ならば殲滅だ!
●7 ならば殲滅だ!
「残りのゼロを今すぐ発艦させろ!高角砲は?」
あわてて大石らが指令を出すが、その間にも敵機はどんどん近づいてくる。
「距離三千!」
「用意しだいで撃てっ!」
時速五百キロの飛行機は、一分で八・三キロ進むことになる。だから島からこの艦隊まで、わずか二分。すでに三十秒は過ぎているから、あと九十秒ほどだ。
ジョシーを自室へと下がらせておいて良かった。
艦橋はどうしても敵の的になりやすい。戦闘機との交戦時にはもっとも危険な場所になる。
「いそげっ!」
護衛のゼロ四機が全速力でまっすぐF4Fに向かっていく。おれは慌てて双眼鏡を目につけた。
護衛機のうちの二機は左右にわかれるが、残りの二機は高角砲の射程を通りすぎ、まるで度胸試しのように一直線につっこんでいく。
「ぶ、ぶつかるぞ!」
「ぶつかれば本望でしょうが、そうはなりますまい。空戦になりますよ」
雀部航空参謀が横合いで静かに言った。
確かにその通りだった。
案の定、二機のF4Fはゆるやかに間隔を広げはじめた。
F4Fの二機はエレメントとしていつも行動をともにし、訓練もしてきているんだろう。双子のようにお互いが八の字を描いて飛び、空中で交差する。ゼロは追いかけるが不利な位置になって機銃を撃ちかけられては逃げる。
「うまい」
おれは思わずつぶやいた。
F4F二機はゼロを振り切り、まっすぐこの戦艦比叡にむかってくる。
まるで旗艦船を見抜かれたようでどきっとするが、おそらくは、一番近くにいる大きな戦艦を叩くため、二隻あるうちの一隻を選んだのが、たまたまこの比叡だったのだ。
ドンドンドンドンドンドン……。
敵機の正面に、バババババっと黒煙が煙幕のように広がる。ほとんど同時に、二機は左右にわかれて、艦橋からは視認できなくなる。
味方の機銃の音がいっせいに鳴り響く。
ガガガガガガガガガガガガガ!
……。
「味方のゼロを撃つなっ!」
F4F二機に翻弄されていたゼロ戦四機が態勢を立て直して追いかける。
艦橋の視界から、戦闘機が消えた。
「どこへいった?!」
「後ろです!」
ふりむこうとした刹那、艦橋全体が戦闘機から機銃掃射される音が鳴りひびいた。
バシバシバシバシバシバシッ!
「あっ!」
体の横を銃弾が掠めて飛ぶ。
凍りつくような恐怖に一瞬で襲われる。
おれは右手を計器について身体を支えながら、思わずしゃがみこんだ。実際の攻撃にさらされるのは二度目だが、怖いものは怖い。
頭の上をプロペラ音が通り過ぎ、銃撃が遠ざかっても、ふたたび近づいてくる。もう一機の音と頭上で交差する気配がして、敵F4Fの機銃がまたこの比叡をなめるように撃ちぬいていく。
通りすぎたか?
おれはおそるおそる首をあげた。
「爆弾は?!」
「積んでいません!」
F4Fは主翼の下に百ポンドの爆弾が搭載可能のはずだ。また史実では改造機がそれを積んでいた。それがないということは、第一次の攻撃で使い果たしたのかもしれなかった。だとしたら、敵は機銃だけで、この巨大な鉄の塊に挑んできたことになる。
ブ――――――――――――ン!
見事なきりもみで艦橋の真横を矢のように通りすぎる敵機が見えた。その後方をゼロが必死に追いすがっていく。なぜあんな飛び方で意識が飛ばないのか不思議だ。相当な腕の持ち主なのだ。
音をたよりに視線をめぐらせると、もう一機が、一瞬後方から宙返りをして、高空に位置していくのが目に入る。さぞや爆撃を落としたいのだろうな思う。
ようやく味方空母から発艦したゼロ戦が、一機、また一機と戦いに参加し始めた。
きりもみで離脱したF4Fは、そのまま後方の空母翔鶴にむかっていく。念のため、空母は少し後ろに待機させていたのだが、それを狙い撃ちにする気だ。
「いかん!」
思わず危険を忘れて艦橋の窓に身をのりだす。
F4Fは空母翔鶴に向かって一直線に飛んでいく。甲板には、まだ多数の艦載機が見えている。
ガガガガガ!
一射離脱!
機銃掃射をしかけ、軽く翻らせて上空へ舞い上がっていく。
甲板の艦載機がやられて、キャノピーに赤い飛沫が飛び散るのが見える。
F4Fを追いかけて、ゼロが撃墜体制に入る。
しかし敵機が急に左にターンして、振り切ると、味方のゼロは同士討ちになりそうになって右へと旋回した。
ガガガガガガガガガガガガ!
この艦からは九六式二十五ミリが十基装備されている。そのすべてが二機の敵機に向けて発射されていた。
「やったか!」
誰かが叫んだ。
見ると、二機のうちの一機の片翼が射抜かれてちぎれ、バランスを失って海上に落ちてゆく。この速度でつっこめば水も地面も同じだ。機体をなんどかバウンドさせてバラバラになった。
「よしっ!」
「やったぞ!」
「もう一機はどこだ?!」
「あそこです」
草鹿の指先に、ゼロ戦数機と空中戦をするF4Fが見えた。
「なんてやつだ……」
吉岡航空参謀が双眼鏡を目に当て、その様子をみてつぶやく。たしかに、あれほど強かったゼロ戦が、手玉に取られているように見えた。必死に追いすがるが、ありえない角度で進路を変えたり、急旋回したりして追いきれないようだ。
いつの間にか、高角砲も機銃もやんで戦闘機たちのプロペラ音だけが聞こえている。今撃ってはたしかに味方に弾が当たる。そういう位置取りをしたのも、敵の飛行士の技術なのかもしれなかった。
「ああっ!」
味方戦闘機の、ふっと空いた間隙をついて、またF4Fが翔鶴に向かっていく。機銃で甲板の艦載機をふたたび狙っているのだ。なんという執念だろう。おれは敵ながらその勇気と技術に我を忘れそうになった。
ガガガガガガガガ……
最後の弾だったのだろう。F4Fの機銃が翔鶴の艦載機をまた射抜くが、最初の数射ですぐに弾切れをおこしてしまう。そのまま離脱して、上空へひるがえり、ウェーク島の方面へ進路を変える。
「逃がすな!」
「追えっ!」
島へと逃げるF4Fを追って、ゼロ戦と九九艦爆がその後に続いた。
「翔鶴は消火可能か?」
翔鶴を見ようとするが、黒煙があがっているばかりで、甲板のようすがよく見えない。
「爆撃を受けていないので、おそらくは大丈夫だと思います」
いつの間にか、草鹿がそばにいる。
「我々も、あいつに……やられたんですよ」
井上中将が立ちあがりながら、くやしそうにつぶやいた……。
「小野、艦載機を呼びもどせ」
まさか、という顔をして草鹿がおれを見た。
「逃がすのですか?」
「どうせもう戦闘機はアレだけだろうし、弾を補給して攻撃してきても、今度はハチの巣だ。」
「し、しかし」
「あいつのことだ。どうせ味方の機銃や高角砲の有利な場所へ誘導する気だろう。のせられるな」
「わ、わかりました!」
小野が味方機へ連絡する。
「やらんのですか南雲長官」
梶岡少将が血走った目でおれにつめよる。
「もちろんやります。しかし今は翔鶴の消火が先。でないと着艦できなくなりますよ」
もちろん他の空母には降ろせるが、ここで慌てたら、第一次攻撃隊の二の舞になってしまう。
南雲ッちの経験がそうさせるのか、それとも性格が影響してきているのか、おれはここのところ慎重な判断ができるようになっていた。
「故障個所を探せ!」
「負傷者はいないか!」
艦橋内はようやく活気を取り戻しはじめる。被害を調査して、すぐに次の手を打たねばならない。
「それにしても、とんでもないヤツですね」
小さくなっていく機影を目で追いながら、草鹿がつぶやく。
「ああ。どこの世界にも天才ってやつはいるんだな……だが」
「……?」
「次はこっちの番だ」
「源田」
「はい」
おれは島の形を思い出す。
ウェーク島は、英語の『V』の字を左に倒したような恰好をしていたはずだ。右がVのとんがった部分であり、その岬に今は星条旗が立っている。普通なら島の周囲にハリネズミのように砲を外に向けて配置するのが普通だが、この島は開いたVが入り江になっているので、こちらにも砲があって、対空防御が強固だった。
「いったん艦載機を戻し体制を整えたら、再出撃させろ。爆撃機を十五機ずつ二隊にわけ、島の北部と南部にそれぞれ向かわせるんだ。ただし砲撃を避けるため、いったんは高高度からVの東先端に突入し、それぞれ南北の西端へ向けて飛行して目標物を探す。みつけたら反転、爆撃、帰艦だ」
「わかりました」
「目標は砲台、高角砲、そして発電設備。これを破壊したら士気が低下する。ただしオイルタンクはやるな。爆撃が終わったら、いったん帰投して補給。その間もゼロは半分ずつが警戒にあたれ。ゼロは制空に徹し、さっきのやつが出てきたら攻撃するんだ」
「おお、やってやります!」
艦砲射撃で島の防衛体制はほぼ壊滅しているはずだ。あの二機が残っていたのは僥倖にすぎない。
「帰艦したら爆弾を積んでまた出撃する。相手が沈黙するまでなんどでもやろう。上陸はそれからだ」
反撃であわてて面を食らったが、落ちつけば少しずつ敵の防御力を削り取っていけばいい。
「なんか……この太平洋戦争みたいだな、コレ」
「は?」
「いや、なんでもない」




