ゆっくり、見つからないように錨をあげておけ。ウィンチを入れたらすぐに戻るんだ」

「オーケー」


 ウィロビーが外に出て、慎重にはしごを降り始めた。

 ガラガラと音がして、太い鎖が巻き上げられる。

 降ろす時と違って、巻き上げは機械だけでまかなえる。


 その間も、敵の爆撃機はなんども上空を旋回している。

 ウィロビーがもどってきても、敵はまだ撃ってこなかった。


「中尉!」

「ディックどうした?」

「水上機が来ます!」

「なんだと?」


 双眼鏡を取りあげ、ディックの指さす方向を見る。たしかに二機の水上機が前方から飛んでくる。


「味方か……?」


 期待もむなしく、それが日本の水上機だとわかったとき、ジョンは船室に通じるドアをノックした。


「司令官」

「どうしたね?」


 マッカーサーがサザーランドとともに、船室の固いベンチから立ち上がる。


「どうやら見つかったようです。上空には六機の爆撃機が旋回しており、水上機二機が十二時の方向距離五百に着水します。このまま動かない許可をいただけますか」


 言わんとしていることは明白だった。

 戦わずして船を鹵獲ろかくされ捕虜となることを、よしとするかどうか、だ。


「諸君」

 マッカーサーが答えた。

「ぞんぶんにやりたまえ」


 それを聞いて、幼児を抱く妻のジーンが十字を切った。

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