不意打ち
●46 不意打ち
小さな点にしか見えなかった敵の編隊がぐんぐん近づいてくる。
高橋はわずかに高度をあげ、敵の全容を確かめようと慎重に目を凝らした。まだなんとか視界が効く。
海面ちかくを飛んでいる大きな機体がおそらく雷撃機で、数は五十機は下るまい。さらにその上を飛ぶ、小さい機体が護衛のグラマンだろう。こちらも数はほぼ同じくらい。つまり哨戒機の報告通り、合わせて百機の大編隊だった。
対して、こちらはわずか二十機の疾風である。
敵の動きには今のところなにも変化がなかった。まるで高橋隊のことが見えていないかのようだった。もしかすると彼らは前方からの来襲を意識しすぎて、まさか後方から敵がやってくるとは思ってもいないのかもしれない。あるいは、近づく高橋隊を味方機と誤認している可能性もある。
(よし、このまま、ゆっくり近づいてやろう)
速度を落として敵の背後をとる。夜目にも米軍機のマークがはっきりと見えている。
機銃レバーに手をかける。まずは確実にグラマンを墜とし、それから下の雷撃機を穴だらけにしてやる。
敵機が近づく。怖いのは目の前の戦闘機ではない。その下にいる雷撃機だ。なぜなら、雷撃機には後席に兵士がおり、後方を常に警戒しているからだった。
さらに接近する。下方への視界がとざされ、雷撃機が見えなくなる。気づかれても、もうこちらには感知できない。
まだだ、まだ早い……。
戦闘機の機体が動いた。
操縦室のキャノピーをあけ、飛行士が後ろを振りむく。
(いまだッ)
高橋は機銃のレバーを押しこんだ。
ガガガガガガガガガガガガ!
僚機も一斉に発射する。
ドンッ!
狙ったグラマンがしこたまぶち込まれたあとで、ようやく火を噴く。おそるべき頑丈さだ。
高橋はそのまま機首を下げていく。敵は後方からいきなり攻撃され慌て、混乱して散開しようとするが、曳光弾の光は雷撃機に火花を散らす。
ガガガガガガガガガガ!
バキバキバキ!
上方からキャノピーを破壊した気配がする。ぐっと操縦かんを押しこみ、海面ぎりぎりまで下がってスロットルを全開にする。
敵の編隊が上に見える。追い抜き、前方に抜けて大きく宙返りする。ひねりこんで横転し、高度をあげる。
ふりかえった敵編隊は混乱の極みだった。
同士討ちを恐れて後方機銃もそれほど撃ってこない。ただ低空飛行は不利と見て、上方へと逃げようともがいている……。
そのころ、坂井は高度七千で南下を続けていた。
「各員、下に注意せよ」
そう無線で伝え、自身も何度もバンクして注意を払う。今はまだ、ぼんやりとした明るさが海面を照らしているようだ。
この高度なら、低空の敵からは見つかりにくいだろう。いや、見つかっても、位置どりで圧倒的に有利だ。弾と燃料が減った今では、一撃離脱しか勝ち目がないから、互いを認識したときが、勝負の分かれ目になる。
チカリ。
遠い海面で火花が散った気がした。
(!)
上からは海面の空の反射が良く見える。黒い虫のような飛行体が飛び回り、キラキラと曳光弾を撃ちあっている。
坂井は目を凝らした。間違いない。ごく小さな機影を見て、はるか眼下にいるのが無数の敵機と、わずかな帝国軍機であることを、坂井は瞬時に見抜いた。
「おったぞ!」
坂井は無線を口にあてがった。
高橋隊に無線が入ったのは、後方からの攻撃を一通りやって、反撃されぬうちにと上空へ逃げだしたころだった。
『こちら坂井。そこにいるのは高橋隊か。これより攻撃を開始する。暫時避難されたし』
おっと、攻撃隊がやってきたようだ。寡兵にはなによりの朗報だ。
無線では坂井隊の位置はわからない。だがあらかじめの連絡があり、彼らは上空から攻撃してくるはずだった。巻き込まれてはたまらない。
高橋はバンクした機体から、無線で応答する。
「こちら高橋隊、全機、尾灯をつけ離脱せよ」
操縦かんをまわし、周囲を観察する。
友軍機にパッパッっと尾灯が灯った。追いすがるグラマンを引き剥がすように、空域を離脱していく。
『坂井隊も尾灯をつけよ。……行こばい!』
坂井隊が攻撃を開始する。
ガガガガガガガ、ガガガガ、ガガガガ!
ピュンピュン、ピュンピュン!
米軍の編隊に、曳光弾をばら撒いていく。
もとは八十機以上いた坂井隊も、いまや高橋隊とそう変わらない数にまで減っていた。むろん、弾を撃ち尽くしたか、燃料が心細くなったかして、補給に帰ったのだ。
高空からの攻撃はそれなりに効果があった。敵の編隊は逃げ惑い、さらに混乱を極めている。
ガガガガガガガガガガ!
ドドン!
何機かが墜ち、海面に激突して弾けた。
そのころになって、敵はようやく反撃に転じてくる。
坂井も高橋も、グラマンたちの相手をせざるを得ない。しかも、敵の雷撃機はまっすぐ北上していく。やはりこの場合は数的不利がものを言った。尾灯をつけた帝国軍機は、そのほとんどがこの空域に釘づけになってしまう……。
「大尉! 敵襲です!」
不意打ちを食らい、驚いたティムが後席からブローニング十二・七ミリ回転機銃を撃ち始めた。
ダダダダダダダダ、ダダダダダ!
「おおい、仲間を撃つなよ!」
先頭集団にいたフェリックスは、とにかく混乱したこの場所を離れようとアクセルを全開にした。後ろは味方の編隊が大混乱だ。まちがって撃たれるのもごめんだから、海面をぎりぎりに全速力で飛行する。
ようやく一息ついたところに、今度は上空から別の編隊が攻撃をしかけてきた。
ピュンピュン、ピュンピュン!
「うわあ!まずいですよ大尉ッ!大尉!敵か味方かわかりません!」
いつのまにか、日本の戦闘機が編隊にまぎれこんでいただけでも十分驚愕に値するが、今度は上空からの攻撃がきた。ティムはすっかりパニックになっている。
フェリックスは周囲に顔を向ける。見れば、敵の戦闘機はわずかにスマートで、オレンジ色の尾灯をつけていた。
「尾灯がついてるやつが敵だ」
「わ、わかりました」
ダダダダダ、ダダダダダ、ダダダダダ!
ティムが乱射しはじめる。
「うわあああああ!」
「今度はどうした」
「た、弾切れです」
「心配するな。俺に任せろ。逃げ切って見せる」
泣きだしそうなティムにあきれながら、必死に操縦かんを握り締める。啼こうが喚こうが、とにかく逃げるしかないというのに。
「大尉~~っ!」
「今度はどうした」
「う、うしろにいいいいい」
「なにっ?」
フェリックスは首をまわして後方を見た。
そこには、ぴたりと背後をとり、距離をつめてくる日本の戦闘機がいた。
混乱の第二戦、北上する敵と追撃隊です。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




