KATAGURUMA
●37 KATAGURUMA
「?」
だが、すぐにいつもの気丈な顔にもどる。
「それは、ワタシがアメリカ海軍の一員だからだ」
「どういう意味だよ……」
「ワタシはミッドウェーからこっち、自分の所在と状況を超短波でハワイの作戦本部に送信している」
おれたちはしばらく沈黙して睨み合う。
「冗談なら……」
「本当だ。いつも言ってあるだろう。ワタシはあくまでもアメリカ人だとな」
「まあな……」
だとしても、ジョシーの悪意をおれは信じない。
「で、おまえはどうしてアメリカに帰るんだ?」
「キサマのカニンガム報告書にヒントをもらった。ジョセフィン・マイヤーズ報告書を作らせるんだ」
「はあ?」
おれが作ったカニンガム報告書は、アメリカの科学力と、新兵器開発の重要性を日本の上層部に認識させるのに役立った。なら、こいつが作らせる報告書は……?
「ただの脅しはアメリカには通用しない。嘘を本当にしないとだめだ」
こいつはいつも正しい。それだけは確かだが、なにを言おうとしているのか。
「つまり?」
「キサマは原子爆弾をつくり、それを交渉のテーブルに乗せろ」
「なん……だと?」
「今からきっちり半年後、キサマは原子爆弾を完成させ、その実験を行うのだ。ワタシはそれを予言して、なんとしてでも日本とアメリカとの講和を実現させる。そうすれば、太平洋戦争は終わるだろう」
「平和は核の傘の下……ってか」
「……」
おれにも、ようやくジョシーの考えが読めてきた。
こいつはアメリカに核の脅威を喧伝して、日本を連合国陣営に引き入れる必要を説くつもりなのだ。そのために、おれたちが核開発をしていることを報告し、そしておれには、それを現実のものとするため、核実験を行えと言っている。
「あのなー、日本で伊藤大佐と話した時、おまえは現場にはいなかったろ。あのときおれが言ったのは、理研に論文を作らせて世界に発表し、つまりはやるやる詐欺的にアメリカを脅す戦略で、実際開発を行う話じゃないんだ」
「それじゃダメだ。本物を見せないと誰も信じない」
ジョシーの小さな足の爪がピンク色に染まっている。
「ま、確かにな」
この時代の人間には、原爆はまだ理論上の産物に過ぎない。それが本当に存在するかは、実際にやって見せないと、アインシュタインだって信用しないだろう。
そして、それを目にしたら、とてもじゃないがそんな国と戦争を継続する気にはなれまい。ニューヨーク、ワシントン、ロスアンゼルス……そんなアメリカを代表する大都市が、一瞬にして火の海につつまれ、自国民が何十万人も恐ろしい殺戮にあうことを、覚悟しないといけなくなるからだ。
「恐ろしいやつだなおまえは」
「恐ろしいのはキサマだろ南雲忠一。ワタシですら、そんなものが現実にあるなんて、知らなかったぞ」
「本当に作っていいのか? これは人類文明に対する反逆だぞ。それに、作ったはいいが、どこかでおれがいなくなり、残った原子爆弾だけが独り歩きして、アメリカで爆発する可能性だってある」
「そこはキサマがうまくやるしかない。それに、どうせ日本がやらなくても、アメリカやソ連やドイツがやるだけだ。あれからワタシもいろんな文献や論文を調べた。原子爆弾はたしかにありうる。ウラン235があれば、だがな」
「ウラン235は……あるんだ。平山鉱山にな。それを探すための放射能計も理論は公開されてるし製作も簡単。なんせ、放射能なんて嫌でも計器に影響与えるんだからな。発掘もなにもむずかしくない。掘り出して粉砕して、その中の重い粒子だけを遠心分離でとりだせば、一発や二発の爆弾はつくれるだろう」
「平山……それはどこにある?」
「朝鮮半島の北部だ。現在は日本だ」
おれの生前の世界線には、北朝鮮という国家が、核開発をしてアメリカを交渉のテーブルに引きずり出したという事実があった。そしてその力の源泉は、朝鮮半島北部にある、平山鉱山というウラニウムの鉱山であることを、おれは知っていた。
「やはり、キサマには目途がついていたか……。日本でワタシに話したときの様子を見て、そうじゃないかと疑っていた」
「お見それしました」
「南雲忠一、キサマが何者か、ワタシは知らん。この先の未来がどうなるのか、祖国アメリカや、ドイツがどうなるのかも、わからん。だがこれだけは言っておく。日本が勝ち、ヒトラーがその恩恵でヨーロッパを征服し、さらにアメリカや連合国が敗北する未来だけは、ゆるせないのだ。それならば、日本が連合国になり、ヒトラーへ原子爆弾を投下する未来を望む」
「ヒトラーだけを殺す爆弾なんかないよジョシー。その時には何十万人もの無垢な市民も巻き添えになるんだ」
かつての日本を襲った、原爆のきのこ雲をおれは思いうかべた。
「砂漠、無人島、そんな場所はいくらでもある。高高度の爆撃機を開発し実験をすればいいんだ」
おいおい、今度は富嶽かよ……。
どんどん恐ろしい話になっていくな。
二段ベットにすわり、おれを見下ろす金髪の可愛い幼女が、悪魔に見えてきた……。
「というわけだ。ワタシは明朝ひそかに出発する。セイロン島の沿岸で降ろしてくれれば、あとは捕虜から脱走をしたように見せかけ、自分で帰る」
言いだしたらきかない。
翻意させるにはジョシーを論破するしかないが、それが不可能なことは、おれにもよくわかっていた。
考えてみれば、この地はジョシーにとっては好都合、帰国しやすい場所だ。セイロン島からインドに渡り、そこからイギリスの庇護を受けつつ、大西洋まわりでアメリカにたどり着ける。
このタイミングでの申し出は、実にジョシーらしい、正確な計算にもとづいたものなのだ。
「わかった」
おれはそう答えるしかなかった。
「そうだ。これはどうでもいいことだが……」
ふっと肩の力を抜いたジョシーが、視線をはずして言う。
「キサマに、ひとつだけ約束してほしいことがある」
なぜか、ちょっと照れくさそうな表情になった。
「ん、なんだい?」
「もしも、もう一度会うことが出来たら、やってほしいことがあるのだ」
「?」
「キサマともう一度会えるかどうかはわからん。……が、、もしもだ。もしも会えたら、か、肩車してくれないか」
「……」
「……」
「……はい?」
なにを言っているか、わかりません。
「よ、よく叔父がやってくれたんだ。それだけだ!」
怒ったようにぷいっと横を向く。
「そ、そんなことなら今でも……」
「今じゃないっ!」
「あ、そうなの?」
「と、とにかく、もしももう一度会えたら肩車すると約束しろ!」
「ま、まあいいけどさ」
「するのかしないのか?!」
「するよ。する! もう一度会えたら、肩車してやる!」
「それだけだ! ワタシはもう寝る!」
がばっと布団にもぐりこみ、そのまま見えなくなった。
なんなんだよ……。
最後まで意味不明なやつだな……。
富嶽はご存じ、大日本帝国が大戦末期に開発しようとして断念した超大型爆撃機の名称です。




