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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第一章 真珠湾攻撃編
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ミスタープレジデント

●35 ミスタープレジデント


 海面に不時着した板谷機は、あっと言う間に内火艇にとり囲まれた。


 淵田機からの連絡を受けていたおれは、あらかじめ駆逐艦から内火艇を半分まで降ろさせ、救助の準備を完了していたのだ。


 着水の衝撃によって、板谷のゼロ戦は右翼が粉砕されたが、胴体部分は頑丈な作りのため無事で、左翼もすぐには沈まなかった。何人ものふんどし姿の兵士が飛びこみ、気を失っている板谷を救い出したので、溺れる間もなく赤城へと収艦された。


「た、隊長は……?」


 板谷はうっすらと目をあけ、それだけ言うと、また気を失った。





「それで……」


 天井の高い豪華な執務室で、机に両肘をついて彼らの報告を聞いていた、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、自らの苛立ちを抑えるように、静かに話しはじめた。


「結局、サラトガはどうなったんだね?ハロルド・スターク作戦部長」


 スタークと呼ばれた男は、目を書類に落としたまま、小さな唇をぶるぶる振るわせた。


「ば、爆撃六発、水雷十五発を受け……沈没しました」


 執務室にいる男たちが、いっせいに唸る。


「なんてことだ! これじゃあ計画していた記念切手が出せなくなるよ。そうは思わないかビル」


 大統領は花柄のソファーにすわる男に、冗談まじりに話しかける。


 このホワイトハウスの一室には、五人の男たちがいた。


 一番奥の大きな執務机にはルーズベルト大統領、むかってその右側の花柄ソファーには、ビルと呼ばれた大統領より年配の、一見優しそうな軍人がゆったりと座っている。リーヒ海軍大将だ。


 彼は一度退役していたが、日本軍の奇襲を受け、急遽大統領に乞われ、今は海軍のトップに座っている。大統領はリーヒ海軍大将に全幅の信頼を置いており、彼のことを親愛の情をこめて、ビルと呼んでいた。


「とうぶん切手はおあずけでしょうなミスタープレジデント。ところでスターク君、乗組員はどうなったのかね?」


 スタークは汗を拭きながら、書類を読み上げた。


「はい、三百四十八名の戦死が確認されております。その他の乗組員と飛行士は味方駆逐艦に救助されました」


 大統領が鋭い目を細めて首をかしげる。


「乗員二千五百名の空母が沈んだにしては、犠牲者が少なくないか。また、あのナグモの武士道精神てやつかね?」


 彼らの間では、すでに南雲のやり方は議論の的だった。悩んだ末に彼らが導きだした答えは、武士道精神だった。


「は、はい。あいかわらず、どういうつもりかはわかりませんが、敵の航空部隊は、サラトガを沈めた後、すぐに撤退したようです」


 大統領は両手を机の上に置き、真っ白い天井を仰いだ。


「やれやれ、敵に情けを駆けられるようじゃ、先が思いやられる。それになんだね。あの艦名を変えろってのは。日本人がユーモアを解するなんて、聞いてなかったよ」


 大統領が肩をすくめる。

 

 するとまた別の男、大統領執務机のすぐ前に置かれた、応接セットに座った二人のうちの司令官服を着た頑固そうな軍人が、いかにも腹立たしそうに舌打ちをした。


「あのジャップの猿どもめ!真珠湾のみならず、エンタープライズ、レキシントンに続いてサラトガまでやりおった……。この報いはわが艦隊が、かならず受けさせてやる!」


「キング合衆国艦隊司令長官、君は以前、あのレキシントンの艦長だったね」

 と、リーヒ海軍大将が柔らかく尋ねた。


「そうです。だからワシはもっと早くから、ジャップどもを叩き潰せと言っておったんだ!やつらは戦うより掠め取る! 弱い者にも容赦しない」


「君の日本嫌いはあの国でスリにあって、駅員にいじわるされて以来なのは有名な話だが……なるほど、艦隊司令長官としては、してやられたというわけか……」


 リーヒの言葉に、キングがぐっと歯をかみしめる。


 大統領は意に介さず、自慢の銀髪を撫でつけた。なにか考え事をしているときのクセなのだ。


 大統領は咳を一つした。


「国民の反応はどうだ。ノックス海軍長官」


 応接イスにすわっていたもう一人の、ずっと黙っていた男を見る。


「君は役人だ。彼ら軍人とは違う分析をしてもらいたいね」


「われわれにとって、あまり好ましくありません。あの真珠湾攻撃の翌日、モールスでの宣戦布告と攻撃の宣言があったことをニューヨークタイムスがすっぱ抜いてから、われわれへの非難の声が高まっています。日本資産凍結や、経済制裁にも、一定の反論がありますからね」


「わたしのラジオ放送はどうだったんだ?」


 ルーズベルト大統領は、南雲艦隊による真珠湾攻撃のあと、すぐに世論を参戦へと誘導するために、われわれは『卑怯なだまし討ち』にあったと、全国民へラジオ放送で訴えた。


「もちろん効果がありましたよ。特に単純な労働者層にはね。でもやはり一部のカラードたちは日本人の武士道にも理解を示しています。戦争を防げなかったわれわれ指導者への疑念も湧いているようです」


「ふん! ヒットラーと組む連中に武士道なんてあるもんか!」

 机を叩いてキングが叫んだ。


「やつらはずる賢く攻撃的なだけだ!黙って見ていれば、奴らの思うつぼになる。太平洋しかり!ヨーロッパ戦線しかり!」


「あなたは直情すぎるキング。大統領の前ですよ」

「なんだと?」


 ノックスの批判に、キング艦隊司令長官は目を剥いて威嚇する。


「……それにしても、ナグモの戦略は見事というほかない。オパナのレーダーを奪い、小型潜水艦を囮にし、ミッドウェーに上陸して基地として使った。……神がかりと言うか、なにか先を見通しているような……彼にはなにか秘密があるのかも」


「キング君の言うことも一理あるんじゃないかね?」


「どういうことだねビル“参謀長”? ……おっと、まだ早すぎたか」


 大統領が、リーヒ海軍大将の目指している、名誉ある役職を口にしてウィンクするが、リーヒは微笑してつづけた。


「ファシズムの台頭ですよミスタープレジデント。ヒットラーはヨーロッパ中を戦場にするだけでは満足せず、アウシュビッツじゃユダヤ人を殺しまくっている。ムッソリーニも国民には食べ物をあたえず、自分たちは贅沢三昧です。こんな連中と組んでる国が武士道なわけがないでしょう」


「なるほど、連中の三国同盟は悪の枢軸国というわけか……つかえるな」


 大統領が両手の指を胸の前で組んだ。


「さて諸君!」


 なにかの決定を話す時のルーズベルトのポーズを見て、四人の男たちは口をつぐんだ。彼がこういう時は、いつもなんらかの重要な決意が語られるのだった。


 大統領は一同を睥睨へいげいした。


「わがアメリカ合衆国は、悪の枢軸国を放ってはおかない。世界の平和を守り、ヨーロッパと太平洋に正義を執行するのは、神から与えられたわが国の義務である! 世界恐慌にも耐え、わが国の経済を立ち直らせた公共事業にも匹敵する巨大産業がこの戦争でこれから生まれるだろう。この百年で培ったわが国の偉大な工業力を今こそ世界に示せ。空母、戦艦、航空機、すべての兵力を日本の十倍にするんだ。それと……」


 大統領がノックス長官に鋭いまなざしを送った。


「ナグモを調べろ。やつの裏を探るんだ」






「先生、板谷どう?」


 おれは田垣先生に船内電話をかけた。


「鎖骨を折っとりますが、命には別状ありませんな。幸いすぐ気を失ったようで、水もそれほど飲んでないようです」


 おれはため息をいた。


「はあ、マジかー! 」


「マジです。それよりも……」


 雑音の多い受話器の向こうで、田垣が言いよどむ。


「あ、淵田すか?」


「はい。あまりよろしくありません」


 ……あれ?


 この時代の軍医はあまり兵士の容体をくわしく言わない習慣でもあるのな?

 しばらく待っておいたが、田垣先生はそれ以上は語ろうとしない。


「淵田隊長って、敵機の機銃で撃たれたんだよね。ケガの場所はどこです?」


「背中から腹に。今から緊急手術で腹を開きます」


 腹ならおおごとだよな。

 内臓には重要な動脈がいっぱいあって、千切でもしたら即死してしまう。


 おれはいてもたってもいられず、あとを草鹿と大石に任せ、病棟エリアに向かった。



 おれが命じた度重なる戦闘行為の結果、空母赤城の病棟エリアには傷病兵が廊下にまで寝かされていた。


 その数おそらく三十人以上だろうか。軽いものは各自の部屋に帰されているから、正確にはその倍は負傷しているかもしれない。


 このエリアにとどまるのは、経過観察の要ありと診断されたものたちで、基本は階級の別なく大部屋にならべられ、簡易ベットに寝かされている。


 呻いている者、あまりうごかない者、驚いたことに、あきらかに重傷者であるにもかかわらず、満足な手当が受けられずにいるものもいた。


「田垣先生おつかれさま」


「おお、これは南雲長官。しばらくお待ちを……」


「いいんだ。どうぞ続けて」


 田垣は黒い顔をして、必死の治療をしている最中だった。


 血圧を測り、注射器で兵士の腕に薬品を注入している。その兵士はたったいま、裂けた肩の傷口を縫合してもらったのか、白衣を着た男の助手に、ガーゼと油紙をあててもらい、その上から包帯を巻いてもらっている。


 助手の医師たちも、数人はいるようだ。それぞれに腕まくりをしてケガの治療をしたり、初年兵らしい水兵たちにベッドを運んでくるよう指示したりしている。


 兵士たちの中には、自ら買って出て、ケガをした仲間に赤チンキを塗ってやっているものもいた。


 この大部屋の中に、板谷飛行士もいた。


 白い肩ギブスを着せられ、ぐったりはしているが、意識ははっきりしているようだった。


「おお板谷、大丈夫か?」


「長官!」


 起きあがろうとする。


「寝てろって!ケガを直すのが今の任務だろ」


「すみません。こんな姿で。なに、すぐに飛べます」


「もうしばらく、飛ぶ必要なんてないさ」


「サラトガはどうなりました?」


 あの上陸戦で大活躍した比奈さんも、髪を振り乱して治療に頑張ってくれているようだ。


「沈んだよ。お前らのおかげだ」


 板谷はふぅ――っと息を吐いた。


「隊長が銃弾を……」


「知ってる。今から手術だそうだ」


「助けてあげてください! あの人はまだ死んじゃいけないんだ!」


「大丈夫大丈夫。お前は自分のケガを治せ」


 おれは板谷の大きな肩ギブスをそっとさわった。


 ケガ人の手を握り、励ましている比奈さんを見ながら、おれは田垣に目をやる。田垣はそれに気づいて、


「手術の前に淵田とお会いになられますか?」


 と、小さな声で言う。


「そう……だな」


「重傷者病室、二つ奥の病室におられます」


「いま、行ってもいい?」


「短い時間でしたら。あと五分で手術を行います」


「じゃあ板谷、みんなも、元気出せよ! ミッドウェーに寄ったら、すぐに日本に連れて帰ってやるからな!」


 奥の重傷者病室に行ってみると、そこには淵田飛行隊長がひとり、小さなベッドに横たわっていた。


「淵田……」


「……あ」


 眠ってはいなかったようだ。淵田はうっすらと目を開け、おれに弱々しく笑いかけた。


「すみません。長官にお越しいただくなんて……」


「マジでよくやった。無理な攻撃が続いたけど、エンタープライズも、レキシントンもサラトガももういない。本当にありがとう。手術が終わって目が覚めるころには日本だ。帰ったらちゃんとした病院にいれてやるから、がんばれよ!」


「……もう、これで終わりですか?」


 淵田がおれの目を見ずに訊いた。


 この一連の作戦がもう終わりかどうかを確認しているのだった。


 だが、おれにはこの戦争の全体を訊かれているような気がした。


「安心しろ。おれがいる限り、日本は負けない。まだまだやることはたくさんあるが、きっとやりとげてみせるよ。お前にもまだまだ活躍してもらいたい。早くケガを治して、またおれと一緒に戦おうな」


「信じ、ます。そのお言葉……」


 淵田はふっと笑って、目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 普通は水雷ではなく、魚雷か雷撃と言うのでは?
[気になる点] >リーヒ海軍大将「アウシュビッツじゃユダヤ人を殺しまくっている。」 真珠湾攻撃が始まる直後のルーズベルト大統領とリーヒ海軍大将の会話で、 ナチスがアウシュヴィッツ(所謂史実で有名な第…
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