そして、モミの木は残った
●74 そして、モミの木は残った
宣言書への署名や各国のマスコミに対する記者会見など、すべての行事を終えたおれたちは、会場から広いロビーを通って、大理石の階段に出た。
このパレ・デ・ナシオンの敷地には、うねったような小高い丘がいくつもあって、広い道がそれを縫うようにふもとへと続いている。芝生に覆われた丘の随所には、名物のモミの木がていねいに植えられ、青々とした庭にやさしい影を落としていた。
役人たちの集団からも離れて、おれ、マッカーサー、ジョシーの三人は、オレンジに染まる夕暮れの坂道をゆっくりと下っていく。こうして日米が肩をならべて仲良く歩く姿を、報道カメラマンたちが所望したのだった。彼らもまた、どうであれ戦争の終結を喜んでいるのだ。
枯れ葉が舞う土の上には、おれたちの影が、まるで仲のいい親子づれみたいに長くのびている。気がつけば、おれとジョシーが先を行き、マッカーサーが少し後ろを歩く格好になっていた。
子どもほどの背丈のジョシーは、地味なスーツの上下に、赤いマントがよく似合っていた。
「よくがんばったな」
おれはそっとジョシーに話しかける。
「……ふん、キサマこそ、原爆が間に合わないかと思ったぞ」
前を向いたまま、ジョシーがぽつりといった。
「まあ……いろいろあったんだよ」
そういえば、と、夕焼けに頬を染めたジョシーが、おれを見あげていった。
「さっき、キサマはいずれ原爆をどの国もがつくり、その結果、戦争がおこせなくなると言ったな。……その場合、軍需産業が困らないか?」
さすがはジョシーだ。
おれの生前世界線では、いずれの国の軍需産業も大きな予算割合を占めていた。
合衆国は年間八十兆円。日本も五兆円と、それは巨大な内需となってそれぞれの経済を支えている。特にアメリカは輸入をほとんどせずに武器を作ることが出来るため、政府が支払った金は純粋に国内を潤し、他国への武器売却はアメリカ経済の大きな利益となっていた。
「まあ軍需産業は科学を進歩させる側面もあるからな。ヒトラーとやって、ヨーロッパ戦線が落ちついたら、あとは基地を世界中に作って、訓練で弾薬を消費するしかないんだよ」
「ふむ……その場合、原爆はどうなるんだ?」
「そいつはさすがに消費できないから、みんながロケットに搭載してにらみあうのさ」
「あと五年はかかる」
ふいに、後ろを歩くマッカーサーがいった。振りかえると、コートのポケットに両手を突っこみ、肩をすくめている。
「え、なにが?」
おれたちの会話をジョシーが通訳してくれる。
「われわれが原爆の開発にかかる年数だよ。先日、君らが公開した実験をわが国の科学者陣が分析したところ、あれだけの破壊力をどうしても理解できないらしい。日本の十分の一しかない威力の原爆を、今から開発するわけにはいかないと、予算の増額と工期の延長を要求されたよ」
「ふーん……」
やはり、爆縮の起爆方式が奇跡的な核分裂効率を生んでいるのか……?
おれはにやっと笑って、意味ありげに振り返る。
「ま、どうぞお好きに。おたくらが原爆やってるあいだに、うちは核ミサイルとか原子力潜水艦とか原子力発電とか宇宙開発とかコンピューターとか国際光通信網とか、がんがんやりますからね。いずれも未来には必要な技術だし、基本原理は全部わかってるんだ」
「え、え、なんだと?」
通訳された言葉を聞き、一瞬ぽかんとした後で、急にあせりだす。
「ミスターナグモ、いま、なんと言った?もう少し詳しく教えてくれ」
「ないしょ」
「ちょ、待て、そりゃないだろ……」
でかい身長を折り曲げるようにして、後ろからおれをのぞき込む。毛むくじゃらの手で、遠慮がちにおれの腕を触ろうとする。
「ヘイ、これからは仲間だろ。私も実は日本が好きなんだよ……そうだ、ベースボールを教えてやるぞ。アメリカにはカーブとかシュートってのがあってだな」
「けっこう。おれはシンカーとかスライダーとか、チェンジアップも知ってますからね」
硬球を掴んで投げる格好をして見せる。
ふと見ると、目の前に枝をはった立派なモミの木があった。
そういや、このヨーロッパじゃ、クリスマスツリーに本物のモミの木を使うらしい。
おれはホテルから、装飾につかう小さなサンタクロースの人形を、ひとつガメってきていた。コートのポケットから取り出して、ジョシーの目の前にぶらさげて見せる。
「なあジョシー、コレ、いいだろ」
「?」
赤い帽子に服を着て、白いヒゲを生やしたサンタの人形が、おれの指先でぷらぷらと揺れていた。
長い睫毛をしばたかせて、ジョシーが首をかしげる。彼女の後ろから照らす夕日が、くしゃくしゃの金髪を輝かせる。
「あの枝にこれを」
道からはずれた小高い芝生の上に立つモミの木を、おれは指さした。
「ひっかけてくれ」
渡されてえっ?と驚いているジョシーの後ろに回り、おれはよいしょ、と肩車して持ち上げた。驚いて後ろにバランスを崩しそうになるのを、両脚を抑えて安定させる。
見かけの割に重さを感じたのは、約束を果たしてほっとしたからだろうか。それとも、単純におれが年をとっただけなのか。
「な、な、なにをする?!」
「ほおら、そこの枝に結ぶんだよ」
そのまま十歩も歩いて、木に近づく。
「その枝その枝」
「……」
目の前に、二人の影が長くのびていた。その影で、ジョシーが手を伸ばし、枝に人形を括りつけているのがわかる。
ぷらん……。
モミの木の枝に、赤いサンタクロースの人形がぶら下がった。
「こ、これでいいのか?」
数歩あとずさりして見ると、青々とした枝に、真っ赤な人形がぽつんとひとつ、うれしそうに揺れていた。
「うん、いいぞ」
そのまま歩き出す。
「おい、ちょ、……降ろせ」
「いいじゃないか。もう少し」
「うう////やめろ南雲!やめ……」
自分の上司をふりかえるジョシーに、マッカーサーがすまして言う。
「我慢したまえマイヤーズ少佐。ナグモとわれわれをまた揉めさせる気か。世界の平和は、いま、ひとえにナグモの両肩と、君の両脚にかかっておるのだ」
そう言われて、ジョシーがようやく大人しくなる。
何人ものカメラマンが、前に回っておれたち三人の写真を撮る。きっと彼らには、赤いマントを羽織った子供を、ニコニコ顔で肩車するオヤジ、せいぜいそれくらいに見えただろう。
おれたちはゆっくりと坂道をくだった。
夕日が照りつけている。
ジュネーヴの茜空を、スイス空軍の旧型戦闘機が二機、のんびりと飛んでいった。
<完>
良くも悪くもお約束。意味不明な方は第二章KATAGURUMAという回をご覧ください。
というわけで、今年の一月から連載させていただきましたこの物語も、十二月の終わりになってようやく終演を迎えることができました。知識の足らないぼくを毎日フォローしてくださった読者のみなさまには、本当に感謝しております。また折にふれ励ましのお言葉をいただいた方々にも、たいへん感謝いたしております。本当にありがとうございました。みなさんがおられなければ、とてもこんな風に長くは続けられなかったと思います。
というわけで、あらためましてこの一年間、ありがとうございました。今後はちょっとした続編や、別のエンディングなどを時々そっとアップできればと考えておりますので、もしよかったらまた見てやってくださいませ。ブクマでの通知をおすすめいたします。
最後になりましたが史実の南雲忠一さんやご系譜の方々、そしてすべての英霊の方々に栄光あれ。
そして読者のみなさんのご多幸を、心よりお祈りもうしあげます
TAI-ZEN




