ミッドウェーはおこらない
●15 ミッドウェーはおこらない
停泊基地のことはすぐにピンと来たようだ。太平洋にもトラックがあり、だからこそ海軍は遠洋で活動ができる。
それからは、技術開発集団のことを何度も永野総長にたのみ、宴会はそれでお開きになった。
とりあえず鍋屋を出て、護衛らとともに、夜道を車まで少し歩く。
夜目にも空が明るく、砂利道の感触が心地よい。
「あ、そうそう山本長官」
最後に、もうひとつだけ、重要なことを話しておかないといけない。
「なんだい?」
「七隻いたアメリカ空母はもう四隻しかいません。でも、アメリカの造船能力を考えると、まだまだ油断はできないと思いますよ」
「もちろんだ」
「であれば、この先の帝都防衛をどうやるか、陸軍さんとの連携が必要と思うのですが……」
「……帝都の防衛?」
山本長官が厳しい表情でふりかえる。
「ええ。真珠湾の借りを返すために、やつらがやりそうなことと言ったら、帝国本土の爆撃です。もしそんなことやられたら、こっちは面目がつぶれるし、頭にきて無理なミッドウェー占領とアメリカ艦隊全滅同時作戦とかを、どこかのバカが言い出すかもしれない」
「うむ。それはバカだな」
山本さん、あんただよ……。
「おれが言いたいのは、空母、たとえばホーネットから飛び立ったB25とか爆撃機が日本各地を爆撃して、そのまま中国に抜けて放棄、そんな捨て身の作戦が怖いってことなんですよ」
「爆撃機を放棄……それはまた大胆な……」
大柄な身体を丸めるようにして、永野総長がおれの顔を見る。
「それは考えられることなのかね?」
「充分考えられるんじゃないですか? しかも、B25をはじめ、アメリカの爆撃機は強力ですよ。わが海軍も撃墜の研究はしていますが、どうにも三十ミリ以上の機銃でないと墜ちない」
「たしかに、ゼロ戦には二十ミリしかないね」
「本土爆撃……そんなことは許されない。オレもその可能性について研究を重ねてきたが、なかなか現実味がないと言われて本気にされないんだよ」
お、そうだったの山本長官?
山本氏、ポケットに手を突っこんで悲しい顔になる。
「どうも攻撃は研究するが、防衛研究は手が薄くなるものだ」
「長官、その通り。でも、それを防ぐには太平洋方面を常に電探で監視することと、それをただちに撃墜できる機体の開発、あと訓練が必要です。陸軍との連携、やってくれますか?」
「これは……負うた子に教えられましたな山本くん」
永野総長がぽつりと言う。
これは史実だった。
1942年の四月十八日、空母ホーネットから出撃したドーリットルひきいるB25爆撃部隊は、日本本土の各地を爆撃した後、中国に抜けて落下傘で脱出するという、はなれわざをやってのけた。
日本においてこの衝撃はすさまじく、海軍は山本五十六太平洋艦隊司令長官を中心に、ミッドウェー島の攻略とアメリカ艦隊撃滅を強引に企図、五月五日に発令、その結果、大敗を喫することになる……。
(ドーリットル空襲を防げば、おそらくミッドウェーもおこらない)
おれはそう確信していた。
マジたのんますよ、山本長官……。
一月二十三日、朝日の輝く横須賀沖、空母翔鶴――。
おれはジョシーらともに、翔鶴に乗りこんだ。
いよいよ、ラバウルのあるオーストラリア方面にむけ出発だ。
呉を出発した空母翔鶴は、すでに旗艦としての整備も終えていて気持ちがいい。
赤城が修理中なのは残念だけど、まあ仕方ないよね。
ちゃんと戦時運用されてれば、こういうのも当たり前だ。
つまり、今回は翔鶴を旗艦として、そのほかの空母加賀、瑞鶴、現在はパラオに先行している蒼龍、飛龍と合わせて空母は五隻、巡洋艦駆逐艦あわせて三十隻以上が第一航空艦隊となるのだった。
「よお!」
艦橋でいつもの参謀たちと顔をあわせる。
「長官!」
草鹿が敬礼で迎えてくれる。
大石や源田、吉岡、小野、雀部、みんなが顔見知りだ。ただし今回赤城の艦長、長谷川はいない。
その代わりに、岡田次作という大佐が艦長だった。
「あはは、ジョセフィンちゃんもいるんですね」
草鹿がジョシーを見て笑顔になる。
「ふん、草鹿、いたら悪いか」
「こ、こらジョシー」
「いいんですよ。今回、ジョセフィンは正式に参謀付き通訳でしょ? 上陸戦の支援だから、通訳は必要だし、それに、幸運の女神だって、みんなが言ってるよ」
……そうとは思えんが。
ジョシーはあいかわらずきつい目で、みんなを睨んでいる。
源田がおれにそっと言う。
「淵田とはお会いにならはりましたか?」
「ああ、会ったよ。元気そうだったが、さすがにまだ車椅子だ。板谷と仲良く内地で静養だ」
「そうでっか……」
源田、片腕がいなくて寂しそうだな……。
おれが彼らと会ったのは、出発の前日だった。
いろいろと手を打つことが多くて、おれはあまり時間がなく、内地に帰ってきた彼らのお見舞いに行けたのは、ようやく出発の前の日だった。
内地に帰ってきて、しばらく静養をよぎなくされた彼らは、横須賀の海軍航空隊で航空兵の教育に仲良く従事していた。
「操縦桿を動かせえ、方向舵、レバーを点検しろー!」
運動場に板谷の声がひびく。
横で車椅子にすわっているのは淵田だった。
彼らの眼前で、ずらりと並んだ二十人ほどの見習い兵士が、なにもない空間を、必死に操作している。
飛行機のコックピットを想定し、現代風に言うとイメトレやってるんだろう。
おれはそっと近づき、気づいた兵士たちにシーッとしながら、いきなり大声をあげた。
「急げ!ドーントレス(爆撃機)が来るぞ!」
「ぬおお?!」
驚いて振り向く淵田に、おれは笑いかける。
「長官~~~!」
「よお、飛行隊長!」
「これは、南雲長官!」
おれの差し出した手を、淵田はがっちりとにぎりしめた。
板谷は自分も敬礼しながら、
「みんな、このお方がオレが尊敬する南雲中将である。敬礼!」
と、大声で言う。
「おいおい、いいんだよ、そんなこと」
まだ頬が赤い見習い兵たちは、すでにおれのことを知っているらしく、最初からキラキラとした親愛の情のこもった目で見つめてくる……。
「淵田はまだ病院にいなくていいのか?」
場所を変え、サイダーを飲みながら、おれたちはしばらく語り合った。
「いやあ、こうしてはいられません。一日も早く現場に復帰を……」
「うん、気持ちはわかるけどな。でも名誉の負傷だ、堂々と静養すればいいさ」
「海と空が……なつかしいです」
「まだ二か月もたってないぞ」
おれたちは笑った。
「板谷はどうだ? 教鞭はうまくいってるか?」
「はい。年が近いせいか、ずいぶん慕われていますよ」
「自分で言うのかよ。……新兵は日本の未来だ。しっかり教えてやってくれ」
「はい」
「……淵田、板谷」
おれはサイダーに目を落とした。
小さな泡の粒が、表面ではじけた。
「今回、君らがいないのはとっても淋しいよ」
「われわれもです」
淵田はくやしそうに負傷した腹をさすった……。
「さあみんな! 聞いてくれ! とりあえずこれからの作戦を説明しておきたい!」
おれは運命共同体の、このメンバー一同をみわたした。




