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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第六章 原子爆弾編
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総員、退去せよ!

●59 総員、退去せよ!


 高橋は獲物を探した。


 駆逐艦から発射された高角砲の爆煙が風に流れ、その下では炎上した艦船の火が、海面をオレンジ色に浮かび上がらせていた。


 ゆっくり旋回しながら周囲を観察する。六隻の艦隊のうち、いちばん南に位置する空母は、まだ被弾していないようだった。高橋はマイクが内蔵されたマスクに手をやる。


「高橋隊から攻撃隊へ。目標、最南端の空母。当機が一度偵察するゆえ、攻撃隊は待機されたし」


 僚機の準備が整うのを待ち、翼を一振りして徐々に高度を下げていく。高角砲が空母から発射される。


 バッバババッ!


 高橋機の周囲にあたらしい爆裂煙が浮かぶ。


 榴弾の細かい破片が、音を立てて機を掠めていく。やはり連中の高角砲にも近接信管が搭載されているのだ。このままでは危ない。


 そのときになって高橋はふところの茶付を思い出した。そういえば、この海域にはいくつもの銀テープがヒラヒラと舞っている。きっと友軍機が撒いたものだろう。効果のほどはわからないが、それをやることで少しでも近接信管の電波を妨害できるなら、やってみる価値はある。


 懐から三つのテープをとりだして、端を口で切る。準備ができてからキャノピーを開いた。ごおっと風が操縦席に舞いこんだ。マイクを口にあてがう。


「これより茶付を投下する。高橋隊は旋回して茶付を落とせ」


 いったん高度を四千まで螺旋であがり、空母の前方に回り込むと茶付をおもいきり放り投げた。空中に踊ったテープは、すぐに風にほどかれて長い一本の銀の帯となり、ひらひらとゆっくり降下していく。そのまま、三本すべてのテープを放った。


(ふーむ、あれの降下にあわせて突撃すればいいんじゃな?)


 高橋は夜目にも煌めく、そのテープを見て、ひとり合点した。


 僚機のものと合わせて、十本以上の帯がちょうど空母の真上に降下していく。


(頃合い良さげじゃ!)


 ぐいっとスロットルを押しこみ、出力を上げる。プロペラ音が高鳴り、空母へと向かう。


 徐々に海面が迫ってくる。高橋は無線で合図を送った。


「高橋隊、これより攻撃を開始する。攻撃隊は全機突撃せよ!」


 水平飛行に移る。目標の空母を目指し、駆逐艦を横ぎる。


 駆逐艦からの機銃弾が光の矢となって飛んでくる。落ち着いてまっすぐ機体を維持する。


 目の前に、海面から立ち上がる空母甲板が見える。操縦かんをぐっと引き起こし、照準を空母側面の機銃座に合わせる。


 機銃レバーを押す。


 ガガガガガガガ!


 機銃座を左に横転して薙ぎ払う。


 そのまま今度は腹を見せ、飛行甲板上空で宙返りする。


 目の端に、上空から飛来する彗星艦爆が見える。その機体とすれ違い、ひねりこんで方向を変えると、全速力であとを追う。


 海上では数機の天山が雷撃態勢に入っているのが見える。すぱっと水雷を投下すると、天山隊はバンクして上昇していく。


 高空から彗星が迫ると、空母の機銃座からふたたび無数の曳光弾が飛来する。だが方向も速度も変えず、その艦爆は角度六十度ほどを保って急降下しつづけている。


 高橋はこれ以上の急降下に耐えられず、速度を落として、機体の安定を待つ。さきほどとは反対側の機銃座に狙いを定めていく。


 ドガガガガガガガガガ!

 血しぶきがあがる。


 兵士がのけぞり、機銃座が沈黙する。そのまま直進しては爆撃される飛行甲板を通過してしまう。高橋は横転して右上空へと避難した。


 バンクして旋回し、空母を確認する。腹を開いた三機の彗星が、まさに至近距離で五百キロ爆弾を投下するところだった。


 シュッと切り離した爆弾が、どんぴしゃの狙いで甲板に落ちる。


 ドオオオオオオン!

 ドオオオオオオン!


 二発が命中し、大きな火柱と巨大な黒煙がつづけざまに吹き上がる。


 高速で水平にもどした彗星が、液冷エンジンを収納したスマートなカウルを上空へと向けたとき、高橋は無線で声を送った。


「こちら高橋、艦爆おみごとだの!」


『……隊長、こっちもですよ』

「どした?」


 その声に思わず聞き返す。


『見てください、水雷が行きます』


 バンクして下を見る。


 操船で回避をしている敵空母の先に、その針路を見越したような水雷の軌跡が三本、延びていた。


 そのうちの二本が交差し間隔を開けていくのに対し、残る一本は少し遅れて空母へとまっすぐ伸びていく。


「おおっ!」


 水雷が空母の下へと隠れた刹那、水柱が盛大にあがった。


 ドオオオオオオオオン!


 鉄を叩くような轟音が遅れて聞こえてくる。煙が上がり、大きく傾いた甲板から、敵の戦闘機がごろごろと落ちるのが見えた。


「天山もお見事じゃ!」


 一度の連携攻撃で、二発の爆撃と一発の水雷を敵空母に直撃させた、瞠目の戦果だった。




 強烈な衝撃がつづけざまに襲う。


 激しく揺さぶられる空母カサブランカの司令塔に、ハルゼーとその副官ギャラウェイの姿があった。床に伏せ、呻きながらが蠢く老提督に、ギャラウェイは必死に手をのばす。


 窓はすでに敵戦闘機からの攻撃で風穴があき、室内には煙と燃えるオイルの匂いが充満している。


「提督、今度は右舷前方に魚雷が被弾しました!」


「むう……」


 ハルゼーがようやく身体をおこし、落とした帽子を拾い上げる。


「機関は無事かね?」


 絞りだすような声を聞いて、ギャラウェイがふりかえる。若い機関士の顔を見ると、彼は蒼ざめたまま、黙って首を横にふった。


「航行不能です」

「そうか……」


 ハルゼーは立ち上がり、司令塔にいる全員を見た。


 どの顔にも疲労の色が濃い。


 度重なる敗戦は経験の少ない乗員を数多く生んでいた。そしてその若い兵たちは、極度の恐怖におびえ、すっかり意気消沈してしまっている。


 いや、若い兵士たちだけではない。


 ハルゼーも、ギャラウェイも、大日本帝国との戦いと、その結果としての連戦連敗に、信じられぬほど自信を失い、つい一週間前まで横溢していた彼らのヒロイックな高揚感をすっかりそぎ落としてしまっていた。


 老提督は震える脚に力を入れ、なんとか身体を支え口を開く。


「諸君、力を合わせ死力を尽くしたが、この艦は航行不能に陥った。これより旗艦を駆逐艦ニコラスに移し、カサブランカを放棄する」


 ドオオオオオオオン!


 また大きな衝撃があり、船が大きく揺れる。


 機銃や高角砲の発射音はつづいている。


 ハルゼーはそれに負けじと声をはりあげた。


「諸君らはよくやった。幸運を祈る。……総員、退去せよ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] あら、ハルゼーさん生存ルートなのね。まあまだ使いみちがありそうか。でも海軍軍人としては針のむしろでしょうなぁ。ここまで太平洋でフルボッコにされたら史実と違って特に米海軍軍人の日本の船乗りと…
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