レキシントン撃沈!
●31 レキシントン撃沈!
「発艦機は、こちらの守備に徹しますか?」
甲板を飛び立つ艦載機を見ながら、副官がシャーマンの目をのぞきこんだ。
艦長のシャーマンはこぶしを握りしめ、副官の顔を見る。
このまま、攻撃をあきらめろと言うのか?
敵はあのナグモだぞ。
モールスによる事前通告、真珠湾を三度にわたって完膚なきまでに叩き、その後は神がかり的な索敵能力を発揮してエンタープライズを襲い、ミッドウェーを占領したかと思うと、今度はわがレキシントンへ決戦を挑んで来た、あのナグモなのだ。
防御に徹するかだと……?
「冗談じゃないっ!こちらは戦闘機十でいい。あとは全部向かわせろ!」
「アイアイサー!」
「絶対にただで返すな!」
板谷飛行士がレキシントンへの攻撃隊長として海域に到着した時、すでに空母は右舷後方に魚雷攻撃を受けていた。見れば、五百メートル離れたところを並走する最新型の戦艦も黒煙をあげている。
「おお!潜水艦、やりよったばい!」
興奮してつい郷土の方言が出る。
レキシントンの飛行甲板からは、敵戦闘機がつぎつぎに発艦している。
一刻も早く甲板をたたき、それを阻止しなければならない。
ガガガガガガガガガ!
ガガガガガガガ!
ドンドンドンドンドン!
「ぬおっ!」
いきなり駆逐艦からの機銃掃射が機体をかすめ、高角砲の弾幕があらわれる。
五十機の大編隊だから、艦隊の射撃手も必死なのだ。
板谷が今回操縦しているのは九九式艦上爆撃機だった。
ゼロ戦に比べると、かなり遅く、自重もあり飛行性能は劣ったが、操縦はお手のもんだ。爆撃だけでなく七・七ミリ機銃が操縦席と、後席尾部にもあり、空中戦にも強かった。
レキシントンを離艦したF4Fがそのままの体制で向かってくる。
「六時に敵機!」
後席の乗員が叫ぶ。
たちまち後席から機銃の音がする。
きりもみに避けようとするが、しぶとくついてきて振りきれない。
後席の機銃音がやんだ。味方機が間に割り込んで来たのだ。
制空を担当している九七式艦攻の戦友だ。後席が機銃を撃つようすが通りすぎざまに見える。
敵戦闘機はそちらへと進路を変え、そのまま銃撃戦に入ったようだ。
ガガガガガガガ!
一瞬、戦友がやられる光景が浮かんだが、今はそれどころじゃない。
頭がかっと熱くなる。
機銃しかない空の機体を使ってまで、おれに攻撃を完遂させようとしてくれているのだ。
なんとしても、空母をしとめねばならない。
海上の黒煙をたどり、空母レキシントンを確認する。
腕時計を見る。
厳命された攻撃時間は二十分。あと十分しかない。
「よし、いくぞ!」
板谷は旋回し、空母の位置をもう一度確かめる。
邪魔な目の前の敵機に機銃をあびせ、さらに高高度へと進路をとった。
目に太陽の光が入る。
エンジン音が高くなり、まわりの飛行機がいなくなる。
そのまま、数秒間のGに耐えつづける。
コックピットの、精密高度計を見つめる。
二千六百、七百、八百……。
針がぐんぐんと動いていく。まだだ…。
九百……三千!
板谷は操縦かんをぐいっとひねった。同時にフラップを立て空気ブレーキをかける。
九九式艦爆はくるりと反転するように、機首を真下に向けた。
後席は反対を向いているので、後ろ向きのままあおむけになる。
本当なら恐ろしさで悲鳴をあげるところだが、もちろん身じろぎひとつしない。恐るべき熟練度だった。
眼下にレキシントンの流す黒煙が小さく見えた。
「急降下爆撃用意!」
「後席用意よし!」
スロットルを引き絞る。
艦爆機が三千メートルの高高度から速度を一気に上げ、レキシントンへと急降下をしていく。自機のエンジン音が高鳴る。
はじめは小さくしか見えていなかった敵空母が、ぐんぐん目の前に近づいてくる。
微妙な調整をしつつ、飛行進路を修正する。
空母からは激しい銃撃がまるで下から降る雨のようだ。
もうすぐ空母は目の前。
(外すかよ!)
まさに、この一瞬のために、何年もかけて厳しい訓練をやってきたのだ。はずすわけがない。
「投下!」
二百五十キロ爆弾が、切り離される。
がくん、と衝撃があり、すう―――っと、爆弾が空母の甲板へと吸い込まれるように落ちていくのが見えた。
板谷は、攻撃の成功を確信して操縦かんを引き上げた……。
ド―――――――――ン
「命中―――――っ!」
後席の叫び声をかすかに聞きながら、板谷は全身の血がたぎり、高揚感につつまれるのを感じていた。
「艦長、退避を!」
負傷した右腕をかばいながら、副官が必死の形相で司令塔に入ってきた。
「わかっておる」
艦長のシャーマンは落ちていた帽子を被りなおし、それに従った。
あちこちに掴まりながら、なんとか司令室の外に出る。
それでも、甲板におりるまでには、何人もの若い兵士の助けが必要だった。
汐の匂いがする。空は、嘘のように晴れ、海上には、もうすでに大勢の兵士とボートが浮かんでいた。
わが空母、レキシントンはもう大きく傾き始めている。
結局、水雷を二発、甲板には四発の爆弾を受けていた。
(おそらく、あと三十分はもつまい……)
となりの戦艦も大破し、いつまでもつかわからない状況だ。
駆逐艦は水雷攻撃で、すでに一隻しか残っていない。
まさに、大敗だった。
しかも、敵はたった二十分の攻撃で、こちらの戦力のほぼすべてに致命傷を与え、あっというまに飛び去ってしまった。
こちらの戦闘機、攻撃機は一機も帰ってこない。
いや、帰ってきたところで、着艦する母艦はもうないのだ。
「やつら……化けもんだ」
傍らの兵士がくやしそうにつぶやくのが聞こえた。
ガチャン、と音がして、甲板上の飛行機どうしがぶつかる音がした。
船体が不気味に軋む音がして、さらに傾きが大きくなった。
「あわてるな。全員は乗れんからケガ人を優先せよ。泳げるものは救命衣をつけて出来るだけ遠くへ」
シャーマンが落ち着いた声で指示をだすと、兵士たちはこぞって負傷したものをボートに乗せていく。
「君も乗りたまえ」
副官をふりかえる。
「いえ、わたしは泳ぎます。艦長こそ」
「君はまだ若い。リベンジは生きてこそやれるってもんだ」
「イエッサー」
しかし、副官は動こうとしなかった。
海上に新たなボートが降ろされ、乗組員を受け入れはじめる。
まだ空席がある段階で、乗組員がうながした。
「では艦長、ご一緒にいかがですか」
この男は私が乗らねば動くまい、と思った。
「うむ、では一緒に行くか。戦争はまだまだこれからだよ」
この戦闘にひとつだけ良かったことがあるとすれば、敵が素早く帰投してくれたことだ。
おかげで、乗員の救助は問題なく行える。
「サラトガが近海にいるはずだ。まちがいなく救助に向かってくる」
そう言いながら、シャーマンは、ふと不安な気持ちになる。
やつらは、なぜ、急いで引き上げたのか……。
もしや……?
まさか……!
その理由を思いつき、シャーマンは絶望に襲われそうになった。
また、船のどこかが、不気味に鳴りひびいた。




