世界初の空母vs空母
●30 世界初の空母対空母
艦橋の監視員が双眼鏡をはずして叫んだ。
「三時方向に新たな敵機!」
「来たか!」
遠い上空に、小さな機影が見えたかと思うと、あっと言うまに近づいてくる。ついに敵の爆撃機と雷撃機編隊が姿を現したのだ。
(いま、おれたちとレキシントンは世界初の、空母対空母の決戦をはじめようとしている……)
だが、感慨にふけっているヒマはなかった。
「味方攻撃隊、レキシントンと接触!」
小野がレーダーの坂上から通信を受ける。
「おまえらふんばれ!ここからは耐えたほうが勝ちのこる!攻撃機の数は!?」
「約…二十!」
「よしっ!」
おれはガッツポーズをする。
ここにいる制空部隊二十と合わせて敵は四十機だ。
これなら三十八機のゼロ戦でなんとかなる。
あとは追加の攻撃隊が来るかどうかだけど……。
レキシントンは、たしか七十八機の搭載能力。となれば残りは三十八機。
今のところ、それが発艦できたのか、それともこちらの攻撃でレキシントンを墓場にしたのかはわからない。
しかし、ここに二十機しかいないということは、おれたちの先制攻撃が功を奏した可能性が高いのだ。
「長官、あの作戦がうまくいったようすですね!」
衝撃に耐えるために両手を計器机につきながら、草鹿がおれに笑いかけた。
話は昨夜にもどる。
「レキシントンには、九九式艦爆と九七艦攻あわせて五十機を向かわせてほしい。もちろんレーダー索敵による先制攻撃だ」
「それはいいですが、制空なしで、でっか?」
源田が首をかしげる。
「敵の空域に味方戦闘機がいなければ、重い攻撃機はすぐに背後をとられて撃ち落とされまっせ」
「わかってるけど、でも仕方ないんだよ」
おれは肩をすくめた。
「敵を攻撃しようとすれば、索敵機に見つかって向こうの攻撃機もこっちにやってくる。そうなると虎の子のゼロ戦三十八機は、こちらの制空に使いたい。なぜなら赤城、加賀、蒼龍、飛龍、四隻の空母を危険にはさらせないからな」
「しかし……」
「レキシントンをやっつけても、こっちが四隻やられたら作戦は失敗だ。各個撃破どころか、そこで終了だぞ」
「……」
「だが、レキシントンでの制空をしないってわけじゃない。五十機の内、爆弾や水雷を搭載しているのは二十機でいい。残りは爆弾や水雷の重い荷物なしで、制空を担当するんだ」
「そ、それは……」
みんなが一斉におれを見る。
「どうせ二十分しか戦闘できない。となれば攻撃機は少なくてもいいわけだろ」
「しかし……ゼロでなくて、戦えますかの?」
ここまで、ゼロ戦の交戦能力は圧倒的だった。速く、しかも回転性能も高い。すぐに敵の背後をとり、二十ミリ機関銃も強力で、敵は瞬時に破壊された。
「九九や九七でも、軽ければある程度制空に参加できる。敵のF4Fは最高速五百キロ、こっちは三百六十ほどだから速さはかなわないけど、あいつは重量が重いんだ。九九や九七とほぼ同じ」
「ほう。それであんなにのろいのか」
「同じ重量で速度が速いと回転半径は長くなる。その分結果は同じ時間で回転することになる」
おれはかたわらに置いた黒板に二つの円を描いてみせた。
「こちらの機体は軽く、しかも操縦性能が高い。操縦かんの反応がいいから、操縦士の操作から素早く転回や進路変更するんだ。おまけに操縦士の練度はおそろしく高い。みんな三年五年練習を積んできている連中だ」
感嘆の声なき声が沸きおこる。
「作戦はこうだ。特殊潜航艇による囮作戦で潜水艦隊が雷撃。次に重荷のない三十機が、敵のワイルドキャットF4Fをおびき出す。さらにそのすきを見て、残りの二十機がレキシントンを攻撃するんだ……ただし」
おれは海軍支給の腕時計を示した。
「すべてを二十分でやりとげろ」
空母赤城では、残り少ない弾を使って、必死の迎撃が行われていた。
「高角砲射程四千……てっ!」
ドンドンドンドンドン!
ドンドンドンドンドン!
ドンドンドンドンドン!
艦橋からは、一キロほどの間隔で戦艦比叡や、駆逐艦らが展開し、飛来する戦闘機への、間断ない対空攻撃が続けられているのが見える。
「十時に水雷っ!」
「機銃てっ!」
左舷の二十五ミリ連装機銃が一斉に火を噴く。
三機のTBDデバステーターが、あきらかに赤城を狙って低空飛行に入っている。機銃掃射が先頭の一機を正面から捉え、破壊する。
ドバーーーーッ!
だが残りの二機が水雷を発射した。離脱ぎわに機銃掃射を浴びるが、そのまま旋回する。
「来るぞ!」
「避けろ!」
「主舵全速」
艦長の長谷川だ。
「主舵全速~っ!」
みんな、必死の形相でそれぞれの担当空域を監視している。
上を見ていたものが、叫んだ。
「二時上空に爆撃機っ!」
「なにっ!」
水雷が迫りくる中、ドーントレスが一機高度三千ほどにも上昇し、その後急降下爆撃をしかけてきた。
「かわせ~~~っ!」
板谷は腕時計を見ていた。
「あと十分だ……」
眼下では、夢にまで見た巨大な敵、空母レキシントン艦隊が、まとわりつく九九艦爆、九七艦攻相手に、必死の攻防を展開していた。
初手は、今和泉喜次郎大佐ひきいる三隻の潜水艦隊の上部甲板から切り離された合計五隻の特殊潜航艇だった。
ひそかに接近していた帝国海軍潜水艦隊は、ミッドウェー方面へと慎重に航行するこの艦隊の真正面にひょっこり現れ、奇怪な小型艦を距離六百の間隔で五艇、切り離して消えてしまった。
その異様な光景は、疑心暗鬼の米艦隊に、意外なほどの効果をもたらした。
安全を確認するまでは、動けなくなってしまったのだ。
「なんだねあれは?」
艦隊のフレデリック・C・シャーマン、レキシントン艦長は、双眼鏡をのぞきながら傍らにいる副官へ尋ねた。
「……一見、魚雷のようにも見えますが」
副長も双眼鏡を見ている。シャーマン艦長は首を振った。
「いや、大きさからしてあきらかに小型潜水艦のものだろう。潜望鏡やその船橋のようなものも見える。では、なぜじっとこちらをうかがっているだけなのか」
「駆逐艦にようすを見に行かせましょう」
「自爆艦かもしれん、注意しろ。二隻を左右に分けて後ろにまわりこませ、距離をとれ。けして機先上に位置するな」
「アイアイサー!」
すぐに命令を受けて、二隻の駆逐艦が特殊潜水艇の背後に回りこむように展開する。レキシントンと重巡洋艦も動きを停止せざるを得なかった。
その瞬間、味方の索敵機から敵機襲来の報が入ったのだ。
「索敵機より入電、敵機襲来です!距離約二十マイル」
シャーマンは一瞬迷った。
駆逐艦がまだ海域の安全を確認できていない。
しかし数分のうちには敵の攻撃機がやってくる。
とにかく一刻も早く、そして一機でも多く、戦闘機を離陸させる必要があった。
「駆逐艦は爆雷の投下!われわれは動くな」
「イエッサー」
「全戦闘機と第一次攻撃隊発艦せよ。ナグモが近くにいるんだ。絶対に無傷で返すな!」
「アイアイサー!」
副官が無線で命令を伝える。
そこに他の兵士が飛びこんで来た。
「魚雷接近!四時と八時」
「なっなにっ?!」
「かわせ!全身全速!」
エンジンが轟音をあげてフル回転する。
副官があわててベランダに出る。
船体が加速で揺れる。
後方から、酸素魚雷特有の、わずかな軌跡を描いて二本の魚雷が近づいてくる。
ふと右舷を見ると、となりを並走している戦艦にも、1本の魚雷が近づいていた。
「し、しまった!」
「うおおおおお!」
ドーーーーーーン!
ドーーーーン!
ほぼ同時に、戦艦とレキシントンに魚雷が命中したのだった。
その衝撃で二機の戦闘機がプロペラを回したまま、甲板を落ちそうになるほどすべる。
副官は飛ばされそうになるのを、なんとか手摺でこらえた。
もうもうとした黒煙があがる。だが、まだ甲板は無事だ。
乗組員が、必死の作業で戦闘機たちの離陸を遂行させている。
副官はよろめきながら、司令塔にもどった。
「副官、発艦をいそげ!艦攻が来たら、おしまいだぞ!」
シャーマン艦長がきびしい目で副官を見る。
「来ました」




