でかかったウンチは止められない
●27 でかかったウンチは止められない
おれはまずセイロン島のコロンボ港を爆撃することにした。
それはおれが考えている対イギリス東洋艦隊戦に欠かせない戦略だった……。
艦橋下の会議室がレーダー要員で占領されてしまったので、司令官室に参謀たちを集める。今日はジョシーも書記として椅子に座っている。
ここに草鹿がいないのは残念だが、彼にはホーネットをやってもらうため、パナマ運河の近海に身を潜めてもらっている。とはいえ、あと二週間音沙汰がなければ、一度はトラック島に帰島する必要があった。
「イギリスとの時間勝負になりそうだ」
おれの言葉を待つ参謀たち。それを見渡して、真珠湾からまだ三か月だということが、信じられない思いだ。地図好きのおれのために、壁には大きなインド洋の地図が貼られてあった。
「ここがインド。大きな半島のような逆三角形をしている大陸だ。この大陸の右下にくっつくようにしてあるこの大きな島が、セイロン島。北海道よりは少し小さいけど、この島には現在七百万人が住んで、そのほとんどはセイロンの西海岸、このコロンボという場所に集中してる。おれたちはここをやることで、イギリスの東洋艦隊をおびき出す。なぜなら、このインドはイギリスの植民地で、コロンボはその主要な商港。日本にやられっぱなしじゃ現地人にも本国にも、イギリス東洋艦隊は合わせる顔がないからな」
源田がなるほど、という顔をする。
「統治している人間には、そういうメンツがあるんですな……」
「もちろん、それだけじゃないぞ。彼らはすぐに出てこれる理由があるんだ。彼らは現在AとB二つの部隊に分かれていて、Bはこのセイロン西海岸のコロンボと、東海岸のトリンコマリーにいるけど、Aの方はここにあるアッズ環礁にいるんだ」
おれはインドの逆三角の先端からずっと下、南約八百キロの海の中に丸を書いた。
「ここがアッズ環礁。彼らはこの島嶼の戦略的価値に気づき、今ひそかに要塞化をはかっている。いわば、大英帝国海軍のトラックだ」
参謀連中がみじろぐ。
おれのひとことで、この地の重要性がわかったらしい。
「さて、ここからが本題だ」
おれはそのアッズ環礁から、さらに南約五百キロの、インド洋のど真ん中に丸をつけた。
「ここにディエゴ・ガルシア島という環礁がある。おれたちの最終目的は、ここを埋め立て要塞化して、アッズ環礁と対峙し、イギリスと睨み合いをすることにある」
「その、アッズとやらはとらないんですかい?」
大石参謀長が首をかしげる。
おれはうなずいた。
「アッズ環礁のほうは意外にでかくて、その割には位置が無駄。セイロンのコロンボにも近すぎる。アッズは敵の手には落ちないようにするが、ここを基地化してしまうと、どこまでも占領しないと気が済まなくなる海軍病に陥る。だから現在イギリスのものになっているこの地は、いったん奪取はするが無人のまま放っておき監視海戦場所とする。そのかわり……」
アッズからさらに西約千キロ、アフリカ大陸とのちょうど中間地点に丸をつける。
「ここ、セイシェル島を捕る。この大きな島は、1841年のパリ条約からイギリス領なんだ。まあ、奴らやりたい放題だからな。おれたちはここを抑えて、インド洋の拠点をこのセイシェルとディエゴ・ガルシア島で完成させ、さらにジャワからの補給路を確保する」
参謀たちはおお、と声をあげた。
「整理するぞ。イギリス東洋艦隊は現在セイロン島コロンボとトリンコマリー、そしてアッズ環礁にいる。おれたちはコロンボを爆撃し、次にトリンコマリー、そしてイギリス艦隊をおびきだしたうえで、そいつらを叩き、そのままアッズを攻める」
「……」
「だがそこからはひそかにディエゴ・ガルシアに立ち寄り、補給船と、工作船を呼んでここを要塞化、そのままセイシェルに向かう。ただしだ……」
おれは椅子に座っているジョシーを見た。
英語でなにやらメモを取っている。イギリスとの海戦会議に碧眼の少女が英語でメモを書いている奇妙さに、ふっと笑顔が浮かんでしまう。
「みんなも知っての通り、イギリスは現在講和に向けての停戦を呼び掛けてきている。これに政府が回答しない今のうちに、ここまでをやらないといけない。ディエゴ・ガルシア島の要塞化は敵にはわからないし、停戦にも含めなくていいだろうが、コロンボ・トリンコマリー爆撃とアッズまではやっておく必要があるからな」
おれはみんなを見回した。
「ここまで質問あるか?」
「しつもん!」
……ジョシー、お前かよ。
「なんだい?」
「インド洋をわれわれが抑える意味が知りたい」
おまえ、よくわかってるだろうに。
あ、みんなにわかってもらうためか。
なんか、国会の与党質問みたいだな……。
「うむ、いい質問だ。お答えしよう」
だんだん、ノッてきた(笑)
「簡単に言うと、イギリスの嫌がることをするためだ。太平洋は今のところ南方艦隊に任せても問題がない。だからおれたちはヨーロッパ戦線に介入して、インド洋でイギリスの補給路、これをシーレーンと呼ぶんだが、これを断つことにする。アフリカとサウジの隙間からエジプトへの補給路、それからインドの東西両側という、この重要な地点の海路を遮断するんだ。大西洋がおれたち帝国海軍の手に落ちたら、奴らとんでもなく苦労するってこと。もしかしたら、ヨーロッパでの戦争に重要な意味を持つかもしれないんだぞ」
あまりよくはわかっていないが、なんとなく重要であることはわかってきたらしく、参謀たちの顔が紅潮してきた。
彼らの頭の中に、上の命令を聞くだけでも、精神論だけでもない、今までの海軍にはなかった思想が、なんとなく育ってきた気がするな。
「それだけの補給を確保するのは大変そうですね」
航空参謀の吉岡が冷静に言う。
「赤道直下をマレーから千海里。二十ノットで五十時間だ。大変だが通商破壊さえなければ問題ない。というより……」
西洋諸国に色分けされた、アジアの地図を思いうかべる。
「太平洋と大西洋、沿岸諸国はいずれ独立の機運が高まっていく。どこの大国連盟に加盟するかという選択だけが残るんだ。そのとき、世界は複雑に入り組んだ陣地取りになるだろう。日本の隣にアメリカがあり、その向こうにはイギリスやフランスがある。そうなれば補給路は同盟国のイギリスが守ってくれてるよ」
みんなはぽかんと口をあけた。
「もうひとつしつもん!」
またお前かよ……。
「イギリスが停戦を呼び掛けてきているのはわかった。だが、それに政府が応じた場合、攻撃中のわれわれはそれを停止するのか? でかかったウンチは止められんぞ?」
……。
ぴきっと全員が固まる。
ウンチて……。
おそるおそる、みんながジョシーの方をゆっくり見る。
ジョシーは悪びれもせず、おれをきつい目で睨んでる。
「そ、そうだな……」
笑うとよけいまずいことになりそうで、おれはあえて真面目な顔で答える。
「こっほん! それはその通りだ。出かかったウンチは、出す!」
もう、なにを話してるのかわからなくなってきたよ……。




