海軍まんじゅうバンザイ
●5 海軍まんじゅうバンザイ
「おーい草鹿」
食堂にいる参謀長の草鹿に声をかける。
たくさんの兵士たちがにぎやかに食事をとっている。たとえ奇襲攻撃前夜でも、夕食は笑顔でわいわいやっっちゃうのが、人間てもんだよね。
「あ、司令長官もお食事ですか?」
箸を持つ手をとめて、おれを見あげた。
「あのさあ、潜水艦へ中止命令だしてくんない?」
「……え?」
「ほら、潜水艦からの特殊潜航艇攻撃だよ。あんなの無駄だと思うんだよね。だからナシということで」
今回の潜水艦隊には、狭くて底の浅い湾内でも侵入できるという触れ込みの、小さな特殊潜水艇が五隻くっつけてあって、それは全長約24メートル、全高3.4メートル、魚雷を二本搭載の、まあ言ってみれば特攻兵器のさきがけみたいなもんだった。
実戦でつかわれたこともなく、きちんとテストしたわけでもなく、だいたいが海の中なんてなにも見えないしどっちが上か下かもよくわかんないわけで、まっすぐ進ませることだってむずかしい。
実際、史実では攻撃は成功せず、出撃した5隻は全て未帰還、戦死者9名、捕虜1名という、全滅に近い結果となっていた。
おれは日本の小型潜水艦から、さらに小さくみぢめな潜航艇が切り離され、この当時のお粗末な蓄電池の動力でよろよろと進んでいくシーンを想像してみる。
周りは海、艇内は異常に狭くて暑くて酸素も少ないうえに、不安定で魚雷がトラブルで外れなければ一緒に突撃するしかなく、見つけられれば狙い撃ちだ。
おれなら閉所恐怖症になっちまう。
「い、いや、でも……」
草鹿は愛嬌のある顔を曇らせた。箸をアルミのトレイに置く。
「それって、作戦本部の決定を覆すことになりません?」
「現場の司令官はこの南雲だろ」
「その通りです閣下……」
草鹿がとまどいながら答えた。
「おれが思うにさあ、潜水艦はそんな無謀な作戦に使うより、温存しておいて、明日の攻撃のあと、おれらが取りこぼした残存戦力の掃討任務についてくれるほうが、ずっといいと思うんだよね。特殊潜航艇には別の任務をやるからさ」
「ほ、本当にいいんですか?」
「いいとも」
「じゃすぐに伝令機飛ばしましょう!はやくしないと、潜水艦はもうかなり離れていますよ」
きっと、本来は頭のいいヤツなんだろう。草鹿はにこっと笑うと、目の前のお膳のご飯をかきこみ、お茶をぐいいっと飲みこんだ。うん、切りかえが早いね。
「そうしてくれ。それが終わったらおれの部屋に来てくれよな。話はまだある」
「了解ですっ!……では!」
草鹿はさっと立ちあがり、食堂を出て行った。
おれはその場に残り、ついでに膳を運ばせて味噌汁と肉じゃがをたらふく喰った。
ふと意識を南雲に集中すると、でっぷり太った腹が目に入る。
……いや、この人太りすぎだろ。
このままじゃ長生きできないよ。
糖質カットして、とりあえずいい感じの体格になろうっと。そのほうがきっとモテるし……。
部屋に帰って草鹿を待つ。
寒いので、当番の兵士に湯をもらって茶を淹れる。
……コンコン。
お、来たみたい。
「はいっていいぞ」
「失礼します」
ドアを開け、敬礼して草鹿が入ってきた。
「潜水艦へは出撃せず機動部隊の掩護をするよう、伝令をだしました!」
「そうかそうか」
「今は無線が封鎖中ですが、この時間なら大丈夫でしょう。飛行機で上から見れば、五隻の潜水艦はみつかります。あとはくるくる回ってこっちに注意を向けさせ、そのあと光通信と通信文投下ですね」
「へー、簡単にはいかないんだな」
アナログだなあ、と妙に感心してしまった。
「とにかく、サンキューな……って、おっと、英語ダメだっけ?」
「あはは、それくらい自分にもわかりますよ。長官、こんな面白い人でしたっけ?」
おれの私室には二人用の簡単な応接セットがあった。
さっきのお湯をストーブに乗せながら、イスをさした。
「まあすわって」
「失礼します!」
おれたちは腰をおろす。
「もうひとつ、明日まで待てない相談があるんだけどな」
「あ、このまんじゅういいすか?」
草鹿はテーブルの上に置いてあったまんじゅうを見つけて、ひょいっと手を伸ばす。
おれが手でどうぞ、とやると、嬉しそうにパクついた。
ストーブの湯で茶を淹れてやる。
「なあ草鹿、今回の任務じゃアメリカ空母の撃滅が重要だろ?おれらの機動部隊だって空母が主役。つまり、これからの海戦は空母がないと話になんない」
「そうっすね」
「でな、空母って、今真珠湾にいるのか?」
どきっとしたように草鹿が目を泳がせた。
「そ、それは……、閣下もご存じのとおり、真珠湾にいる友邦の諜報からは空母不在の報告が来てるんですよね」
「明日、真珠湾に空母がいなかったら、どうする?」
「その時は……他の戦艦を破壊します」
「それじゃ困るんだよ」
おれは首を振った。
「いいか草鹿、おれたちは宣戦布告して相手の国の攻撃をしてるんだ。へたに空母残したらやりかえされるぞ?東京のある場所が空爆されたらどうするんだよ?」
「そ、そ、そんなことはわれわれが絶対にさせません!」
「てことはだ、空母を壊しておかないといかんってことだろ」
おれは草鹿をぐっとにらみつけた。こういう時は、南雲ッちのドスが便利。
「つまり明日、空母がいなければ、われわれはその後もここにとどまって、周囲を探索、なんとしても敵空母をやっつけないとな」
「はい、わかります」
「んでもって、そのためには油がいる。このままだと油切れで相手との決戦にのぞめない。だから後方に置いてきたタンカーをさっきと同じように飛行機で呼びよせてほしいんだ。光式通信だっけ?」
「なるほど……でも長官、飛行隊行きたがらないでしょうね。今から行けば帰りは夜中、明日の攻撃には整備が間に合いません。そんな役回りは、誰でも嫌がります」
「いや、それはおれが根回ししといた。飛行士の板谷に言えばわかる」
草鹿はぱっと明るい顔になった。
「あ、さすが長官!」
「だからさ、お前は航空参謀と相談して、板谷に正式な命令だしてくれ。たのむんだよ」
「はッ!了解であります!」
草鹿は敬礼し、帰っていった。




