名づけて拡散陣形
●51 名づけて拡散陣形
「戦況はどうだ」
おれがそう問うと、大石と源田が情報管理室からの報告をまとめ、やってきた。
窓の外では日がすっかり沈み、ほんの少し残った紫色の明かりが水平線の向こうを照らしている。ほとんどの航空機が出払った空母は、やや高い波に揺れて、ときおり大きくローリングした。
二人は白い司令官服の胸元を開け、汗ばんだ顔で敬礼をする。
「もうしあげます。敵の残存兵力、雷撃機二十五、戦闘機四十。対するわが方は戦闘機五十……敵新型戦闘機の性能侮りがたく、遠距離雷撃のため高角砲も使えません。また、戦闘空域が拡散されているため、雷撃を防ぎきるには友軍機が足らぬとのことです」
「ふむ……」
代表して読み上げた大石にうなづき、おれは後ろ手を組んだポーズであたりを往復した。
戦争において数の優劣は勝敗を分ける一番の要因だ。それはまるで取った駒が使えないというチェスのようなものだった。少しずつ両軍が減っていき、最後は圧倒的な差がついて駒の少ない方が一方的に攻撃されてしまう。
つまり、このままではじり貧になる。
「長官、艦攻隊を呼び戻しますか。ほとんどが天山ですから、多少は対抗できます。後方機銃も強力です」
そう言う源田に、おれはゆっくりとかぶりを振った。
「いや、それなら最初に呼び戻してるよ。それに最重要課題は敵空母艦隊の撃滅だ。艦攻は無傷で残しておかねば、後に憂いを残すことになる」
今次の目標は原爆実験を成功裡に終わらせることだが、同時に太平洋にアメリカの空母艦隊を許さない、という強い意志を示しておかねばならない。
「で、では、このまま……?」
「いや、おれに考えがある」
「!」
源田と大石の二人が、ぱっと顔を輝かせておれを見る。
二人とはもうつきあいが長い。源田も大石も、おれの機略は充分に承知しているから、またなにか思いついたな、という表情になった。さっそくメモを取り出して、聞く構えになる。
「なあ、たしか、相手の艦攻はほとんどが雷撃機って言ったよな?」
「はい」
大石がこたえる。
いつのまにやら、艦橋の中は静まり返って、どの兵もおれの次のセリフを待っている感じになった。
「……まあ、敵も考えたよな。おれたちの電探連動高角砲が怖いから急降下爆撃を捨てて、ロングレンジでの雷撃に特化したってわけだ。だが、それならこっちから近づいてやる方法があるぞ」
「と、もうされますと?」
「飛龍艦隊には重巡と駆逐艦が八……いや、今は響が離脱したから七か、護衛艦として随行しているだろ? これらは現在、空母から数百メートルの距離に配備しているが、それを二・六マイル、つまり六千メートルにまで広げるんだ」
おれは白い紙を広げ、そこに「空母」と書き、丸で囲った。
その空母から周囲に八本の矢印を引き、それぞれの先に「駆逐艦」「重巡」。そして矢印の上には六千と書く。
「いいか。空母から駆逐艦までの距離を六千にするんだ。そうすると、その駆逐艦から外側にはさらにまた三千の絶対防衛圏があることになる。おれたちの連動砲は空母にも駆逐艦にも搭載されているし、その反応距離は三千五百だからな」
「ほう……」
二人は興味深そうに眼を輝かせた。
「で、敵に雷撃機しかないということは、空母に急降下爆撃はできないか、あってもごくわずかだってことだ。とすれば、空母への距離は合計九千を越えるから、低空飛行で水雷投下しても、ほぼ当たんない」
「た、たしかに。ですが、そうしますと駆逐艦の間には大きな隙間を生じることになりますぞ」
「だから、その隙間に、こっちの戦闘機を集中させるんだよ。どのみち、全速前進する空母への雷撃は後方からは無理だ。横からもよけられてしまう。となれば、隙間はほぼ空母から見て前方の、左右二か所の計四か所にしかないぞ」
「……あ」
二人はようやく理解したようだった。
「すぐ飛龍艦長の加来に連絡してくれ。健闘を祈る、とな」
おれの作戦はただちに下達された。
ライトに照らされる飛龍空母艦隊の各艦は、大きな間隔で散開しはじめる。それにともない、敵雷撃機は徐々に遠ざかっていった。
「全艦、電探連動高角砲の水平角ラッチを外せ。目標、全方位」
「連動高角砲ラッチ外します。対象目標、全方位ッ」
この動きはアメリカの攻撃隊に不思議な錯覚をおこさせることになった。すなわち、空母と駆逐艦の間に雷撃機を降ろせる隙間があるように感じさせたのだ。
あまりに延びる雷撃距離に我慢できなくなり、空母と駆逐艦との間の海域に降りる指示が飛び、何機かがその間隙に降下を試し始める。
加来はもう小さな点のように遠ざかってしまった駆逐艦を見て、
(こんな戦法があるのか!)
と、驚いていた。
駆逐艦は空母を守護するためにあるとばかり思ってきた。潜水艦の雷撃から。あるいは航空機の攻撃から、わが身を盾にして守るのが役目なのだ。
それが六千も距離をとれという南雲の命令である。これでは身代わりになれるわけがない。
しかし、いったんはそう懐疑的になったものの、よく考えてみたらこれがそれほど悪くない――いや、実に的を射た作戦に思えてきたのだ。
「驚きましたね」
長益がようやく監視塔から降りてきて、加来の隣にならんだ。
「敵には潜水艦がいない。爆撃機もほとんどない。しかも、こっちの高角砲は正確無比で射程が三千五百ある……たしかにこの条件下では最適の陣形かもしれません」
「うむ……さすがは南雲さんだ」
そうつぶやいたとき、対空監視員の声が伝声管から聞こえてきた。
「雷撃機が来ます!方位角右四十!距離、四千」
「来たか」
加来も長益も、その行方を目で追う。その他の機体も、何機かが雷撃に入ろうとしてた。
腹を開いた雷撃機が高度を落とし、ちょうど右舷前方の駆逐艦と空母との間にすうっと降りてきた。そのとたんに、雷撃機の後ろにいる駆逐艦の高角砲が火を噴いた。
ドンドンドンドン!
空母からも、やや遅れて発射音がする。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ババババっと雷撃機の周囲に何発もの爆炎があがる。
一瞬ぐらっとした機体が、ぼとん、と水雷を投下するが、それは最初から後部を斜めに落とすような、どうにもならない角度だった。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
バシャバシャアアア!
最後はほとんど直撃弾を受けて、雷撃機はバラバラに空中分解してしまった。いかに頑丈な機体といえ、近接信管の砲撃をまともに食らってはひとたまりもなかった。
「次、方位角左二十!」
すぐさま窓を移動する。だがその雷撃機は空母に近づきすぎ、水平飛行に移行する寸前に連動高角砲の餌食となった。
キュイ――――ン!
刹那、雷撃機がなにかを感じて機体を傾けるが、容赦なく近接信管砲弾が撃ち込まれる。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドバアアア――――ン!
空中に激しい火柱を上げ、ぐるんと横転してキャノピーから海面に突っ込んだ。
艦橋にはおお!という歓声があがる。伝声管からも監視所の兵が大声をあげる声が響いた。
「おい、またやったぞ!」
「いくらでも来いッ!」
「静まれ、油断するなッ」
加来は伝声管へと強い、だが落ち着いた声を送った。
「機銃手は戦闘機に気をつけよ。同士討ちは絶対にするな」
いつも拙作をご覧いただき恐縮です。まずは南雲ッちの作戦が功を奏しましたが、アメリカ軍も命がけの作戦に出ます。感想をひとこといただけると、励みになります。ブックマークをよろしくお願いいたします。




