対オーストラリア戦始動
●16 対オーストラリア戦始動
「おーい地図」
あいかわらず地図が好きなおれは、南にオーストラリアの北端があり、最北部にはトラック島が書いてある大きな海図を壁に貼らせた。
「今からはオーストラリアとの戦争だ」
一同に緊張が走る。
ここは艦橋下の会議室だ。
比較的高い位置にあるので、ちょっとした船の揺れで、ふわりとした重力の変動を感じる。
今日は少し波が高いみたいだな……。
「この大陸は大きいぞ。日本の二十倍はある。イギリスの植民地で今から四十年ほど前に事実上独立した。今では人口七百万人。軍事基地も何か所もある」
「……」
おれは差し棒をとりあげて、オーストラリアの北の海を差す。
「さて、みんなも知っての通り、いまやトラック島は、わが海軍の重要な停泊地だ。このトラック島から南へ、約七百海里のところに、ここ、カビエン基地のあるニューアイルランド島と、ラバウル基地のあるニューブリテン島がある。この二つの島は先の世界大戦でオーストラリア管理になった」
オーストラリアの右のツノすぐのところに、巨大なニューギニア島があり、さらにその右上に、途切れた三日月型の小さな島が二つあった。
途切れの北がニューアイルランド島で、南がラバウルのあるニューブリテン島だった。
「つまり、現在はこの途切れた三日月の島がオーストラリア領で、航空基地があるってことだな。で、このままだとトラックがいつ攻撃されるかもしれないので、今回おれたちの任務は、このニューアイルランド島とニューブリテン島を占領して、おれたちのものにするってわけだ。ここまでいいか?」
みんなが目でうなづく。
ジョシーは不機嫌そうにして外の海を見ている。
「すでに井上中将の南方艦隊はカビエンとラバウルに空爆を開始している。おれたち第一航空艦隊はトラックに立ち寄って作戦会議の後、三つの艦隊にわけ、この二つの島に向かいたい」
「三……ですか?」
草鹿が首をかしげた。
「ニューアイルランド島北端のカビエン基地と、ニューブリテン島南のラバウル基地、二つじゃないんですか?」
「草鹿クンいい質問だねえ。でも、もうひとつあるんだな」
おれは三日月の途切れた下の方、ニューブリテン島の南端をこつんと差した。
「ここにガスマタというところがある」
「ここはまるでなにもない村だが、ここに上陸するとこのニューブリテン全島に展開できる兵路を確保することができるんだ。基地はできるだけ空爆するが、それだけじゃ上陸戦を勝利することは難しい。なんといっても島の制圧には上陸が大事だからな」
ジョシーの不機嫌はわかるが、今はこうやって説明するしかないんだ。
「だから、おれたちはひそかにここに陸軍を送りとどけ、南を抑えることにする。そうするとニューアイルランド島の北端カビエン、南のラバウル、そしてニューブリテン島南端のガスマタと三か所を抑えることになり、敵の逃げ口を防ぐことが出来るわけだ。こうすれば早期にこの三角を完成させることで、兵の損耗を最小限にできるはず」
「空爆だけかと思うたら、あいかわらず……」
大石がゆっくりと笑う。
「人使い、荒いですなあ」
「今度は陸軍までも長官の手のひらですか」
みんなもおれに遠慮してか、小さく笑う。
「敵は北のニューアイルランド島にはおそらく二百人もいない。だが南のニューブリテン島には千人以上がいるんだ。だから泥沼にならないよう、注意深くすすめたい。基地の飛行機もオーストラリアのブーメランだけでなく、アメリカのカーチスやイギリスの戦闘機だって増援で来ているかもしれないから、油断は禁物だぞ」
「はい!」
「わかりました」
「やりましょう!」
みんなが口々に返事をする。
「それと……小野ちん」
「は!」
小野が上背のある背筋をぴんと伸ばした。
「今度もモールスをやりたいんだが、さすがにこれは南方作戦の一環だし、おれの名前はどうかと思う。やるなら井上さんだよな」
「井上さんが、モールスですか」
びっくりした顔をする。
「それはまた……」
「できるだけ敵の損耗を防ぐような、いつもの退避と降伏勧告だが、すでに空爆しちゃってるからな。ちょっと文面がむずかしいだろうが、なんとか説得してみせるよ。なんせ、彼にはウェークでの貸しがあるしな」
「あ、そりゃ、そうですね」
草鹿がぽんと手を打った。
「この前も、今度も、自分たちは井上さんの、いわば助っ人ですものね」
「ま、そういうことだ」
「ジョシーちょっといいか」
ジョシーを連れて、長官室に向かう。
彼女はおれの机にすわり、細い腕を組んだ。
「ずいぶん強引な作戦じゃないか。人の国をなんだと思っている?」
ずいぶんご機嫌ななめだ……。
「お前らは占領した土地を守るために、今度はその隣を奪うのか? それじゃあ戦争は拡大するばかりだな。そうやって、古今東西の軍事国家はのびきった兵站を処理しきれずに破滅していったのだぞ」
「言いたいことはわかるよ」
おれはジョシーの前にうずくまる。
「このオーストラリアとの戦いはな、そもそもマレーやトラックを守るためというが、ガダルカナルやトラックを考えても、やるだけ損なんだ。だからおれは出来るだけ犠牲をすくなくするために、考えていることがある。協力してほしい」
「だからいい気なもんだと言うんだ! やられたらやり返すまでは終われない。それがなぜわからんのだ!」
「わかるよジョシー」
おれはジョシーの片方の青い目を見つめた。
「聞いてくれ。ニューアイルランド島、ニューブリテン島、ここにいるのは合わせても二千人いない。でもこのままだと千人が犠牲になる。だからそれを出来るだけ減らさないといけないんだ」
「……なにか作戦があるのか」
「あるとも!」
おれはうなづいた。




