マフネやいずこ
●3 マ船やいずこ
そもそもだが、ゼロ戦と一言で言っても、基地や所属で色が違う。空母の飛行機乗りは、とにかく整備兵もふくめ塗装をペーパーやすりで剥がすのが大好きで、
「これで最高速が1キロ違う」などと言うもんだから、外装がやたらと剥げている。
それに対して、台南空の陸上攻撃隊機は一目で違っていた。塗装もきれいだったし、カラーリングも全体が灰緑色で違って見える。だから、白坂は一瞬どこの敵機かと勘違いした。
だがその翼には……。
「日の丸か!」
台南機はあっという間に白坂機を通りすぎ、つぎつぎに散開するカーチスへと襲いかかる。二十ミリ機銃を掃射して、いくつもの黒煙をあげさせる。
台南空隊の援護を得て、空戦はがぜんこちらが優位になった。
気がつくと、米軍カーチスは残り数機になり、逃げまどっている。
白坂は例の黄色いラインのカーチスを探す。
空域を二度ほど旋回して見回すと、乱戦の中、翔鶴からの艦載機を軽快に追っている機体がすぐに見つかった。
台南空隊は残存敵機を複数で追いかけ、機銃を放っている。曳光弾があちこちに飛び交う。
うかつに飛びこむと、流れ弾を受けかねない。
白坂は慎重に進路をえらび、距離を縮める。
「おいこら!」
ぐうっと操縦かんをまわし、機銃を放つ。
ガガガガ!
相手はそれをひらりと躱しておいて、こちらに機首を向ける。
ガガ!
カーチスの弾がキャノピーを掠めて思わず首を縮める。
一発撃ってそのまま右にきりもみ、あざやかに反転する。
まるでついてこい、とでも言っているようだった。
「逃がすかよ!」
運がいいのか悪いのか、台南空の一団はそれぞれの敵機に群がり、黄色いラインのカーチスには注意をはらっていない。
次の瞬間、黄色いカーチスが、遠くのコレヒドール島へと機首を向けた。
白坂は当然のように追いかける。
やや高い高度で、全速を維持するが、相手はほんのわずかに速い。
「?」
ほんの少しずつ、距離が離れていく。
「おいおい。また今度ってか? 冗談じゃないぜ」
白坂は発射レバーに手をかけた。
自分が逃がすわけにはいかない。
これ以上、行くと弾が当たらないぎりぎりのところで、白坂は、まだ残弾数のある七・七ミリに切りかえ、発射レバーを押しこんだ。
ガガガガ、ガガガガ、ガガガガ……。
機体を揺らして逃げようとするカーチス。
白坂は照準をずらさないように機体をあやつり、後方から機銃弾を撃ちまくった。
ガガガガ!
バシバシ!
「手応えあり!」
そう思った瞬間……。
カーチスがとつぜん視界から消えた。
(どこだ?!)
白坂は宙返りする。
海面が見えたその瞬間、カーチスが見える。
(下かっ!)
このままだと上昇したカーチスに先に撃たれる。
咄嗟にそう思った白坂は、宙返りの途中でフットバーを右に踏みこんで、回転を試みた。
一気に重力がかかり、目の前がめまぐるしく一転する。
同時に反対に方向舵を切って、機体をまっすぐに戻す。
自機への着弾を想定して身構える。
「……?」
なぜ弾が来ない……?
警戒しつつ、すばやく旋回すると、すでに島へと飛ぶカーチスが見えた。
最高速はむこうが上。
機影はどんどん遠ざかっていく。
どうやら、自分は踊らされたらしい。
「……逃げ切りやがった」
離れていく敵機を見ながら、白坂はくやしそうにつぶやいた。
空域に敵はすでにいなかった。
海面近くまで飛んで確認すると、何機もの戦闘機が海に落ち、翼を見せたり、半分沈んだりして黒煙をあげている。
漂流する日の丸も一機見える。
緒戦で味方が一機堕とされたのは見ている。
だがどこまで被害があったかはわからない。
無線で列機も見つかり、ほっとする。
隊形を整え、キャノピーを開いて軽く手をあげる。
「敵一機コレヒドール方向に逃走せり。白坂隊これより帰艦する」
「白坂隊八鹿了解」
「……岩森了解」
台南機とも交信を行おうとしたが、通じなかった。
見れば、そもそもどの機体もアンテナ線が張られていない。確認はどうやら基地経由になりそうだ。
マッカーサー拿捕の密命を知らされておらず、隠密行動をしていた翔鶴隊が空戦を繰りひろげているのを見て、助っ人を買って出てくれたのだろうか。
白坂は手をあげ、挨拶をすると戦闘空域を離脱した。
「基地空爆のためコレヒドール海域にさしかかりしところ、味方艦載機の空戦に遭遇し助成、全機撃墜す」
台南空に連絡していた通信士が片耳に受声機をあてがいながら言う。
「そうか……台南空がいたか」
「攻撃隊からも通信あり。『マ』船見当たらず」
『マフネ』とはマッカーサー乗船船舶の意味だ。
山口多聞はためいきを吐いた。
全機撃墜はありがたいが、肝心の船が見つからないのでは意味がない。
「マッカーサーはいるんでしょうね……」
声の方を見ると、艦長の城島だった。
山口はまさかとは思いながらも、双眼鏡を海に向けながらつぶやく。
「いる。それは間違いない」
南雲長官が断言したし、なにより護衛機がいたことが、その証拠だ。
「染野、電探はどうだ?」
通信担当に尋ねる。
「やってはいますが、小さい船だと海面の乱反射で捉えられるかどうか」
「ふーむ」
やはり、目で探すしかないのか……。
それにしても、範囲が広い。
『マ船』が通過するもっとも狭い海峡はコロン島とミンドロ島の間だが、そこでも優に五十海里はある。
一機が見渡せる索敵範囲を三海里とすると、島から島へ一直線に十数機も並べれば見逃さない勘定だが、そんな峡谷のような場所にずらっとわかりやすく待ちかまえて、それでもノコノコやってくるような、馬鹿な敵はいない。
……待てよ。
山口にあるひらめきが走る。
もし、前途に日本の航空機がとうせんぼしていたら、マ船は引き返すだろうか?コレヒドールはすでに危険で、しかもそっちは現在台南空の隊が空爆中なのだ。
もしかすると……。
山口はひとしきり考え、命令を出す。
「よし、このようにせよ。一、先行した攻撃隊のうち、無傷の機は着艦におよばず。そのまま海域を警戒せよ。二、探索隊はコロン島とミンドロ島の間を十八機にて等間隔に飛行して封鎖せよ」
「わかりました」
「まだある。三、被弾機の帰艦収容が終わりしだい、九九艦爆を六機発艦せよ。目的海域はコロン島西十キロの島影。そこにマ船が逃げてくる」
「……わかりました!」
すぐにその旨が打電される。
わざと海峡を封鎖して、島の西に逃げ込んだところを、新たな九九艦爆で拿捕するのだ。
もしも敵の大きな船が現れたら、そのまま爆撃隊になればいい。




