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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第六章 原子爆弾編
302/309

原爆実験成功す

●67 原爆実験成功す


 昭和十七年九月十一日。


 ついに、人類史上初の、原子爆弾投下実験が開始された。


 高度一万メートル上空の富嶽より投下された模擬爆弾は、風の影響で模擬艦隊の中心にある米空母エンタープライズの約一マイル南西の海に落下した。それはただちに富嶽に知らされ、風速から逆算した投下ポイントの修正が指示される。


 そして、まもなく午後三時になる。




 富嶽の機内では、縦列後部の爆弾槽を開け、兵士たちが投下準備のための配置についていた。


 操縦席ではすでに修正された投下ポイントに向けて、一定速度の飛行をはじめている。一万メートルというのは、海面に浮かぶ艦隊がほぼ小さなゴミくらいにしか見えない高度だ。もっと低い高度から投下すれば楽にすむのだが、この高さから目標地点に投下せしめる技術試験をも、この実験はかねている。


「富嶽、投下地点まであと五分。飛行観察隊は注意。原爆投下五分前」


 基地や各隊に無線を送る航空士の声に、淵田が館内マイクを持ち上げる。広い富嶽の内部では、プロペラやジェットの騒音もあって肉声は伝わりにくい。機内には放送設備が完備されていた。


「第二爆弾槽の投下安全装置を外せ」


 淵田の声を聞いた兵士たちが、四名態勢でラッチを解く。正確には左右両側から二名が解き、もう二名がその点検をする、という念の入れようだった。


「安全装置解除、よし」


 淵田は雲の切れぎれに届く太陽の光に目をすがめる。


「現在高度八千メートル。投下準備よし」

「投下準備よし」

「全員防護メガネを装着せよ」


 ガスマスクは酸素マスクをつけているため必要ない。隊長の淵田をはじめ、搭乗員たちが濃い色のメガネを着用する。


「富嶽、原爆投下まであと一分。各隊は防護メガネとガスマスクをつけよ。秒読みを始める」


 となりで上嶋が無線で各隊に指示を送る。


 もう下を見る余裕はない。ただひたすら、投下地点にむけてまっすぐ飛行しなければならない。


 淵田が投下レバーに手をかける。これほど大勢の乗員による共同作業になっても、最後の投下は淵田自身がやらなくてはいけない。


「五十秒……」


 航空士の声が機内に響く。外では噴進機関の甲高い噴射音と、プロペラの重い風切り音が聞こえている。空は明るく、ときおり通り過ぎる雲海がその時だけ視界を遮る。


「四十秒……」


 どっという音がして、気圧の変化を感じる。ぐらりと機体が傾くのを、淵田は慎重に操縦かんを操作して復元する。


「三十秒……」


 今ので少し左へずれたか? ここでの数メートルが、下界では数百メートルにもなってしまう。針路を勘で少しだけ右へと修正する。


 さっきの模擬爆弾では風により思いのほかずれてしまった。その修正はやったものの、やはり一万メートルという高高度からの投下は並大抵の技ではない。敵艦隊やアメリカ本土軍事施設へ爆撃するときは、もっと低高度でやるべきだ、と進言しよう。


「二十秒……」


 ここから計画通り上昇していく。めざすは高度一万メートルだ。


「富嶽、原爆投下のため高度一万に上昇中。各隊は待機せよ」


「十秒、九、八、七……」


 水平飛行に入る。機体を安定させ、操縦かんをまっすぐに持つ。


「五、四、三、二、投下!」


 がっと投下レバーを押す。


 がくん!という大きな揺れを感じる。さっきの模擬弾の時と同じだ。巨大な質量が消え、機体がぐっと持ち上がる。


「投下、投下、投下!」


 航空士が叫んでいる。ぐっと機首を持ち上げ、大きくターンさせる。機体がバンクし、ジェット音が高くなる。



◇◆◇



 板谷は永遠にも思える長い沈黙を数えていた。


「投下、投下、投下……」


 そう告げられても、海上にはなんの変化もない。原爆が海上一キロほどの空中に達するまで、一分ほどの時間がかかるはずだった。だが、未知の爆発は実際にこの目にするまで、どんなものか知る由もない。もしかしたら、二十マイルも離れたこの空域では、なにも見えないのではないか、そういぶかしんだ。


 大きな旋回曲線を描いて、飛行観察隊は模擬艦隊の周囲を飛んでいる。高度は三千である。板谷自身も、後席の兵も、僚機の搭乗員も、みんな防護メガネとガスマスクを装着している。わずかな爆発なら、みすごしてしまうかもしれない。撮影班はちゃんとフィルムを回しているんだろうか。こんなに静かで、なにを撮影しろというのか……?


 ピカッ!


 なにかが光った!


 その方向に目をやる。そして、淵田は見た。


 突然轟々と雲が立ち上がり始めた。


 積乱雲に似ているが、今までに見たこともない速さと、大きさの雲だ。ぐんぐんと盛り上がる。


(おおお!)


 海面を灼熱に滾らせ、どんな自然現象でも不可能なほどの水蒸気を生んだ爆発は、想像だにしていなかった高度にまで垂直に上がっていく。やがて恐ろしい速さでキノコのような傘をひろげはじめる。


 もはや見あげるまでになったその雲は、おそらく一万メートルにも達しているだろうか。なんと恐ろしい! なんだあれは?あんなものが、人間の手によって作られたというのか?!


 まだ傘は大きくなる。白から黄色、ピンク色に色を変え、空中に広がり続けている。あたかも板谷たちの観察隊を、すっぽり傘の下に収めてしまいそうな、そんな気さえした。


 板谷はその時になって、放射能のことを思い出した。人体に危険と言われるほどの放射能を、あの雲は周囲に撒き散らしているはずだ。


「飛行観察隊、風上を維持しろ。各隊はガイガー計数管を測れ」


 しばらくして無線が入る。


『宇宙線反応以外はありません』

「こちらも同じ」


 よかった! これだけの距離をとっておいてよかった。あの中にまきこまれていたら、きっと無事ではすまなかったろう。


 だが、富嶽は……?


 板谷はふと富嶽のことを思い出す。


 富嶽は高度一万で投下したのではなかったか?


 だとすると、この異常ともいえる爆発雲の、ちょうどあの傘の中にいるのではないか?


 風上を旋回しながら、やや上昇してみる。雲の行方を撮影するためでもあるが、富嶽の姿を見て安心したかった。模擬爆弾投下のときに見た、あの巨大で勇猛な姿を、もういちどこの目で見て、無事を確かめたかった。


 だが、その目的は別の方法で達せられた。


『富嶽……れより……定通……飛行して帰投……』


 淵田美津雄の声が、無線からとぎれとぎれに聞こえてきた。


 大丈夫だ。放射能が無線を妨害しているんだ。飛行前の訓示で言っていたじゃないか。原爆が爆発したら、しばらくは無線が使えないかもしれないと……。


 板谷はそうわかっていながらも、マイクを口にあてがう。


「富嶽、無事か。富嶽、無事か」


 返答はすぐに帰って来た。


『富嶽無事、富嶽無事、富嶽無事』


 ようやく息を吐いた板谷は、いまや成層圏へと上昇を続けている褐色のキノコ雲を見あげた。


 上じゃない。俺たちは下に用がある。


 板谷は自分たちの務めを果たすべく、操縦かんを下へと向ける。さあ、これからが俺たちの本番だ。模擬艦隊がどうなったのか、できるかぎりの低空で、観察と記録をするんだ。


 煙を吐いて炎上している船たちが見えてくるころになって、板谷はようやく防護メガネを外した。

原爆実験は無事成功いたしました。その威力は?そしてそのころ南雲ッちは? ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 執筆お疲れ様です! 遂にここまで来たんだなぁ…(シミジミ)
[良い点] 投下実験成功セリ!!ですね。 ビキニ実験を参照すると巡洋艦以上は数日は持ったみたいです。 出来ればあと一発欲しいですな。(;^ω^) あ、自分が見た零戦と秋水のHP残ってました。 良かっ…
[気になる点] 『「全員防護メガネを装着せよ」  ガスマスクは酸素を吸っているため必要ない。隊長の淵田をはじめ、搭乗員たちが濃い色のメガネを着用する。』  ↑高高度を飛行しているため、富嶽の搭乗員達…
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