夕陽のカンパン
●4 夕陽のカンパン
索敵を終えて帰ってきたプロペラ式の艦載機が、上空で機体をひるがえし、大きく旋回して着艦体制に入る。ここ、空母赤城では、出迎えのための兵士たちが忙しく立ち働いていた。
おれは飛行甲板の端に立って、荒れる海を眺めている。
揺れはさっきよりはましだが、潮の匂いがつよい。
赤い夕陽は、もうあと数分で沈みそうだ。
とにかく、明日は真珠湾攻撃なんだよな。
真珠湾には現在、空母三隻、戦艦八隻、その他にも爆撃機や戦闘機など、太平洋艦隊の多数がいるはずだ。つまりアメリカ太平洋艦隊の母港はカリフォルニア州サンディエゴだが、停泊する中心基地は真珠湾ってことになる。
(とはいえ、空母は出払っているんだよね……)
で、おれたちは真珠湾への奇襲攻撃のため、空母艦隊をひきいて北の海を東へとひた走っているわけだ。
それと、当然ながら、この動きは、相手に絶対知られるわけにはいかない。
もし攻撃がバレちゃったら、相手の戦闘機も飛び立つし、対空砲による、ものすごい反撃をくらうことになる。
なんせ相手には、日本じゃまだまだ研究の域を出ないレーダー、この時代の日本じゃ『電探』っていうらしいんだけど、それがもうあるはずだからな。
気がつくと、かなり風が強くなっていた。
「長官、お風邪をお召しになるといけませんから、中にお入りください」
「ん、だれ?」
「は。板谷であります」
「おーきみか」
ふりかえると、見覚えのある、まだ三十くらいの若い兵士がカツン、とブーツの靴を鳴らして直立した。
これも南雲忠一の記憶か……?
「いよいよ明日だよね。緊張しない?」
「はい。緊張しないと言うと嘘になりますが、多少は緊張したほうがいいような気もいたします」
頭のいい男なんだろうな。
中肉中背、顔つきには適度に緊張がいきわたってる。
「ハハッ、それは言えてるね」
「開戦初日にして敵主力を叩く。日本男子の本懐、であります!」
その兵士は白い歯を見せ、そしてふっと寂しそうな表情になった。
「……ですが」
「うん?」
板谷、なにか言いたそうな顔をしているぞ。
「どした?」
おれって元教師だし、こういう生徒の不満ってなんとなくわかるんだよな。
こういうのを見のがして、加賀山の行動を招いたのは、大きなトラウマだ。
「なにかおれに言いたいことあるなら、遠慮しないで、言っていいぞ」
そういえば、声もなんか自分の声と、しわがれ声がダブって聞こえるなあ。
まあ、五十四歳じゃしわがれても当たり前か。
板谷は意を決したように顔をあげた。
「では申し上げます。長官はなぜ明日未明の出撃にされたのでありましょうか。わたしは平日の白昼、正々堂々、攻撃を行いたかったのであります」
「ん?出撃時間って何時なの?」
「はっ。0600(マルロクマルマル)であります」
「出撃が六時なら現地到着は八時ごろじゃん。それのどこがダメなんだ?」
「日曜の、み、未明の出撃作戦は、われわれ航空隊を信用されておられないからではと、みなで話しておりました」
航空隊ってことは、この板谷、たぶん飛行機乗りなんだろう。
日曜日の朝いちばんの攻撃は、正々堂々じゃない、ってことか?
う~ん、奇襲に正々堂々もないもんだが、てか、お前ら頭固すぎ……。
「それって気持ちの問題だよねえ。卑怯とか堂々とか、そういうこと言って、もし発見されたらどうすんの?」
「正々堂々と勝ちます!」
勇ましいのはいいんだが、戦争だってのに、そんなことにこだわるなんて、うぶというか、馬鹿正直というか……。
甲板を吹く風に、重油の匂いがしている。
そういえば、この船は重油で動いてたっけ?
……重油?
おれはふとあることを思いついて、顔をあげた。
ここが大事だぞ。おれがもし、自分のヲタク知識をいかして、この先の作戦を変更するとしたら……?
この戦争を勝たせるために、おれの生前の知見を使うとしたら……。
どうすべきだ……?
「そうだ!板谷」
「はっ!」
「お前に相談があるんだ。聞いてくれるか?」
「な、なんでしょう」
「うん、そういうおまえを見ていて、明日の極秘任務を思いついた」
「極秘任務……でありますか」
おれは板谷の肩をぽん、と叩いてやる。
「いいかい?これは重要なことだぞ。この作戦の成否にかかわると言っても過言じゃないんだ」
「はっ!なんでしょうか!?」
板谷はちょっと真剣な面持ちになる。
おれも同じように姿勢をただした。
「タンカーを呼んできてほしいんだ」
「え?え?呼ぶ、んでありますか?」
「ああ、この作戦にはたしか重油の補給船七隻を後方に待機させてただろ?んでもって帰りにまた合流する予定で」
「あ、そう聞いております」
板谷は白いマフラーをなびかせていた。
夕日に、赤い頬が染まっている。
「へっへっへー。よく知ってるだろ?なんせ卒論で……じゃなく、げふん、げふん、ともかく、明日、その補給船団を呼びにいく者を決めておいてほしいんだ。補給船団に、すぐうちらに合流するよう伝令するためにな。無線は使えないから」
おれはたたみかけた。
「もちろん、航空参謀通じて隊には正式に命令はだす。だすけど、さっきの話聞いてると、戦闘機乗りのみんなって、絶対みんな真珠湾攻撃に行きたがるっしょ」
「もちろんであります。他の者が勇猛果敢、攻撃に行くのを尻目に、自分だけ伝令係など、死んでもイヤであります」
「そこよ。だけどなあ、この任務だってすごく重要なんだよ。とにかく、今日のうちにだれが明日伝令に行くか、くじ引きでもなんでも、決めといてほしい」
「そ、それは……」
「みなまで言うな!」
おれは手で板谷を制した。
「そいつの気持ちはよくわかる!だけどこれはおれの特命だと思ってくれ」
「と、特命!」
「そうだ。重要任務だぞ」
「……そういうことでしたら、わかりました!」
「命令は出す。その際、確実にその特命を遂行できる人選をおまえにたのみたい。たのんだよ」
「はっ!わかりました!」
板谷は敬礼し、おれの時代じゃもう小学校でしかやらないような、キレイな回れ右をして下がっていった。




