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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第一章 真珠湾攻撃編
33/309

FUBAR!

●33 FUBAR!


 空母赤城が夕陽に赤く染まっている。


 右舷船首に黒々とした大穴をあけ、荒れる白波にローリングしながらも、戦いの前線である空母サラトガに少しでも近づくため、わずか十五ノットで北東へと進んでいた。


「小野、モールスをたのむ」


「もう打ちましたよ、いつも通りの攻撃宣言と退避勧告ですが」


「いや、もう一度だ。内容は以下の通り。サラトガを帰還させたくば艦名を変更せよ。回答は五分以内にYES or NOにて。大日本帝国海軍、南雲忠一」


「な、なんですかそれは……?」

「そ、それって挑発ですよね」

「わ、わしにゃもうわからん!」


 みんなが口々にさけぶ。


 まだすすの匂いのする艦橋内が、大丈夫かこいつ、みたいな空気になる。


「言ったろう? 今おれはこれでルーズベルトと会話してるんだ。お互いの知能と度胸とプライドをかけてな」


 おれの真剣な表情を見て、みんなが静まる。


「いまここで、帰還するサラトガを襲ったら、口では兵員の救済とかなんとか言っても、しょせんは欺瞞ぎまんでしかなかった、と連中はおれたちをそしるだろう。かと言って、本当にこのまま見逃しては、向こうの思うつぼになる」


「うう、それは悔しいす」

「どうすりゃいいんじゃ……」


「だから、おれたちはこう返すのさ。見のがしてほしければ、艦の名前を変えろ。おれたちは、空母の『サラトガ』がなくなればいい」


「そんな落語みたいな……」


「わかんないか? 今度はおれがカードを返したんだ。敵が怖くて空母の名前を変えるなんて屈辱だぞ。もしもYESなんて答えたら、それこそ国民が怒って政権がもたないし、祖国の歴史に取り返しのつかない汚点を残す。かといってNOと答えたら、やられる」


「ほほー! やりかえしたわけですかい」


「時間がないぞ。急げ」


 小野がすぐに通訳と相談をし始める。




「やつら、なんと言ってくるんでしょうね?」


 草鹿がにやにやし始めた。


 ホントは面白がってる場合じゃないんだけどね……。


「さあね。普通に無視じゃないの? でもいいさ。そしたら攻撃の名分がたつ。講和のときの良い材料になるさ」


「…もうすぐ五分ですね」


 そのとき、大きな音で敵からのモールスが入電してきた。


「長官! 敵からの通信です!」


「で、なんと?」


「えーと…」


 メモを見て小野が首をかしげている。


「長官、これどういう意味でしょう?」


「ん?見せて」

 おれはそのメモをのぞきこんだ。


 紙切れには、通信兵が書きとめた英語の単語がたったひとつ。


「「FUBAR!」」


 と、書かれてあった。


「こ、これはなんでしょう?」

「通訳はわからないと言っております」

「辞書は?」

「載っていません」


 ざわつきだす。


「待てみんな!」


 参謀たちが一斉におれを見る。


「おれにもわかんないけどさ、だいたいのニュアンスは分かるよ」


「……ほ、ほんとですか?」


「まあ、こういうケンカの場面で、英語で頭文字がFUと来たら、どうせろくな意味じゃないんだよ」


「ほう」


「FUって、日本語で言えばそうだな……クソ?」


「でで、では」


「おう! 攻撃開始だ!わが艦隊からもいますぐ応援を出せ。弾は全部この海に置いていくぞ!やっておしまいなさい!」


 おれは一同にこぶしを握って見せた。




 しょせんこの戦闘は避けられないものだった。


 しかし、おれと敵の統合参謀会議、おそらくはルーズベルトとの間では、もうひとつの、機略の戦いが行われ、そしてどうやらそれは、引き分けに終わったらしい。


 艦名を変えろ、というおれの無理難題に対して、彼らは『FUBER!』という、結果的にはアメリカ人らしい、実に気骨に満ちた返答を寄こしたのだった。




 海原に反射したオレンジ色の光に照らされて、大日本帝国海軍第五航空戦隊、制空部隊三十八機と、第二次攻撃隊五十機が、いっせいに米空母サラトガへと襲いかかった。


 サラトガからもそれを迎え撃つため、戦闘機が離艦してくる。かくして、熾烈を極めた最後の戦いの、火ぶたが切って落とされた。


ドンドンドンドンドンドン!


 高角砲の弾幕が張られ、無数の黒煙が一瞬で広がる。


 戦艦からも銃撃が雨あられだ。


 急降下攻撃のため高高度に向かうを九九艦爆たちを、敵戦闘機がそうはさせじと追いかけまわす。


ガガガガガガガガ!


「攻撃隊を守れ!」


 板谷率いる戦闘機隊が、さらにその間に割り込んで邪魔をする。


 わざと追いかけさせ、宙返りを二回ほども繰り返し、逆に敵の尾部を狙って二十ミリ機関砲をぶち込む。


 まだ離艦した敵のF4Fは、三十機にも満たないようだ。


 やはりレーダー索敵による先制攻撃が功を奏している。


 ただし、味方の艦戦機はどれも弾がすくなく、サラトガの上空を埋め尽くすように飛び回っている割には、銃撃音も散発的だ。


 しかし、この八十三機のうちの二十機は、サラトガを葬るための爆弾や水雷を抱えている。


 それを敵が戦闘中に見分けるのはほぼ不可能で、空母への攻撃を回避するのも無理な相談だった。


 空母対空母の戦いは、しょせん先制攻撃のかけあいであり、被害は避けられないものなのだ。


 淵田の九七艦攻は敵戦闘機の前方に出ては、敵の固定銃弾が届かないやや下の位置から銃撃を行った。


 少なくとも、三機以上の敵機体に数発以上の銃弾をぶち込んだが、七・七ミリ機銃では機体そのものを破壊することは難しい。


 しかしそれぞれに、いくばくかの故障か負傷はあたえただろう。


 ガガガガガガ、カチ……。


(……さて、とうとう切れよったか)


 淵田は送声機に口を近づけた。


「よっしゃ!あとは任せ……」


バシバシバシ!


「あいたっ!」


「隊長!」


「……大丈夫や!離脱して旋回してんか」


「はっ!」


「くそっ!やられてもうたわい」




「敵さん、さすがに元気いっぱいだな」


 板谷は二十ミリ機銃を打ち尽くし、今は七・七ミリで戦っていた。


(これも切れたら、さて、どうしよう……)


 どうせ捨てた命だし、惜しいものは名誉だけ。それも、けっこう手に入れた。いっそ最後は体当たりして華々しく散ってやろうか……。


(いかん、いかん。俺もだいぶ大本営に毒されとるな……)


 南雲の言葉を思い出す。


「無理はいかん。必ず帰ってこい」


 こんな命でも、帰ればまたお国の役に立てるだろう。この命と引き換えにするほど、この戦いは不利でもないし、友軍機も数と技量と性能で上回っている。


 板谷が次の得物を求めて、旋回しようとレバーを引いたその時、


 ドガン!

「なにっ?!」


 敵戦闘機が板谷機の斜め上から降下する際、ニアミスをおこした。板谷機の翼を、すれ違いざまに、はからずも上からたたくようにして破壊したのだ。


 右翼から燃料が漏れている。致命的だった。

脚注 FUBAR!とは第二次世界大戦当時陸軍の兵士の中で使われ始めた隠語だそうです。

FUBAR (Fucked Up Beyond All Recognition)  めちゃくちゃだ!

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃあ、相手、混乱の極みでしょうから、スペルの一つや二つくらい間違えたって全然問題なんかありませんよ。 相手は絶賛混乱中ですからね。 FUBARがFUBERになってても全然ノープロブレムで…
[一言] fubarでは?
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