最後はいいたい放題
●73 最後はいいたい放題
アジア連盟発起人会議がはじまった。
日米英蘭豪が今回の参加国だった。
途上国の管理をどうするか、というのが趣旨なので、今回はフィリピンやインドネシア、マレーなどの当時国は呼ばれていない。また、イギリスの要望によって、英領ビルマから西、セイロン、インドは連盟に含まないことが決まっていた。
天井が二十メートルもある広い会議場の中央に、各国の代表者が一名づつ、四角く組まれた会議卓を囲んですわり、その背後にはそれぞれの事務方がバックアップとして大勢陣取っている。よく見れば、ジョシーも黒いバインダーを膝の上に乗せて、マッカーサーの斜めうしろにチョコンと座っていた。
今回の議題は、議事運営に関する基本ルールの策定だった。
冒頭、谷氏が仮の議長に任じられ、その後、戦争で死んだ兵士や民間人たちに黙禱をささげて、ようやく会議がスタートする。
おれは議長国が永久的に大日本帝国であること、そして合議によってのみ決するが、決しないときは議長に一任すること、その代わりに、その議長の罷免権はアメリカ合衆国のみが有し、それはいつでも行使できることを提案した。
これはあらかじめ大本営とも協議をすませていたことだった……。
◇◆◇
「……しかし、罷免権を持つアメリカがそれを乱発したらどうなるのかね? 結局、議長がつぎつぎに罷免され、連盟が機能しなくなるのではないかね?」
外務省の一室で、先月末に行われた準備会議の席上、谷外相がしぶい顔をして言った。この場には東條首相や枢密院議長、内閣主要閣僚なども出席していた。
「南雲君の思想は、アメリカを信用しすぎておるのではないか?」
そういう彼らを、おれは一笑して説得にかかる。
「それは逆ですって。アジアの各地であらゆる権益を抑えているのは日本なんですよ? 議事が進まなければ、今まで通り勝手にやればいいんです」
「……?」
よくいえば真面目。悪くいえば国際政治の感覚に疎い彼らに、おれは自説を開陳した。
「いいですか。たとえばある油田からでる油を、日本が優先的にもらうと主張したとします。とうぜん米英蘭はこれに反対して話しあいが紛糾するでしょ? で、時間ぎれになったら議長が決めちゃうのでアメリカはそうなる前に罷免権を行使する。でも議長は日本にしか許されてないから、新たな人選を日本から提示して、これまた罷免されるをくりかえすことになります。でも、その間にも油は以前とおなじようにどんどん運び出すわけです」
「そんなことをしたら、わが国は卑怯のそしりを受けるではないか!」
あ、まだわかってなーい、とおれは思った。
「卑怯なんかどうでもいいんです。結果が出ないとき、どっちが得するかなんです」
彼ら欧米人のやり方はわかってる。彼らは日本を議長に祭りあげておき、あとは多数決という名の数の暴力で、自分たちの有利な方へ誘導しようとでも思っているのだ。そうなるくらいなら、結果がでないほうがいい。
「国際社会にやれることは、せいぜい自国の資源輸出を禁ずるくらいですから。それって、この戦争がはじまる前とおんなじでしょ?それに、これはしょせんアジアの管理に関してです。世界中に資源はあるんだから、ほうっておいたって問題ありません」
実を言うと、ここにはおれのひそやかな戦略も隠されている。議長を罷免されたくなければ、あらかじめ根回しをせずにはいられないし、話し合うことも前提になる。そうやって、いずれにしても、日本とアメリカは二大国として力で太平洋全域を管理していくことになる。そして結果的に、イギリスは蚊帳の外になるのだ。
おれはまだ納得しきれない閣僚たちに、にっこり笑ってやった。
「それに、会議の席ではきっちりおれがクギを刺しておきますから、大丈夫ですよ」
◇◆◇
紛糾したら議長一任。だが議長の罷免権はアメリカが持つ。
結果的にはこれが功を奏した。この条件によって、彼らはようやくこの規定を承諾したのだった。
「では、本日はこのへんで……最後にどなたかありますか」
議長の谷氏に、おれが手を上げた。
「大日本帝国からひとこと、いいですか?」
ぎょっとしたように、みんながおれを見る。
谷が他の代表を見て、反対がないことを確認してから、おれをうながす。
「では、南雲忠一代表、どうぞ」
おれは席にすわったまま、肩の力を抜いて、話しだした。
「ありがとう議長。今日、われわれは戦争によるお互いの多大な犠牲の上に、話し合いの場を設けることができました。このことをまず、国際社会と戦争当事国のみなさんに感謝したい。そしてこの会議のはじめの終わりに、大日本帝国を代表して、おれから申し上げておきたいことがあります」
おれは静かに話し出した。
「まずひとつ目は、この世界において、どんな国でも飢えさせてはならないということです。飢えさせれば武器をとって戦うしかなくなる。これは未来永劫、変わることのない真実です。もっとも大きな戦争の火種は、つねに飢えへの恐怖なのです」
おれはジョシーの目を見た。
「もちろん、過去のしがらみや肉親を殺された恨み、虐げられた歴史もあるでしょう。しかし、もしも今日生きるための糧をとりあげられたら、奪いに行くしかないのは自明です。飢えさせれば、言うことを聞くだろう、というのは持てるものの傲慢でしかありません。相手を困らせることが交渉の方法だとあなた方が思っているなら、それは間違いです。国家はひとりの人間とは違う考え方をします。飢えたからといって誇りを捨ててまで妥協することはまずありません。逆に持てる力をすべて使ってでも、奪いに行こうとするのです」
議場内が一気に緊張してくるのがわかる。いままで誰も触れなかった今回の戦争の原因について、おれが話し出したからだ。だが、おれの言いたいことはこの先にあった。
「つぎに、いずれ戦争はおこせなくなる。そのことを申し上げます。先日わが国が開発した原子爆弾は、今までの戦争常識を一新してしまいました。これを最初に開発したわが国の代表として、これだけは言っておきたい。この新兵器によって、世界は変わるのです。たとえば、どこかの国が侵略を行う。国際社会がこれに反発して禁輸を行う。しかし世界が原爆を落としあって戦争をするならば、すなわち互いが破滅することになる。つまるところ、禁輸そのものが互いの破滅を招くことになります。また、飢えたがわも簡単には武力行使できなくなります。なぜなら破滅と飢えをくらべれば、破滅の方がおそろしいからです。いくら飢えを解消したくても、破滅するとわかっていれば、簡単に手は出せない。そうなればぎりぎりの交渉によって、問題を打開するしかなくなる。つまり、国際社会は、戦争によって紛争を解決する機会を、この先、永遠に失うことになるのです。このことを、よく覚えておいてください」
彼らが黙って聞いているのを、おれはじっと見つめていた。きっとこの議場にいるだれもが、おれたちの配信した原爆のキノコ雲の映像を、思いえがいているにちがいなかった。
「むろん、これは今すぐじゃあない。ヨーロッパにはまだ戦争があり、ナチスがいる。これにはわが大日本帝国も及ばずながら尽力しましょう。しかしいずれ戦争が終結したとき、その先はもう戦争はおこせない。だから……簡単にケンカをうっちゃあいけませんぜ」
いましか言えない啖呵を、おれは切りまくってやった。いま、これを言っておかねば、こいつらはまた日本と戦争をしたくなるかもしれない。そうはさせたくなかった。
「最後に、これからの世界はおれたちのようないくつかの国がリーダーシップを発揮して経済をリードしていくのが一番いいと思いますね。エネルギー、食糧、宗教、イデオロギー。問題はたくさんあるけど、なんとか連盟みたいな奇妙な多数決より、常任理事国をつくって世界をより良くする方へ導くことをおれは提案します。それぞれの国家はふるさととして文化と個性を尊重されつつ、いくつかの国が手をにぎって諸国連合をつくるのが、理想の世界になるでしょう。地には平和、人には愛を、です……」
こうして、第一回目のアジア連盟発起人会議は、ようやく終了したのだった。
帰り際、ずっとしぶい顔をしている英国代表のアンソニー・イーデン大英帝国連邦大臣におれは言った。
「ねえイーデンさん。陰謀や術策もいいが、そんなものはいつかはバレる。それよりもこれからは、世界のリーダーとして、お互い責任をもって仲良くやりましょうや」
南雲の考える世界の在り方。それが今回のテーマです。文字が多いのでできるだけ読みやすいようにひらがなを多用してみました。次回、どう考えても、たぶん、終了




