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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第六章 原子爆弾編
301/309

富嶽あらわる!

ついに300話を超えました。これもすべて読者のみなさまのおかげです。

●66 富嶽あらわる!


 天山の操縦席から見えたのは、好天気に恵まれた大海原だった。


 各部の点検と調整を終えた板谷茂は、天山のエンジンをスタートさせた。


 バババっとカウルから激しい炎が噴きだす。


 ……うん、順調だ。


「隊長、いい天気ですねえ」


 若い後席の兵士が、周囲の空を見回して言った。


「ああ、いい実験日和だ」


 ここのところ、命がけの海戦が多かった。今日はその緊張が久しぶりに消えている。板谷はすがすがしい気分になった。


 この日、俺が見る光景はいったいどんなものだろうと、板谷は暖かい太陽を浴びながら思った。


 高角砲ですら届かない高高度を飛び、アメリカ本土を爆撃して引き返すことのできる爆撃機。そして原子爆弾と言う、かつてない破壊力を持った新型爆弾。きっとそれは、一生忘れられない景色だろう。


 原子爆弾については、板谷ら現場の兵士にはほとんどなにも知らされていなかった。


 四十隻を超える実験艦隊を一瞬にして舞い上がらせるのだろうか。それとも、一部の兵士が言うように、アメリカの西海岸にまで到達する巨大な津波を生むのだろうか。いや、もしかすると、太平洋そのものを蒸発させてしまうような、おそろしい災厄を招くかもしれない。


 ただひたすら正々堂々と戦い、打ち克ってきた板谷にとって、それはもはや想像の域を超えていた。


『飛行観察隊、準備はいいか』


 無線に指令室からの問いが入る。ふつうは行われない特殊な問いだ。


「おい後席、忘れ物はないか」


「はい。写真機、保護メガネ、ガイガー計数管、ガスマスク、すべて準備よし!」


 後席の兵が無線で返してくる。


 原爆が爆発する直前、保護メガネやガスマスクは、全員が装着しなければいけないことになっている。特に目は、しっかり保護しないと当分見えなくなる、と言われていた。


「水はもったか」


「はい、あります」


「よし!」


 後席でちゃぷちゃぷと水筒を鳴らす音がした。もっとも、爆発したあとは、どんなものでも口に入れてはいけないと、厳命されていた。


 キャノピーから周囲を確認する。水兵が車輪止めを外し、走り去っていく。スロットルを押し、回転数を上げていく。


「油圧、排気温よし!……よし、行こう」


「はッ!」


 磁気コンパスを合わせる。座席を上げ、最後にもういちど周囲を確認する。


 椅子を降ろし、キャノピーを閉じる。


 ブレーキをしっかり踏み込み、スロットルを全開にする。


 プロペラが全速で回転を始め、機体は前へ軋み、浮き上がる。


「観察隊、発艦するッ」


 さあ前へ!


 真っ白い蒸気の流れる艦の先端へと走り出す。


 群青色の大海原が迫り、火星二五型の強力なエンジン駆動に天山がふわりと浮く。


 板谷機は見事な離艦姿勢で、軽々と空へ駆けのぼっていった……。



◇◆◇



 あと十五分で午後二時というころになって、おれは空母赤城の艦橋から飛行甲板に出る。


 ガイガーカウンターの置かれた木机が左手にあり、兵士たちが点検にいそしんでいる。


 飛行観察隊の帰って来た時に被曝検査をするためのものらしい。中にはやりすぎという声もあったが、現代の知識を持つおれからすると、ごく当たり前に思えた。


(あいつら、近寄りすぎて爆発に巻き込まれるんじゃないだろうな……)


 しっかり注意はしてあるけど、現場の連中がつい接近しすぎてしまうかもしれない。今日使用されるのは、ヒロシマとほぼ同じか、それよりも大きめのウラン型爆弾のはずだ。なにがおこるかは、発案者のおれにもわからない。


「よお! 南雲くん、こっちだ」


 十メートルほど離れた場所から、椅子に腰をおろした山本さんが手招きをしていた。


 九月と言ってもまだ暑い南洋の空母甲板に、なんと白の詰襟の正装をして、帯剣をついて偉そうにしている。たぶんあの特等席で、新兵器の実験を見物する気なんだろう。


「正装っすか?」


 おれは膝上しかない短パンの防暑服だ。


「うん、記念撮影しようと思ってな」


 横合いからカメラマンがひょいと顔を出した。


「記録係であります!」


 ははあ、いい気なもんだとおれは笑った。


 そのとき、近くにいたセーラー服の兵士がぴくりとして、背中の風防を急いで立てた。上空を仰いで集音の姿勢をとる。


「……エンジン音が聞こえます!」


 おれは耳を澄ませるが、なにも聞こえない。


 もしかして南雲おれッち、もう可聴域が狭くなったのか? 神経を集中してさらに耳を澄ませる。


 ……。


 ……わずかに聞こえるキ――ンという音。そして地響きのような爆音。


「ジェットだ! 富嶽ですね」


 腕時計を見ながら言うおれに、山本さんがうなずく。


「来たか!」


 レーダーの反応通りの時間だ。甲板にいるみんなが空を見上げる。やがて、北東を向く赤城の右舷に、巨大な六発の航空機が姿を現した。低い! 高度は五百ほどか?


 いや、違う。

 でかすぎるんだ!


「おおおおおお!」


 はじめは遠かった巨大な飛行機が、ぐんぐん近づいて赤城の真上を通る。


 それは銀色に輝いていた。


 先端が細くとがり、翼が長い。まるで現代の旅客機みたいだ。たとえばおれの知るB29は翼が後ろについてるが、こいつは中央よりずいぶん前にある。そのぶん精悍な印象で、かっこいい。左右の羽にはそれぞれ三発のエンジンがあって、胴側の二発は、あきらかにジェットエンジンだ。


 ごおおっと言う音を響かせて、おれたちの頭上を通り過ぎる。


「ひええええええ!」

「でっかいなああ!」


 ふだんいろんな飛行機を見慣れているからこそ、おれたちは度肝を抜かれた。現代の航空機を見ているおれですらそうなのだから、きっと山本さんや兵士たちは相当な衝撃を受けているだろう。


「全長四十五メートル、全幅六十五メートルですよ……」


 おれが叫ぶと、しばらく手をかざして見送っていた山本さんが、ぽつりと言った。


「戦争は……終わるな」


 富嶽はゆっくりと針路を北に変え、ビキニ環礁へと消えていった。

富嶽の雄姿であります。2+4のエンジンって、かなり実用的だと思うのです。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] B52がモデルですね。>富嶽 やはり100年使える飛行機になるのかしら?? B52も既に三世代であと50年は飛びそうです。
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