クエゼリンの戦い
●54 クエゼリンの戦い
クエゼリン島は、島とはいえ、周囲だけがわずか海抜一メートルほど盛り上がっただけの、いわば環礁島である。
その形はうつぶせになった巨大な三日月といった表現がぴったりだろう。やや持ち上がった左上の先端部と、右下の先端部は距離にして百キロもあった。
おれたちが利用しているのは最南端の一部で、新たなアンテナ塔や燃料補給基地、――といっても、ドラム缶が積み上げられているだけだが――そして原爆観察基地や、将校宿舎もその場所に建設していた。
ここにはもともと、第六根拠地隊司令部があって、兵士と非戦闘員あわせて三千名ほどが常駐していたが、今では原爆実験の関係で五千名ほどにふくれあがっている。彼らの住まいは三日月型の岩礁各地に建てられた掘立小屋のほか、テントが海岸線沿いに多く設営されていた。
武器といえば、旧式の砲台が少しと、あとは駆逐艦からクレーンで降ろした高角砲があるばかりである。しかも、まだ電探が設置されていないため、連動機能はあるもののちゃんとは動いてはくれない。目視で人間が動かさなければならないありさまだった。
それでも、おれはこの島を特別な感慨で注目していた。
なぜならおれの知る世界線では、来年の1943年、この島に五万人を超える米兵と五百隻の艦船、七百機の艦載機が上陸作戦を行い、ほとんど抵抗らしい抵抗もできずに占領されてしまった、という史実があったからだ。
つまり、おれはこの地がソロモン諸島とともに、アメリカ反撃の要害であると考えていた。早急に強武装化するとともに、原爆実験ののちには、空母艦隊を残して守備させるほか、あらゆる防衛設備を備えた要塞島として機能させるつもりでいた……。
敵の襲来を幸運にも事前に察知することができたおれは、三つの空母で補給を終えた戦闘機を、すべて島の上空に集結させた。現在はまだ十機ほどだが、徐々に増えてくるはずだ。
島にいるものたちは、できるだけ内火艇で駆逐艦に収容をいそがせた。ただし数千名もの人間をすべて収容するのは無理なので、一部の重要な民間人と、工員らに限らせる。ドイツやソ連の兵たちはそれぞれが自分たちの潜水艦に乗船していたため、避難させる必要はなかった。
そして午後二十時、ついに戦いの火蓋が切られた。
「電探に反応ッ」
「方位南南東、距離八十、高度六千、数五十!」
情報管理室からの報告を聞き、おれは参謀たちを集合させた。
「大石」
「はッ!」
「この艦に二人の司令官がいるのは危険だ。山本長官にはすぐ第八駆逐隊の荒潮で北の空母加賀に向かってもらえ」
ここまで来て、自分の命は惜しくはないが、あとの混乱を考えると、二人の指揮官を一度に失うリスクは避けたい。
「それから赤城艦隊は灯火管制のまま全速で南下する!離着艦も禁止だ。しばらくはあとの三艦隊で補給をまかなえ」
「諒解いたしましたッ!」
「小野!」
「はいッ」
「クエゼリン島には全島灯火管制をしき、明かりをつけるな」
「は。無線にて連絡いたします」
「おい、雀部」
「なんでしょう」
「例の百式司偵は敵艦隊を捉えているか?」
「新司偵ですね? 十分おきに敵艦隊の位置を知らせてきております」
おれはウェーク島から哨戒に出ていた陸軍の百式司偵機をこの敵艦隊偵察のため、呼びよせていたのだ。
「源田、待たせたな」
おれは源田の顔を見て、肩を叩いた。源田のするどい目がぎらりと光る。
「これより、敵艦隊への攻撃を開始する。龍驤、隼鷹を母艦とする坂井戦闘機隊は補給を終えしだい、攻撃部隊に合流せよ。天山、彗星、今が力の見せどころだぞ。皇国の興廃、この一戦にありだ!」
「はッ!」
源田はぐっと口元を引き締め、下がっていった。
内火艇で山本さんが海上に降ろされ、全速で駆逐艦へと向かったのとほぼ同時に、敵の編隊は姿を現した。
全速で南下する赤城艦隊は、空母赤城を中心に第八駆逐隊の残る三隻と、第十五駆逐隊の四隻の駆逐艦、そして重巡愛宕、高雄、摩耶、鳥海が随行している合計十二隻の大艦隊だった。敵がどれほどの攻撃機を出してきたとしても、そうやすやすとやられる陣容じゃない。
おれはそれを飛龍艦隊と同じように、普段は数百から最大でも二キロほどの間隔で航行するところ、それぞれ六キロの間隔に空けさせた。飛龍での作戦がうまくいったからだった。
「来たぞおおおお!」
「敵編隊接近!その数約五十」
赤城の防空監視所から声が響く。おれは双眼鏡で空を見上げる。
雲は月明かりで白く輝き、その下をいくつもの黒い点がさあっと散開していくようすがうかがえた。
ガガガガガ、ガガガガ!
たちまち、迎撃隊との間で交戦が始まる。敵の戦闘機は小型でうごきが素早く、ここからではよく見えないが、F6か、F8に違いない。曳光弾が上空で光り、早くも爆炎が垣間見えた。
敵機らはおれたちの艦隊をとりまくように広がっていく。こうなるともはや双眼鏡は役に立たない。
おれは轟々と鳴るエンジン音を聞きながら、上空を見つめた。
まだ明るさの残る曇天の夜空を裸眼で睨む。これでは灯火管制の意味はそれほどないが、自分の周囲を暗くすることで、敵機が見やすくなるはずだった。
いよいよ、最後の戦いが始まる。
「二時の方向、爆撃機!」
「撃ェ~ッ」
いつも拙作をご覧いただき感謝です。島と両艦隊、史上まれにみる三か所同時巴戦がはじまります。敵の新兵器はいかなるものか? また百式の活躍は……? ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




