カニンガム、知らないうちに有名人
●24 カニンガム、知らないうちに有名人
1942年二月二十日。
突き抜けるような青空の下、ついに、トラック島の湾内に空母赤城が姿を現した。右舷前方に開いていた大穴は見事に修復され、喫水線までの船底には赤い塗料が塗られている。
赤城から降ろされた内火艇に乗って、夏島の波止場に降りてきたのは、息子の進だった。
「お父さん!」
真っ白い軍装でびっと敬礼をする。輝くようないい笑顔だ。
「おー進!元気そうだな」
ふっくらしていた頬が、ちょっぴり精悍になっている。
なんか……だんだん息子が可愛くなってきた気がするな(笑)
背後には、軽装の兵士たちが何人か随伴している。
「どうですかお父さん、新生赤城は!」
シルエットに浮かぶ沖合の空母赤城を、得意そうにふりかえる。
「うん、いいんじゃない? なんかかっこよくなったな。穴もふさがったし、あの艦橋のが新型レーダーか?」
「お父さんには、ぜひ上から見てもらいたいんです」
「……へ? ……上から?」
「おおおおおおおおぉぉぉぉ~~っ!」
よく考えたら……。
トラック島の湾内上空を、爆音を響かせながら九七式艦上攻撃機が旋回して飛ぶ。
「ひえええええええええぇぇぇぇぇ!」
飛行機に乗るの、初めてだったあああ!
前席の飛行士が叫ぶ。
「長官! 日の丸です!」
機体が斜めに傾げられて、下への視界が開ける。
赤城の甲板に大きな日の丸が描かれていた。
ださっ!
いや、むしろこの時代じゃかっこいいのか?
さらに旋回して、上部構造物がよく見える位置をとってくれる。
あ~艦橋の最上部に、回転式の八木アンテナがついてる。
お~~艦橋だけじゃないぞ、そのさらに後方にはマストの代わりに電波塔みたいなのも立って……。
いやいや、それどころじゃないってば!
「はあはあ……」
赤城の司令官室で、冷えた手ぬぐいを額に当てていると、進がやってきた。
さすがに、この南国では長袖の軍装は暑い。
白の開襟シャツに着替えている。
「どうでしたか? 気持ちよさそうに飛んでらっしゃいましたね! 甲板もきれいに修繕されていたでしょう?」
息子よ、気持ちはよくないぞ。
ぐったりしているおれを見て、進が心配そうな顔になる。
「どうか、されましたか。お気に召さないなにかが……」
「いや、はは。ちょっと疲れが出てな」
「そ、それはいけません!」
慌てて駆け寄ろうとするのを、おれは手で制した。
「大丈夫、大丈夫。ところで、あの艦橋後ろのレーダーはなんだ?」
「ああ、あれは高度探知専用電探です」
「ほう……もう高度を探知する技術まで試作したのか」
「はい。あれがあれば相手航空機の待ち伏せが出来ると言うことです」
「なるほど……」
それまでのレーダーは、方角と距離が探知できるだけだった
しかし反射電波の、上下方向の指向性をしぼって、その角度をはかることが出来れば、距離と角度から高度を推定することが出来るし、それによって迎撃機が適切な高空で待ちぶせすることが可能になるってことだろう。
あの艦橋後方のマスト部分を鉄塔に改造して取り付けられていたのは、そのための専用レーダーなのだ。
「電探専属の人員も、今や五十名以上にもなっていますよ。おかげで艦橋下の部屋をひとつ占領しています」
そりゃすごいが、たいした方針転換だわ。
今までは攻めるが第一、という海軍の方針で、守備に使用するためのレーダーに関しては、とにかく消極的で、上層部や司令官たちは、誰もその価値を認めようとしなかったのだ。
「ふうん、電波兵器に今までたいした興味も抱かなかった海軍がねえ」
「はい。お父さんのカニンガム報告書がかなり上の方にまで行ったとお聞きしています」
「上……」
中将であるおれ、山本司令長官、永野総長、そのもっと上となると……。
なるほどね。
ちなみに、あの報告書はウェーク島で捕虜にした、アメリカ海兵隊のカニンガム少佐から訊いた内容ということになっているが、ほとんどはおれの創作だ。
とはいえ、卒論で調べまくったことがベースになっているから、説得力はすさまじかったはず。
日本の暗号がアメリカ本土にいる何百人もの専門チームで解析され、瞬時にアメリカ全軍に伝わっていること、開発中戦闘機F6Fヘルキャットの性能と防御性能と、ガソリンのオクタン価による出力の違い、アメリカが使用しているレーダーの電波周波数からパルス発信、それに連動して自動で動く高角砲、それにVT信管、あと原子爆弾のことなどなど、覚えている限りのことを図入りで解説してやった。
その衝撃が、相当なものだったことは、理解できる。おれが上げ続けている戦果が説得力にもなって、大本営に冷や水を浴びせかけたのだ。
「ま、これで日本が精神論だけじゃ勝てないことをわかってくれたら、めっけもんなんだけどな。もともと優秀な科学者も、手先の器用な職人も、日本にはそろってるんだからな。無いのは資源だけだが、それもマレー、蘭印、フィリピンを抑えた今ならあるわけだしな」
「はい。あの報告書のショックで、今や全国三百以上の民間や大学施設から、科学技術者が1万人以上も軍事技術の専任となって、電波兵器開発に協力してくれてるんですよ。総括はわれわれ海軍技術研究所と伊藤大佐ですが、陸軍にもどんどん技術を開示しています。……ところで」
進は言いにくそうに口を開いた。
「まだお見せしたいものがあったんですが、お疲れみたいですね……明日にしましょうか?」
「なんだい?」
おれは額の手ぬぐいを外す。
「これも、お父さんのカニンガム報告書にあったやつです。あの報告書には、二万Gに耐える三種類の真空管が必要だと書いてあったので、ものすごい種類の試作が作られて……」
おれは進の顔をくすぐったいような気分でながめている。
あれからこいつも、ずいぶん苦労したのだろう。
しゃべりたいことが山ほどあるみたいだ。
「それって、もしかして、VT信管のことか?!」
「あ、はい。日本じゃ近接信管と呼んでいますが、まだ残念ながら完成はしてません。真空管の耐衝撃性能もまだですし、発射衝撃で液体アンプルが壊れて電源を供給するしくみもまだ安定してなくて……」
すまなさそうな顔になる。
いや、そこまでやったならかなりなもんだろ……。
「ま、気長にやるしかないな」
さすがに、二~三か月じゃむりだよな。
「真空管のフィラメントに衝撃吸収のためのバネをいれたり、割れないよう樹脂で固めたり、そのへんは報告書通りやったんですが……」
ふむ。進もあれからかなり勉強したんだな。
わりと専門的な単語がすらすら出てくる。
「でも、わが国独自の工夫もあって、いちおう現段階の成果があがったので、お父さんにお見せしたいんですよ。伊藤大佐もぜひ長官の助言がいただけるとありがたいと……」
「ふぅん……」
おれは進の目を見つめた。
「……よし、見せてもらおう」
「はいっ!」
せっかく持って来てくれたんだ。見てやるのも研究継続の意欲につながるだろう。
近接信管試射の準備が整うまで、おれは久しぶりに赤城の食堂でメシを食うことにした。もちろん、飛行兵士たちが集う、あの薄暗い食堂である。
停泊中だから、半分ほどの兵たちは上陸して身体を休めているが、敵の攻撃に備えて居残り組も多い。
配膳に普通に並び、自分の分をもらって席に着く。
……お、今日の昼は刺身か!
食堂の木の椅子にすわり、ご飯を減らした食事を摂る。あの真珠湾攻撃の前日、南雲ッちに転生してから約三か月で、ずいぶん節制したんだよなあ。
おれは自分の腹の脂肪をつまんでみる。
いや、絶対ダイエット成功してるでしょコレ!
「長官じゃないですか! お変わりありませんか?」
見ると、あの木村三等整備兵曹だ。
「おお!木村もこっちに戻ったのか」
木村は軽い敬礼をしてから、おれの招きで前にすわる。
こいつもいい感じに、ふてぶてしくなってきたぞ。
「はい! おかげさまで二等整備兵曹になりました。翔鶴の乗組員も電探の操作をしっかり覚えてくれましたし、あとは経験だけですね。なんども実戦経験積んだら、オシロスコープと反射音響を同時に判断して、敵が目に浮かぶくらいになりますよ」
おまえら超能力者かよ。
「マジ最高」
「マジ?」
「本当にってことだよ」
「あーそうでした。ありがとうございます!」
仲良く茶を注いで、メシを食う。
「多聞さんはあれ見てどうだった?」
「あ、はい。意外に面白がって自分もやっておられましたよ。なんでも、どえらい人物が乗った爆撃機を堕とすんだとか」
「……」
……多聞、口軽くね?




