かもしれない
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ご注意
本作品は史実をベースにしておりますが
あくまでもフィクションであり
登場する人物、組織、国家はすべて
実像と関係ありません。
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第二章 世界戦略編
●1 かもしれない
「うーん、まいったな……」
連合艦隊司令部からの無電を聞いて、おれは頭を抱えた。
そういや、そんな名前の戦闘あったよな……。
すっかり忘れてたよ……。。
そう。ウェーク島攻略戦……。
太平洋上のすべての空母をかたづけたおれたち第一航空艦隊は、後顧の憂いなくミッドウェー島に立ち寄り、整備および捕虜監視の任務についていた乗組員をすべて乗船させた。
五百人近い捕虜のアメリカ兵には、艦隊に残っていた糧食をできるかぎり分けてやったし、当分は生命維持に問題ないようにして、ミッドウェーに置き去りにした。もっとも、捕虜たちと日本兵とは意外にも仲が良くなっていて、出発の晩なんか、ちょっとした送別会までやったんだけどね……。
連合艦隊司令部は、せっかく占領した基地をぶんどったままにしたいので、駐屯して捕虜を連れ帰れと言ってきたんだけど、ミッドウェーをこのまま日本が基地として使っていくには、ハワイが近すぎて危険だし、であれば、これだけの捕虜を移動させるのって無駄だよね。
んで、なんだかんだと反論の無電を打ったあげく、結局はおれのいい分が承認された。
レーダー車両のアメリカ人ふたりについては、駆逐艦不知火にまだ乗ってもらっているが、この二名にも、いずれは丁重に帰国してもらうつもりだ。おれはこの時代に、ちょっと早めの人道概念を持ち込もうとしていた。
で、さあ、あとは日本だと思っていたら……ウェーク島である(泣)
真珠湾攻撃の直後の十二月十日、ウェーク島の攻略にむかった別働の第四艦隊が、島を守備する五百名の海兵隊と、わずか十二機のF4Fワイルドキャットに翻弄され、駆逐艦二隻を失う大惨敗をしてしまったらしい。
そのリベンジのために、われわれ第一航空艦隊にも攻撃参加の要請が来たわけだが、おれはもうヤケクソになって、いっそ、こちらに全部任せてくれと返事してしまった。
そのほうがおそらく犠牲が少なくすむ、と思ったからだが、まあ、おかげで日本への帰艦はちょっぴりおあずけになり、海軍が応急修理と補給基地として使っている、ミクロネシアのトラック諸島に寄港することになったんだ。
(さてこの戦い。どうやったら日本の犠牲を最小限にして、攻略が出来るもんかな)
ウェーク島は非常に重要な基地だ。
ハワイとオーストラリア、そして日本の三つの地点のヘソはどこかと言ったら、そこがウェーク島になる。史実でも多くの犠牲を払いつつも、日本がこの島を占領に成功し、そのまま終戦まで統治した。
もしもこの基地がアメリカ軍のままだったら、太平洋戦争はもっと別の展開になったろう。
おれは赤城の甲板から、早朝の海を眺めていた。
この海域は十二月というのにかなり暑く、スコールも一日に二回あるような、典型的な南国の気候だ。風がやむと、すぐ汗をかいた。
「それにしても……」
おれは目線を落とす。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「なんだ迷惑だとでも言うのか南雲忠一!」
肩ほどもない金髪の少女が、おれの横にいる。
水兵服が似合ってはいるが、ズボンはぶかぶか、ジョセフィン・マイヤーズだ。
不似合いな大きな双眼鏡をおれから奪いとり、遠くの島影を見る。
「迷惑だろ常識的に考えて! どうすんだよ、まさか、このまま日本へ連れて帰れとでもいうのか?」
「そのまさかだな」
「なっ……」
「勘違いするな。ワタシはおまえらにとって依然、敵で、けして味方ではない。ワタシはおまえらの監視役なのだ」
ジョシーはおれの方を見ようともせず、双眼鏡を目にあてている。
「監視役って、なんの監視だよ」
「わからんか?」
やっと双眼鏡をおろし、おれを下から睨み上げると、巻き毛の金髪が強い風にあおられて、バッと逆巻いた。
「お前たち日本人は、どうやら自分たちの信じる神が絶対で、人間、ましてや外人は下に見たがるようだ。そんなおまえらは、放っておくとわが同胞をひどい目にあわせるかもしれん。恐怖が裏返しになって、大量虐殺を引き起こさんとも限らん。だから、そうならないよう、ワタシがしっかり監視してやるのだ。ありがたく思え」
「思えるわけないだろ! だいたい、どうやってみんなに説明すりゃいいんだよ。アメリカ海軍のパイロットが裏切って協力してくれますってか?」
「馬鹿め。単にミッドウェーで民間人を雇ったら、使えるバイリンガルだったので今後も使うことにしました、とでも言えばよかろう」
「……う、む」
たしかに、今のところそれに近い説明をみんなにはしていた。こう見えてジョシーは日本とアメリカのハーフだけあって、アジアンチックな印象だし、その説明で押し通せば……。
……って、ヤバっ。おれまで説得されそう。
「とにかく、日本に着くまでだぞ? 着いたら、それなりの窓口に引き渡すからな」
ジョシーはふたたび双眼鏡を目に当てた。
「よけいなお世話だ。必要なときはワタシ自身がアメリカ大使館に駆け込む。……もう、閉鎖されているかもしれんがな」
「……」
アメリカ大使館の行方について、生前の記憶をたどった。
ジョシーの予想はおおむね当たっているはずだ。日米の開戦で、東京都にあったアメリカ大使館は業務を停止し、グルー大使は半年間日本に抑留されたのち、本国へと返された気がする。
戦争している国家間に、外交も大使もあるわけがないのだ。
ジョシーが甲板の端に背をもたせ掛け、おれを見あげた。
「ところでキサマは、この前、アメリカが一方的に勝つのはよくない、と言ったな?」
「あ?……あ、ああ、そういや言ったな。実際、アメリカはこの戦いに勝って……てか、日本を恐るべき新兵器の数々で徹底的にボコって占領して子分にしちゃうんだけど、そのことでさらに世界は軍事の拡張と不安定なテロの時代に向かっていく……の、かもしれない」
おっと。
おれが生前の史実を知っていることは、さとられないようにしないと……。
「……」
「だから、この時代につくるべきなのは、日本への都市爆撃や新型爆弾による大量殺戮、そして無条件降伏につながる悲惨な歴史ではなく、武士道を持ったアジアの小国が、大国にそれなりの痛手を負わせ、対等な講和をなしとげつつも、自らの思い上がった軍国主義を修正すること……なのかもしれなくない?」
「……いいかげん面倒くさくないか、そのしゃべり方」
「はい面倒です」
「それにしても、あれは天然の要害ってやつだな」
「?」
ジョシーが可愛いアゴの先端を、ついっと遠くの島影にしゃくってみせた。
「あの島だよ。サンゴ礁に取り囲まれて湾内への入り口は限られている。周囲は機雷でさぞかし埋め尽くされているだろう。だが航空攻撃には裸同然、そこを一気に叩けば……」
「それって、敵視点だよね」
「守備の視点でもある。対空砲火と迎撃の航空機が、防御のかなめになるということだ。レーダーサイトを高台に建設すればいい」
ジョシーの言葉にため息をつき、おれは目を細めて遠くにうっすら見えるトラック諸島を見つめた。
「まずは、みんなの休息だな」
トラック島の湾内に入った。
このサンゴ礁に囲まれた島々は、入口と出口に相当する入り江があって、それ以外はジョシーの指摘の通り、機雷がぐるっと取り囲み、あらゆる不審船の侵入を不可能にしていた。
おまけに、大型の船が着岸できる岸壁もなかったため、おれたち艦隊は湾内、島々の中間に停泊し、そこから内火艇や小型艇に分乗して、トラック諸島のひとつである、夏島という島に上陸した。
「……というわけで、いろいろありがとう!かんぱーい!」
おれはまっ白いテーブルクロスと、いくつかの銀食器がならべられたレストランで、ビールのグラスを大きく掲げた。
ここには、あのレーダー車両に乗りこんでいた、ウィリアム・ショックレーと、ドリス・ミラー、そして小野通信参謀と坂上機関参謀、そして坂上の要望で木村兵曹、あとはおれとジョシーがいた。
「……」
アメリカ人の三人は仏頂面でほんの少しグラスを掲げただけだ。とくに黒人のドリスは、いかにもふてくされていた。
「おいナグモ」
背もたれに腕をかけ、分厚い唇をとがらせている。




