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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第二章 世界戦略編
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おれ氏出世をのがす

●13 おれ氏出世をのがす


 おれは諮問委員会にむけての弁明書を書いていた。


 なんせ、この時代の書類はなんでもかんでも手書きである。やってられないので、おれは口述筆記をたのんでいた。


 といっても、あれから、ジョシーがおれと同居していて、彼女が口頭で文章をしゃべってくれるので、ラクチンなんだけどね……。


 たとえば、こんな具合だ。


「なあジョシー」

「なんだ南雲忠一」


 おれはイスにすわり、両腕を頭の後ろに組んでいる。


 木の机のむこうには筆記の書生としてここにいる、どこかの士官の親族がいて、そしてジョシーはおれのベッドにうつぶせになり、飛行理論の本を読んでいた。


「え~と、モールスによる事前通告の弁明だけどさ、どう書いたらいいかな?」


「知るものか。たまには自分で考えろ」


 と言いつつ、ジョシーはすでに頭を回転させてくれているから、おれは会話の中でヒントをもらって方針だけ与えればいい。


「本音はアメリカの世論誘導なんだ。でもそういうのって軍は許さないんだよね。あくまでも戦術的なメリットをうたわないと……」


「それなら、陽動作戦を標榜ひょうぼうすればどうだ」


「たとえば?」


「ワタシの記憶によれば、真珠湾のときは五分前だったろ。敵は逆に、まだ一時間はまだ来ないと思うだろうな」


「それだ!やっぱ君サイコー!」

 おれは身をのりだした。


 ジョシーは顔色一つ変えず、つづける。


「では、こうだな。味方艦隊が敵電探にて察知されたるを想定した余は、一時間の猶予を誤認せしめ、かかる奇襲を確実に成功させんとモールスによる事前通告をなしたり。この効果絶大にして、通告五分後に到着せし味方艦載機にあわてた敵は、多くが配備完了せず、退避するもの多く、混乱を極めるにいたりて、わが艦隊は目的の完遂を得たり」


 日本でそろえた真っ赤なセータで身をつつんだジョシーが、愛くるしい長い睫毛をしばたかせながらスラスラと文案を口にする。


「くっるしいなー」


 おれは笑った。


「ふん、仕方あるまい。どこまでいっても、キサマが独断で敵に通信した事実は変わらん。しかし、こうでも言わんと納得せんぞ」


「まあね。じゃ、それでいくか」


 書記は目を丸くしている。


「それにしても……」

「なんだ?」


「キサマが軍法会議で収監でもされたら、わがアメリカの民衆はさぞ喜ぶだろうな」


「はああ? そんなのありかよ」


 なんか……ハラたつ。


「ちくしょう、負けるもんか!」


 おれは気合を入れなおす。


「よし、次!」



 こんな調子で、なんとか前日までに弁明書をそろえたおれは、ついに諮問委員会にのぞむことになった。



 霞が関の一丁目に海軍省はあった。


 このころ、海軍省と軍令部は仲良く一緒の建物に入っていて、かたや海軍省の長である海軍大臣は二階に、軍令部の長である軍令部総長の室は三階にある。そして、おれの諮問委員会は、この三階の会議室でおこなわれることになっていた。


 定刻通りに訪れたおれを、入り口で待ちかまえていた兵士が、所定の座席へと誘導する。


 中では大きな会議机の片方に数人の将校がすわり、対面におれひとりが座るようになっていた。


 その向こう正面を見て、おれは吹き出しそうになった。


(あ、あの偉いオッサンだ)


 なんと、この会を主催していたのは、軍令部総長の永野修身ながのおさみそのひとだったのだ。


(この人って、おれたちが港に戻った時、わざわざ山本司令長官らと一緒にやってきて、泣いてねぎらってくれたオッサンじゃねえか! しかも、ぞろぞろ海軍関係者いっぱい連れてきて、記念写真まで戦艦比叡の砲塔前で撮って、そのど真ん中にすわったのも、このオッサンだったよな……)


 あのあと、あまり覚えがなかったおれは、草鹿にこの人のことを訊いたんだっけか。


 永野修身、海軍兵学校卒、当年とって六十一歳。若いころから優秀で明治天皇につかえ、日露戦争も緻密な作戦と無線砲術で見事勝利に導いた、らしい。


「南雲くん、今日はごくろうさま」

「はあ……」


 おれより年上だけあって、落ちついてるな。


 この人って味方なのか敵なのか?


「休養中悪いが、今日は諮問委員会だ。本来君に意見を尋ねる場だが、内容によっては軍法会議となる。しばらくつきあってくれたまえ」


「わかってますよ。どうかお手柔らかに願います」


 永野総長は書類をめくる。


「では始めよう。事前に出してくれた弁明書にも目を通したが、南雲中将、君はこの作戦の間、実に機略と臨機応変に優れ、みごと作戦を成功に導いた。これまでの君とは打って変わって……と言うと、少し語弊があるかな?」


 みんなが奇妙な笑顔になる。

 南雲ッちって、今までどんだけ消極的だったんだよ……。


「問題はいくつかの命令違反、または、本来軍司令部の判断をあおぐべきなのに独断遂行したことだ。これは重大な軍規違反だよ南雲くん。いろいろな弁明があるにせよ、また結果がよしとしても、それによりすべてが覆るわけでもない」


 まあその通りだけどね。

 もしかして永野さんて、仕事できる人?


「そこで、主に五つのことについて改めて聞きたい。ひとつ、特殊潜航艇を呼び戻したこと。ふたつ、攻撃通告のモールスを発信したること。みっつ、オパナに上陸し帝国海軍を強盗たらしめたこと。よっつ、ミッドウェーへの上陸。いつつ、右捕虜を放置しての撤退。さて、この詭弁はここへ置いておき……」


 ぱたん、と弁明書を閉じる。


「なぜ命令を無視したのか、真実を教えてくれないかね」

「……」


(なんか、敵だったああぁぁ―――!)


 ジョシー、助けてくれー!


 となりで目を伏せてるのは山本五十六長官か?

 なんとか言えよおおおお。


「南雲中将には自啓自発の才あり。そこは認めるが、機略縦横なれど、独断専行はいつか高転びとなる可能性がある」


「ぐぬぬぬ……」


 じっと永野総長の顔を見ていたおれは、だんだんハラが立ってきた。優秀かどうかは知らんが、お前らのお固い頭で、結局は負けたんじゃねえか。


「では聞きますがね」

「なんだね」


「命令通りやってたら、この戦果はありませんでしたよ。味方が魚雷攻撃と艦爆をやってる最中に特殊潜航艇が行ったこともない海岸の防御網をやぶって突入するなんて、うまくいきますか? それより相手空母がいない場合を想定してその戦闘に温存したほうがよくないですか。あまりに落ち着いたハワイのラジオを聞いてまさかとは思いますが宣戦布告がなされていない可能性を考え、後世への憂いを断つためにモールスでの事前通告を打つことを考えたのはまちがいですか?敵の電探を探りに練習機をやり、あったから敵の武器を奪って利用したことが強盗ですかい? ミッドウェーだってそうです。空母をさらに追うためには敵の基地を利用するしかなかった。そして目的をみごと達成したならばハワイから近いあんな島にいつまでもいたら反撃を食らってしまう。だったら放棄したほうがいいし無駄に捕虜を拉致することは意味がないんですよ!」


 一気にぶちまけて息を吸う。


「すべて、事前に予測できなかった司令部の責任だというのかね?」


 睨まれてちょっとびびってしまう。


 禿頭で気合入れると、このオッサン、確かにたいした貫禄だわ。


「そ、そうは言いません、すべてを読むのは無理ですからね。だけど、それだけに現場の判断は結果で査定してもらいたい」


「南雲くん」

「はあ」


「われわれは君の武功は武功として認め、命令違反は命令違反としてとがめているつもりだ。だから君がそのことを反省し、頭を下げてくれさえすれば、と思っていたのだがね」


「……すみませんね。ご期待にこたえれなくて」


「それに結果よければ、というのは間違っているよ。運まかせの将士に皇国の運命を託すことはできないのだ」


「ですから運ではなく……」

「まあ、待ちなさい」

「はい」


「命令違反はした。それは認めるかね?」


「はい。しました」


 もう、どうとでもなれ。


「その弁明は、この弁明書……と、今述べたことだね?」


「そうです」


「で、反省はしているのかね?」


「反省……ですか」


 おれは仏頂面のまま、考えた。


 ここはひとつ大人になって謝るべきか。


 それとも、彼らの固い頭を変えるためにも、ここはしっかり反抗しておくべきか。


 ……いや、それよりハラ立つしな。


「永野総長」


「なんだね?」


「ひとつだけ、言いたいことがあります」


「ほう。それは?」


 永野総長、山本長官、そのほかの司令官も、みんながおれを見た。


「私の行動に間違いはなかったと信じています。ですから謝ることはしません。ただ……」


 ジョシーの顔が浮かぶ。


「もし私が閑職に行ったり、軍法会議にかけられるとしたら、喜ぶのはアメリカでしょうね」


「……!」


「……」


「南雲くん」


「はい」


「こんどは脅迫かね?」


「いえいえ、そんなめっそうもない」


 ははは、効いてる効いてる。


「しばらく、出世はおあずけだ」


「……」


「……」


「……えええええ?!」


 山本長官がにやにやしてる。


 どうやら、おれ氏、黙って謝ってりゃ出世してたらしい。


 口は災いのもとってことね……。

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