次なる作戦
●52 次なる作戦
敵の雷撃機が水平降下しては、次々に撃ち落とされる光景が繰り返される。まれに遠距離から水雷投下に成功するものもいたが、それらはすべて回避行動でやりすごすことが出来た……。
「雷撃機、方位角左六十、距離三千!」
戦闘機に追われた雷撃機が、その大きな機体をふりたてて一気に空母の射程距離へと降りてくる。
ドンドンドンドン!
バシャアアアア!
すぐさま連動高角砲が反応する。
雷撃機の周囲、海上から百メートルほどの空中にいくつもの黒煙があがり、機体は仰向けになって尾翼から海面へと激突する。
「また一機撃墜であります!」
長益が報告するのを、加来はじっと窓を見つめて聞いていた。敵機が爆発するたびに、火柱が加来の貌を赤く照らす。
空母飛龍を中心とする拡散した輪形陣には、さまざまな色の爆煙がただよっている。海面には油と破壊された敵の残骸が浮かび、無惨な骸を晒している。
海上には脱出した米軍の兵士も泳いでいたが、いつもなら救助にやってくるアメリカの水上機も、今は高角砲を恐れて飛んでは来ない。
だが、その濡れネズミたちに対してはなんの攻撃も行われていなかった。
最初は空母や駆逐艦から機銃が掃射され、残存兵の掃討が試みられたが、加来司令官の、
「害なす畏れなき敵兵は相手にせずとも良い。むしろ弾の無駄である」
との一言で、当面は捨て置かれることになった。
しばらくすると、さすがに攻撃はまばらになってきた。敵の指揮官が雷撃方法の問題に気づいたのだろう。
「そろそろ次が来るぞ。迎撃隊の配備はいいか」
振りむいた加来の問いに、長益が引きしまった表情で答える。
「はッ。すでに楠美少佐からは各機まもなく配置につくとの報告を受けております」
「うむ……」
と、加来はうなずき、ふたたび窓へと視線を戻した。
そこには、はるか高空へと舞う、疾風の編隊がいた。
「楠美より全機。いいか、けして深追いするな。連動高角砲の射程に入ってはならんぞ」
わずか三百メートルほどの半径で旋回しながら、楠美は高度六千ほどの高空に身をひそめ、計画にぬかりがないかを考えていた。
なんといっても、駆逐艦と駆逐艦の間の、いわば隙間から雷撃に来る敵機を、高空からの一撃離脱戦法でしとめる作戦なのだ。わずかな油断が大きな失敗につながるに違いなく、念には念を入れておきたかった。
この作戦では、二個小隊六機を一つとして、四か所の空域に二十四機が息をひそめて待っている。その一撃が、敵の雷撃機に最後の打撃を与えるはずだった。
各隊から無線が入る。 楠美はそれを聞きつつ、ほとんどなにも見えない下界を見おろした。
(これで本当にうまくいくのか?)
さすがの楠美でも、この時刻、この天候では敵を見極める自信がなかった。さらに、自機の高度が六千ということは、急降下に近い時速六百キロで突撃しても三十秒はかかる計算なのだ。はたして、間に合うのだろうか。
しかも、敵が出現したという報告は、各船または航空機の無線連携で知らせる、ということが、作戦の発令後に、急遽とり決められていた。つまり、楠美たち迎撃隊は、空母飛龍を中心とした艦隊陣形の、左右舷四か所のポイントの高度六千に待機し、船か味方航空機の通報により一気に急降下、敵の雷撃機をしとめなければならないのだ。
突撃の引き金を他人まかせにするなど、これまでにはなかったことだ。
(さあ、見落としてくれるなよ……)
何度も旋回をくりかえしながら、楠美は祈るような気持ちで無線を待った。
数分後、ついに敵が動いた!
指揮官の命じるまま、動きのない帝国軍の戦闘機を警戒しながらも、彼らはぽっかり空いた駆逐艦と駆逐艦の隙間へと吸い寄せられるように移動していく。
「右舷前、雷撃機が行きます!」
楠美のレシーバーに無線が入る。おそらくその空域を警戒している戦闘機のだれかだろう。マイクを口につけ、大きく息を吸う。
「楠美隊、トツレ!」
いまだに「トツレ」という言葉を楠美は好んでいた。
『比嘉、諒解』
僚機の応答もある。楠美は羽を振り、ぐっと操縦かんを押しこむ。
スロットルを吹かす。グワーンと二千馬力のエンジンが高鳴り、血が後ろに引っ張られる。薄暗い闇の中、雲を切り裂いて楠美の疾風が全速で降下していく。
十秒……二十秒……もう少しだ……もう少し……。
どんどん視界が開けてくる。もうすっかり黒くなった海に、いくつかの翼が見える。ピンとはった幅の広い大きな翼が、遠い母艦に向かって水平飛行をしている。あれは……敵機だ!
(行かせるか!)
行かせては、母艦を危険にさらすことになる。ここが、俺の仕事場だ!
そのうちの一機に狙いを定め、照準を必死であわせる。ほとんど垂直になった逆落としの態勢で、敵機に狙いをつけていく。
左手で射撃のレバーを抑える。切り換えを中間にして全弾発射にする。残弾はこれでたぶん、終わりだ。
照準の中に、敵機がぴたりを収まった!
(いまだ!)
ガガガガ、ガガガガ、ガガガガ!
曳光弾がとんでもない速度で敵に掃射される。二十粍二門と十二・七粍の四本の光線が敵機へと吸い込まれる。
ビシビシビシ!
キャノピーが吹き飛ぶ気配があり、グワン、と敵機が失速して回転する。
(よし!)
ぐうっと操縦かんを引き上げる。だが重い!速度を誤ったか!
ギシギシと機体が軋む。空中分解する恐怖が走る。これが零戦なら、お陀仏だったろう。だがこれは疾風だし、ここで死んでも本望だ。
機体は壊れなかった。それどころか、水平尾翼のブレもなく、疾風は力強く水平飛行から上昇へと転じていく。
「おおおおおおおおおお!」
そのままひねりこんで空母とは逆方向に転回する。
ようやく一息つき、安全な空域に退避して下界を眺めた時、そこには三機分の残骸が水しぶきをあげて漂っていた。
いつも拙作をご覧いただき恐縮です。次なる作戦が動き出しました。敵の残存は?そしてF8との決着は? たくさんの感想をいただき、まことに感謝しております。たいへん励みになっております。ブックマークをよろしくお願いいたします




