新たなる時代
●71 新たなる時代
大本営からの命令……?
そうを聞くと、東條首相や杉山元、山縣の馬面まで頭に浮かんで、悪い予感しかしない。
「なんすか、命令って……?」
おそるおそる尋ねる。
永野総長と嶋田大臣が顔を見合わせ、永野さんがどうぞ、とばかりにうながした。なにやら正式な伝達ぽいから、きっと大臣に譲ったんだろう。
嶋田大臣が笑顔のまま、おれを見すえて口を開く。
「実は、アジア連盟の発起人会議が国連本部のあるスイスのジュネーヴで開催されることになった。ついては君に出席を命ずる。これは、お上御一人たっての希望である」
「ス、スイスぅ……?」
あまりのことに呆然とする。
「お、お言葉ですが、それって外交官の仕事じゃ……?」
尻すぼみに声が小さくなる。
「陛下の……」と、嶋田大臣。
「たっての」と、山本さん。
「ご希望である!」
最後にそう永野総長にとどめを刺され、おれはますます目がうつろになった。
ああ、陛下がからんでいたので、大本営の命令という表現を使ってたのか……。
「はあ……」
南雲ッちの本能としちゃ、おれも陛下という言葉には弱い。
「よし、決まりだ」
山本さんがおれの肩をばし、と叩いた。
嶋田大臣がちょっと居ずまいをただした。
「君も知っての通り、現在の欧州はドイツをめぐる戦争のまっ最中だ。だが、その日ばかりは停戦提案がなされ、わが国を通じてドイツ、イタリアにも申し入れが行われる。スイスはなんといってもイタリアの北、ドイツの南、オーストリアの西、そしてフランスの東にある国家だからな。だが永世中立国であるし、山に囲まれ軍備もしっかりしている。そう簡単に他国の侵入を許すものではない。国際連盟への復帰も考えるなら、絶好の地といえるじゃろう。もちろん、イギリスのアンソニー・イーデン大英帝国連邦大臣も来るし、米国からはダグラス・マッカーサーが出席する」
嶋田大臣がすらすらと暗じた。さすがに頭はいいらしい。
「へえ……」
一方、おれはあまりのことに、頭がうまく回らない。
なんとなく大臣がヨーロッパ戦線を他人事っぽく言うのに違和感を覚えたり、ああそうか、フランスはこの時期ドイツに降伏してるんだな、だから呼ばれないんだな、と納得したり、じゃあそのドイツはなぜ来ないのかな、と考えたりしていた。
……ん、待てよ?
いま、マッカーサーと言わなかったか?
「マッカーサーですか?」
「ああそうだ。あれはもともとフィリピンの総司令官だからな、君ともいろいろあったが……顔を合わせにくいかね?」
マッカーサーとは、トラック島で会って以来だ。
そもそもはおれが命じて捕獲したのを、トラック島で奪還されてしまった。その直前には直接対談もしたし、原爆のことを力説もした。なつかしいような、バツが悪いような、そんな気がした。
「まあ、昨日の敵は、……てやつですね」
昨日の敵は今日の友。古い言い回しだ。
「それに、今後君の扱いは海軍ではなく、大本営直属になるかもしれんのだ。今回のはそういう意図もあると思ってくれ」
嶋田大臣の言葉に、軽くため息を吐く。
「誰が管理しようとおれはおれですよ。それに……」
どうせこの戦争が終わったら……と、続けようとして山本さんに邪魔される。
「それでこそ南雲くんだ!」
ばしばし!
山もっちゃん、なんか、いじめっ子みたいですぜ?
「……あ、そういえば、さっきおれに逢わせたい人間がいるとか……」
おれがふと思い出して聞くと、三人はぱっと顔を輝かせた。
「ああ、そうだった! 隣の部屋で待ってもらってるんだよ」
おい、と永野総長が書記の者に目くばせをすると、その若者はハッと応えて立ち上がる。
やがて、ノックとともに案内されて入ってきたのは……。
「お父さん……いや、南雲中将、おかえりなさい!」
そこにはいつもの白の軍装を身に着けた、息子の進が満面の笑みで立っていた。
「おー進じゃん! ……あ、それに、佐伯のお嬢さんも!」
隣には、上品な着物に身を包んだ、佐伯翁のお嬢さん、四海さんが控えめに佇んでいた。
「お父様、お帰りなさいませ」
深々とおじぎをする。
「お、お父様って……ああっ!?」
「はい。戦時中のことゆえ、朝鮮に行く前に簡単に祝言をあげました。……お忘れですか?」
そう言われて、おれは思いだす。たしかにそんな手紙をもらってたっけ。
「い、いや、覚えてるよ。覚えてるとも! 忘れるわけないじゃないか、は、ははは」
おれは立ち上がり、頭を搔く。
つられて三人の偉いさんも立ち上がった。
「いやあ、四海さん、息子をよろしくね。……おい、それより、進、ウラニウムの抽出はよくやったな!……おお! なんかがっしりして、体躯も立派になったぞ!」
「いやはや」
永野総長がため息を吐く。
「南雲君は軍人としては優秀だが、父親としては落第だねえ」
「落第すか!」
「おほん!言っておくが、俺が仲人なんだぞ」
「はいはい山本さん、披露宴はたのみますよ」
「おおいいとも! 盛大にやろう!」
「あ、そういや南雲君の殊勲と昇格の話がまだだったな」
「あ、確かに」
「おことわりします!なんですかドサクサにまぎれて」
「いや、つい忘れて……」
「大臣、機密事項です」
「でもまあ、めでたい話なんだから……」
「おことわりですって」
全員が立ったまま叫びあう変な空気になった。
「お父さん、実は四海のお腹に」
「なにい?!」
「男の子なら五一、女の子なら五海」
「南雲くん、南雲くん!」
「嫌ですっ」
なんだよ、この感じ。
めちゃくちゃじゃないか。
でも、まあ……なんか。
平和って、いいもんだな……。
さて、南雲ッちの物語もそろそろ終わりが近づいてまいりました。最後のアジア連盟発起人会議まであと少し、お目汚しをお許しくださいませ。




