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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第二章 世界戦略編
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大説得の夜

●17 大説得の夜


「それはなんだ?」

「オーストラリアと戦争しないことさ」


「キサマ、ワタシをからかっているのか? さっきは戦争すると聞こえたがな」

 ぎり、と音が聞こえるほど、歯をくいしばる。


「からかっているもんか。つまり戦線を拡大しない。それが最善手なんだ」


 おれは真剣な顔をしてみせる。

 ジョシーはぷいっと横を向いた。


「ただ……彼らを説得できるかどうか」





 おれたちは日本からの途上にある、トラック島に到着した。


 ここに来るのは二回目だから、もう慣れたもんだ。


 大発動艇に分乗して、またあの懐かしい夏島に上陸する。



 海軍司令部のある建物の二階は、大きな会議室になっていた。

 周りから見ると、いつもここだけが夜遅くまで、灯りが煌々と灯っている。


 ここ、常夏のトラック島は、二月でも気温が二十五度から三十度くらいあった。

 夜は窓を細く開けると、ちょうど良いすずやかさだ。


 おれは、三日間の準備期間のうち、一日目を井上中将と、梶岡少将との作戦会議として使わせてもらうことにしていた。


 この作戦において、この場が一番厳しい、そしてもっとも重要な戦いになることを、おれは知っていた。




 目の前の机には、大きな海図と模型が置いてあり、おれ、井上中将、梶岡少将が向かい合って座っている。


 さっきからすでに議論は堂々巡りをしていた。


「なぜオーストラリアと戦争するんですか。われわれ大日本帝国は英米には宣戦布告したけど、オーストラリアとは戦争してませんよ。いまここで、オーストラリア本土を攻める理由がないと思いませんか?」


 こいつ、頭がおかしくなったのか、という顔をして、井上氏がまじまじとおれを見ている。


「オーストラリアは英国のいわば属国であるからして……」


「ええ、それは知ってます。おれたちもオーストラリアと戦争をするためにやってきた。おれが言いたいのは戦う理由も考えず、無理やり戦線を拡大するバカバカしさを言ってるんです」


「バカとはなんだ!」


「そうじゃありません。ただ、トラック島の防衛のために、カビエン、ラバウルはいいとしても、ニューギニアはやりすぎっしょ」


「それが大本営の決定である。それに、ニューギニアにはポートモレスビーがあり、ラバウルを奪っても、爆撃圏内ではないか。ここを落とさなければ毎日空襲されることになる」


 オーストラリアの右のツノの上には巨大なニューギニア島があり、その南端にはポートモレスビーという敵の空軍基地があった。大本営はカビエンやラバウルだけでなく、その基地を空襲し、確保しろと言ってきているのだ。


 だがそうすると、とんでもない泥沼が待っていることを、おれは知っていた。のちのガダルカナル、そしてニューギニア。十二万を超える日本兵が、ほとんど飢え死にをする悲惨な結果を招くことになるのだ。


「君には……」

 井上氏の顔に、はじめて人間らしい表情が浮かぶ。


「ウェークではずいぶん世話になった。君の……なんというか、草鹿たちの言う、神通力のような……機略にも大いに感心させられたが、今回の命令違反だけはどうしても承服しかねるのだ」


 ふうん、草鹿たちって、おれのことそんな風に噂してるのか。


「ねえ井上さん」

「……」


「ちょっと整理しましょう」

 椅子に腰かけ、息を吸う。


 井上中将の精悍な顔を見つめた。


「オーストラリアはアメリカにとっても、日本への反撃窓口だ。同時に日本の防衛最前線でもある。だから橋頭保を築きたい。それはいいでしょう。でも、このニューギニア島ってわかります? 島とか地図とか見てるから勘違いしますけど、国土は日本の倍もあって、日本からは二千七百海里も離れてるんですよ。空襲はいいとしても、どうやって上陸したり、兵站を維持するんですか? 島全体が密林なんですよ。今の日本には機械力もない、赤道直下の無案内な、おまけに日本の倍もある島で、数万人ぽっちの日本人がどうやって防衛し続けるんですか?」


「やる前から負けることを考えるのは敗戦思想じゃないかね」


 しぶい顔のまま、腕組みをしている。

 すぐ、そういう精神論に流れるんだよなあ……。


「今はいいですよ。ろくな敵はいないんだから、つい奥の方まで手をのばしたくなる気持ちもわかります。でも、あらゆる局面を想定して立案するのは司令官の務めじゃないですか?」


 開けられた窓のむこうに、日本の船舶の灯りが見える。


「南雲さん、もう一度問おう。もしもオーストラリア大陸に手が出せんとしても、なぜニューギニアを攻めないのか。そうしておけば、少なくともポートモレスビーからの空襲は避けられるのにだ」


「ですから、わざと残すんですよ。そうすればラバウルが前線になって、われわれはそこに兵力を集中できるんです」


「……」


「前線基地ってのはそういうもんでしょう? われわれはトラックがあるからラバウルをとる。じゃあポートモレスビーはなんですか? ラバウルを守るためですか? そう考えた瞬間、ラバウルの目的変わってませんか?ラバウルはあくまでも前線基地なんです」


「しかし大本営が……」


「それは違いますよ」


「なん……だと?」


「陸軍さんだって、昔は石原莞爾ってひとが独断専行して満州事変をおこした。それの良しあしは置いといて、おれが言いたいのはやっぱり現場が最後は責任とって判断しないと、紙とえんぴつで作戦考えても、うまくいかない。ここは、あくまでもラバウルを前線として防衛すべきです」


「……」


「お二人とも聞いてください。このニューブリテン島には南端にカビエンという村があって、ここは海を隔ててポートモレスビーや東の島々、たとえばガダルカナルなんかにも見通しがいい。ここに最新鋭のレーダー、つまり電探を据えれば、いつでも敵の襲来がわかって前線を守ることが出来ます」


「最新鋭の電探?まさか、そんなものが……」


「あるんだなあ、それが」


 おれはオアフで奪取し、伊藤庸二大佐に見せて分解調査と調整をすませた最新鋭のレーダー車両を駆逐艦不知火に乗せ、また、その研究結果にもとづいて再調整した海軍式電探を戦艦比叡に取りつけて、ちゃんと、持って来ていたのだ。


「現段階でラバウルはまだ航空基地としては不完全だ。だけど九五式軽戦車で鉄板を引けば空母なみの滑走路くらいは作れる。そこにゼロ戦を配備すれば、当分は防衛が果たせます。もしもヤバくなったら、またわれわれが来て支援すればいい。ラバウルの航空基地とガスマタの電探基地。この間は二百キロもあって、敵の爆撃機でも三十分はかかるんです。十分防衛できると思いませんか?」


「う……む」


「もう一度言います。いったい、なんのために、オーストラリアと戦争するんですか? 前線は拡大せず、しっかり電探で防衛して、高角砲と航空戦でやっつける。それが一番いい。もしもニューギニアに上陸なんかして兵站が狂ったら、わが軍はやがて十万人を超す犠牲者を出す……かも知れないんですよ」


「十万?!」

 沈黙が流れる。


「き、君の言うとおりだとしても……」

 今まで黙っていた梶岡氏が、精悍な表情のまま口を開いた。


「命令違反をどう説明する? 命令とあらば、火の中にでも飛びこむのが軍人の務めだろう」


「ここだけの話ですが、これは永野総長と山本長官にも許可もらってます」


「な、なに? そ、それを早く言いたまえ」


 あの時、おれはラバウルからインド洋と言ったんだ。間違っちゃいない。


 おれはここぞと畳みかける。


「いいですね? まずはニューアイルランド島、ニューブリテン島、この二つの島を確実に素早く占領しましょう。われわれ第一航空艦隊が随伴しますから、三艦隊に分かれてカビエンとラバウルを空襲、同時にガスマタには陸軍さんに上陸してもらいます。そうやっておいて、降伏文書を撒き、ゆっくり進軍すれば最小限の犠牲で落ちますよ」


 井上氏と梶岡氏は顔を見合わせている。

 どうやら、なんとかなりそうだ。

 おれはようやく、勝利を確信した。


「どうしても大本営がやれというなら、ポートモレスビーはあとでもう一度考えましょう。とにかく、今はカビエン、ラバウルに集中するんです。で、航空機の運搬と飛行場の整備を急ぐ。作戦の成功は、井上中将と梶岡少将、お二人にかかっているんですよ。しっかりしてください」


「もう一度訊くが……」


「なんですか?」


「まちがいなく、永野総長と山本長官がうんと言っているんだな?」


「もちろんですとも!」


「……」

「……」


「……わかった。ここは君を信じよう」

 井上氏が、やっとうなづいてくれた。


 おれは深い息を吐いた。


「よかった!これでやっとインド洋へ行ける」


「?」


「あ、それと、今回もモールスで攻撃予告と退避勧告しますが、ぜひ井上さんの名前でお願いしたい」


「わ、わたしの……?」


「ええ、こういうのは、指揮官の名前でやるもんでしょう?」


「う、うむ……」


 この瞬間、やるかどうかではなく、誰がやるかに話がすり替わっていることに、井上中将は気がつかないでいる。

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