雷撃四十発!
●35 雷撃四十発!
「哨戒長、潜望鏡をあげよ!」
急速浮上した伊十六潜水艦隊旗艦は、潜望鏡深度を維持し、周囲の把握を急いだ。
「どうだ?」
係員は潜望鏡で周囲を確認する。
聴音室からの声を報告を伝える兵が、ふたたび口を開く。
「味方潜水艦、もとい、四隻の僚艦も浮上してくるようです。距離約九百に散開中」
「空母います!」
潜望鏡係がするどく言った。
「見せて」
草鹿も自分の目で確認する。
波間の向こうに敵の空母艦隊が見えた。
真っ平で大きな甲板、小判型の艦橋、全長が二百五十メートルにも到達する堂々たる姿。
まちがいない、空母ホーネットだ。
潜望鏡のむこう、敵の空母艦隊はわずかな速度で遠ざかっていく。
中央にはホーネット、その周囲を駆逐艦が警戒にあたっているようだ。
距離約五百。
方位角左四十度。
ここからだとよくわからないが、当然哨戒の護衛機も飛んでいるだろう。
いや、そんなことは問題じゃない。
これは……。
この方位と距離は……。
必中射点じゃないか!!
草鹿は興奮を必死に抑えて、潜望鏡を離した。
「魚雷戦準備。全砲門開け」
砲門は艦首に八門装備されている。
そこから強烈無比の九五式酸素魚雷を最大で二十発、発射することが出来る。
「準備完了」
味方の準備を待つか……?
一瞬迷う。
同時攻撃が効果的なのは、どんな戦でも同じだ。
だが、そうするためには、もう数分は待たなければならない。
無線や光通信が使えないこの状況では、準備の可否を問うすべもないからだ。
だが、足並みにこだわって、時間を無駄にし、そのせいで敵の哨戒機に見つかれば、空母は全速で逃げ出し、駆逐艦は何百発の爆雷を落とすことになる。
しかしこの艦が撃てば、当然僚艦も同じことをするはずだ。
旗艦たるこの艦の動きを見れば、各船長の自己判断によって戦闘が進められるし、今もきっとそうしている。
先手必勝ですよね……合理的に考えて……。
草鹿はひとりうなずいた。
「……撃て」
「撃て!」
伝声管の兵が叫ぶ。ほぼ同時に、ズボーン、という重い発射音が
鳴りひびいた。
ズボーン!
ズボーン!
ボーン…!
合計八発の魚雷が発射された。
そしてわずかな沈黙がおとずれる。
到達まで約三十秒。
いまごろ、聴音室では必死に係がその音を拾っているだろう。
佐々木半九が潜望鏡をのぞきこんでいる。
草鹿は耳をすませた。
「……」
佐々木が息を吸う。
「……命中!……五発!」
空母艦隊にあがった水しぶきと火煙が、佐々木半九の視界に入ったのだ。
「おお!」
水中は秒速千五百メートルで音が伝わる。
ほぼ同時に爆発音が艦内にも伝わってくる。
「静まれ!」
草鹿が小声で制する。
グオオオオオン!
グオ!グオオン!
グオオ!グオオオオン!
たしかに、五発だ。
「僚艦、魚雷発射しました!」
どうやら、心配はいらなかったようだ。
どの艦も、そして艦長も、日本で相当訓練を重ねてきた優秀な連中ばかりだった。逐一、この艦の動向を探り、予見し、すべて理解していたのだ。
しかし、安堵しているヒマはなかった。
「深々度潜航!」
草鹿の声に反応して、艦はすぐさま潜航を始める。
「取舵。その後深度を百メートルに保ち、無音潜航せよ」
沈む方向を制御して、雷撃発射地点から離脱する。
ゴウゴウと、他の艦からの攻撃も命中している気配がある。
そのあとはひたすら爆雷に耐えるだけだ。
だが、いくらまっても、爆雷の音がしない。
ホーネットへの魚雷攻撃で、近くに帝国海軍の潜水艦がいることは、もうわかったはず。
だとすれば、駆逐艦は散開しつつ、爆雷の爆発深度を百~百五十ほどに設定して、あたりの海にばらまく。
こちらに動きがあれば、その推進音を聴音して、追いかけてくる。わからなければ、爆雷が尽きるまで、投下を繰り返す。
しかし、さっぱり爆雷の音がしないのだ。
船内の温度はどんどん上昇する。
もはや四十度を超えているだろう。
「何分たった?」
「十五分です」
「おかしいよな。こんなに待たせるなんて、どういうわけだろう?」
「わかりません」
「このままではホーネットのようすもわからん。まさか、罠?」
「……」
「そうか……駆逐艦は、そんな状態にないんだ」
草鹿がぽつりと言った。
「自分たちの潜水艦は全部で五隻、それらが八門の雷撃をしたとすると、合計四十発……」
草鹿と佐々木は顔を見合わせた。
「せ、潜望鏡深度浮上!」
「浮上します!」
待ちかねて潜望鏡をのぞきこんだ草鹿に、大破している空母と、すでに傾き、沈みかかっている駆逐艦三隻が見えた。黒煙がもうもうと上がり、水蒸気もあたりに立ちこめている。
「三隻とも命中だ!」
「やりましたね司令官!」
全長七メートル、重量一・六トンの大型酸素魚雷である。
それが四十発もやってきたのだ。
「油断しちゃいけない。まだ護衛機だって飛んでる。敵の被害状況を報告せよ。無線を開き、僚艦との連絡を行なうんだ」
「長官! 草鹿がホーネットをやったそうです!」
レーダー室で電探砲撃のやり方を打ち合わせているところへ、小野が飛び込んで来た。
「マジか!」
「マジです!」
すぐ上の司令室に向かう。
そこにはすでに参謀たちがつめかけていて、みんなが興奮しているところだった。
「草鹿やったか!」
「さすが草鹿だ!」




