ハンドウタイってなんですか
●12 ハンドウタイってなんですか
「原子爆弾が無理じゃない?」
おれは目を細めた。
「ええ、無理じゃあ、ありません」
伊藤先生、重々しくうなずく。
おれと伊藤氏にしかわからない緊張感がすうっと流れた。
草鹿も、息子の進も、本田社長も、若手の二人も、なんのことかわからず、ただこの場の空気に圧され、息を飲んでいる。
「ここでの話は、この場のもうみんなわかってると思うけど、日本の運命を左右する、親兄弟にも言えない極秘事項です。いいですね?」
おれが念を押すと、草鹿や研究者、そして本田社長までがうなずいた。
「では先生、お願いします。どうして、原子爆弾の製造が可能なんです?」
そもそも、電気が専門の伊藤先生が、なんで原爆のことなんか知ってるんだ?
この時代でも、原爆ってのは一般常識だったのか?
おれの意を汲んだように、伊藤先生が口を開く。
「わたし、理研に何人も知り合いがいましてな。それによると、とある会社をつくってウランの加工をやっとるそうです。皮肉なことに、ほとんどが以前アメリカから輸入したカルノー石ってのが原料だそうですが、ウランはすでに三百キロはあるそうですよ」
「ほーん、そういうことですか……」
おれは首をかしげた。
「うーん、でもなあ、いくらウラン鉱石があっても、そこからウラン235ってのだけをとりだして、いわゆる濃縮しないといけないはず。えーと、たしかそれって0.7%しか含まれてないんですよね」
「こ、これはお詳しい」
……まあね。
現代なら、当然の科学知識なんだけど……。
とはいえ、濃縮をどうやるかは、残念ながら覚えてない。
ま、いずれ専門家と話し合う機会があるんじゃないかな。
それに、おれの目的は本当の原爆製造じゃなかった。
「まあ、いいでしょう。じゃあ、ついでに言っておきますね。論文でも実物でもいいんです。造ってほしいのは、直径六十センチの空洞の金属球体があって、その内側にはある原料が貼りつけてある。それを合図とともに起爆し中心で合体させる。そういう機械です」
「どこかで聞いたような……」
うん、これ、原爆のしくみなんだな。
「これがすなわち原爆を知っている証になるんですよ」
と、おれ。
ここから先は彼らの知らない世界になるから、話し方を考えないと危険だな。そうだ、ヤバイところはジョシーのせいにしちゃおう。
「これはジョセフィンというアメリカの通訳から聞いた話なんですが、原爆ってのは威力が大きすぎて使うことすらためらわれる爆弾だそうですよ。レーダーやVT信管で戦局をいくら有利に導いても、結局は長引くほど有利なアメリカ相手には講和の決定打にはならない。でも、原爆製造の技術があるなら、アメリカへの強力なけん制になる」
それにしても、おれは今まで、日本には原爆製造の材料も技術もないと思っていた。
戦後の教育でそう教わったからだが、そのため、製造そのものは現実的にも、人道的にも、やるのは無理……またはすべきじゃない、と思っていたのだ。
そこで考え出したのは『作っちゃったよ。もうありますよ』詐欺である。
実際は核実験をやるのが一番だが、この時代にはそれを検証する衛星もなければ精密地震計もない。せいぜいが飛散した放射能を遠隔地で観測するくらいだから、そのあたりはなんとでもごまかせる。
つまり、持っていることを装うことくらい、簡単なことなのだ。実際に持たなくても、充分アメリカや世界が信じるだけの理論武装と、論文の発表と、あとはちょっとしたトリックがあれば可能なはず。
だが、実際に製造することすら可能だと、伊藤先生は言う。
おれは悩んだ。
もしもそれが本当だとすると、おれはそこまで兵器の歴史に介入してもいいものだろうか……
なら平山鉱山に……いや、なんでもない。
おれにはわからなかった。
「まあ原爆については、ちょっと後回しにしましょう」
黒板の文字を手でたたく。
「とにかく、まずはレーダー。こちらは陸軍も海軍も今いろいろとやっている最中ですね。伊藤先生はその第一人者であられる。だけど海軍の上層部にあまり協力的でない風潮があることも知っています。それはわれわれがなんとかします。なので今お話した次世代技術の開発に邁進してください」
「わかりました」
「あのお……」
めがねの塚本がおずおずと言う。
「ん?なんだい?」
「さっき、長官のおっしゃってたハンドウタイってなんですか」
「あ、それな」
大事なことをわすれてた。
「これはウィリアム・ショックレーっていうアメリカの科学者の捕虜に訊いた話なんだけどね」
今はそう言っておこう。
「半導体ってのは、これはケイ素やゲルマニウムみたいに半分電気を通す素材のことなんだけど、真空管が真空の電極間を流れる電子を、別の電極からの電子が操作することで検波や増幅といった機能をもたせるとすれば、半分電気が流れるというこれらの素材の中で、熱や電圧で同じような動きをさせることが出来ないかってのが半導体なんだそうだ。みんなでちょっと考えてみてくれませんか」
「なるほど、半分の電導体で、半導体ですか。わかりました」
「研究してみます」
伊藤先生と若手たち、みんながうなずいた。
さすが、理解速いね。
「あと、VT信管もしかりだけど、こういうのにはとても繊細で精密な部品が必要になる。それにはとにかく品質管理が欠かせない。いくつもの中から、いかに壊れないものを選ぶか。コード一本、真空管一個にいたるまで、百の中から一を選ぶ。その一を多くする。そういう製造の管理思想と仕組みが必要になるわけです。本田社長」
「……はい」
「ここにあなたの才能をお貸しください。あなたには工場の製造工程や、精度向上のための知恵があるはずです。電子回路と機械との融合をし、それを製造工程に落とし込むとき、それが必要なんです」
「い、命をかけて、お手伝いしましょう」
「このことは、おれから山本長官へ報告書を出し、文官のトップを動かして、いずれちゃんとした下命をもらいます。どうか、よろしく! それから、進」
「はい」
進が身をのりだした。
「覚悟はいいか。お前の身はこの組織にもらったぞ」
「はいっ」
……いい返事だなあ。
おれはちょっぴり感激する。生前、こんな返事をくれる生徒が一人でもいたろうか。
「お前は伊藤先生や本田社長の要望を命がけで軍に伝え、予算でも人員でも資源でも獲得してこい。窓口を探し、交渉するんだ。おれの特命だと言いふらしてもいいぞ」
「わかりました」
「トップは伊藤先生、製造ラインは本田社長、そして渉外係は南雲進。参謀長は……」
おれは草鹿を見る。
「じ、自分でありますか?」
草鹿がちょっと嬉しそうにする。
「……と、言いたいところだがなあ」
おれは肩をすくめた。
「お前はたぶんおれと一緒、また海の上だ」
「はあ……ですよね」
タイトルが仮題のままだったので変えました(汗




