明かりを灯せ
●47 明かりを灯せ
「くそおおおおお!」
フェリックスは無我夢中で上昇した。一瞬おくれて戦闘機の曳光弾がかすめるようにしてアヴェンジャーを襲う。
「ティム!腹部の機銃を使え!」
「む、無理ですよ、そんなっ」
「やれティム!」
TBFアヴェンジャーはもともと攻撃的な機体だ。後方の機銃は電動回転座を持ち、あらゆる角度に撃つことができたし、腹部にも七・七ミリ機銃が装備されている。
その点日本の爆撃機、雷撃機とはあきらかに思想が違った。日本のそれは戦闘機の掩護なしには戦えないのに対し、この機体は単機でも十分対抗できるように設計されているのだ。ただし、今回の出撃では二名態勢で後方機銃は使えない。それでも、機銃そのものの装備は残っていた。
「ひいいいいいいい!」
曳光弾が無数に飛んでくる中を、ティムは首をすくめるようにしてキャノピーをまたぎ、座席を移動した。普通ならとてもできないような曲芸みたいな動作も、命がけの今ならできた。
「YAAAAAAA!」
ダダダダダ、ダダダダ、ダダダダ!
ティムの撃ちはじめる機銃音を聞きながら、フェリックスはこのままでは時間の問題だと思った。九百キロ魚雷を収容したままでは、あまりに動作が遅いのだ。
(いっそ、捨てちまうか?)
上下左右に機体を振りつつ、上昇していく。投下レバーに手をやり、迷う。ここで捨てたら男じゃない。だが死んでしまえばそれまでだ。どうする、どうしたらいい?
ガンガンガン!
何発か被弾した。防弾の優れた機体だが、もう一刻も猶予ならない。
フェリックスが魚雷を捨てようとレバーを握った手に力を入れようとしたそのとき、目の前に掩護のF8Fが見えた。
この雷撃機が上昇しようとするのとは逆に、高度を落として後ろに割りこもうとしてくる。横を向く彼の目にパイロットが見え、若い兵士の必死の形相が目に入る。
あいつは俺たちを護ろうとしている。ジャップとの闘いに、ナグモとの戦いに、なんとか一矢を報いようと命がけで飛んでくれている。
いつもなら複数であたるか、一撃離脱をとるかの戦法も、今回の出撃ではF8Fを筆頭にあえて格闘戦を挑めと命じられていた。なによりもまず、アヴェンジャーに雷撃させることを使命とされていたのだ。
フェリックスの腹はきまった。
操縦かんを操作して曳光弾をさけつつ、雲を目指す。こっちを狙っているのは一機じゃない。無数の弾が襲ってくるが、運が良ければ避けられる。そうさ、俺は運がいいんだ……。
まさに運よく、前方に夜目にも白い雲が見えた。あれだ! あれに飛びこめ!
米軍の戦闘機五十に対し、高橋隊、坂井隊の戦闘機はあわせて五十機に満たなかった。北上するアヴェンジャーを追っても、敵の戦闘機は勇敢に格闘戦を挑んでくる。そのため、数的不利の状況ではどうしても雷撃機を進ませてしまうことになった。
坂井は状況を見極め、報告を行う。
「坂井よりA1」
『こちらA1』
「敵雷撃機と思われる機体の足が速い。このままでは約半数がそちらに向かうと思われる。警戒されたし」
しばらくして、源田参謀より返信があった。
『諒解。直掩機にて対応する。そちらはとにかく先頭を叩いてくれ』
「坂井諒解。そちらの直掩機はいかほどか」
『……各空母八機だ』
「諒解。こちらは最善を尽くす」
坂井は思わず瞑目した。思わぬ大群に、それだけの直掩機では、とても護りきれない。だが、やるしかない。坂井はチャンネルを迎撃隊に合わせ、檄を飛ばした。
「こちら坂井。雷撃機を行かせるな。先頭集団を墜とせ!」
おれは赤城の艦橋で窓を見つめていた。
坂井の報告じゃ、三十機もの雷撃機がやってくるらしい。だとすると、あとはどの艦隊が襲撃されるか、だ。
おれたちは空母艦隊を蝟集させず、十分距離をとって配備するフォーメーションをとっている。それは、すべてが破壊されるミッドウェーのようなリスクが避けられる代わりに、ひとつの艦隊が集中的に襲われるリスクがあった。
それを防ぐため、おれたちは無線連絡を密にして直掩機を機動的に攻撃を受けている艦隊に向かわせることにしていたが、そうなると、どの艦が攻撃の対象になるかが重要だ。
いや、一連の報告では、敵の機種はおそらくアヴェンジャーだろう。だとすると、雷撃機と思い込んでる現場の判断は間違いかもしれない。二百二十七キロの爆弾も四発抱けるから、原爆実験基地そのものへの攻撃も十分考えられる。
おれは今も飛来する三十機のアヴェンジャーを思い浮かべた。いっそ、どこかに決めてくれれば、直掩機を先に集結させるのだがなあ。
……ん?
待てよ?
おれは腕を組んだ。
艦隊の配備を思い出す。
この旗艦赤城はクエゼリン島沖、北のロンジェラップ島には空母加賀、東のリキエップ島には空母蒼龍、そしてもっとも南のナム島には空母飛龍をそれぞれ配備してるんだよな……。
「大石……」
おれは参謀長の大石を呼んだ。
「なんでしょう?」
「空母飛龍とその護衛艦隊に明かりを点けろ」
「はい?」
大石はびっくりして目を丸くしている。
「サーチライトを点けて敵を呼び寄せるんだ」
「ま、まさか飛龍を捨てるんですか?」
「捨てはしないよ。そこで防衛ラインを敷いて直掩機を集中させるんだ」
「で、でも、それって、同じことじゃ……」
アヴェンジャー三十機。空母飛龍の運命やいかに。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




