潜航艇の使い方
●28 潜航艇の使い方
おれは立ち上がり、一同を見渡した。
「参謀諸君、いよいよ最後の戦いだ!」
(あ、固い……。南雲ッち出すぎ)
おれは心の中で苦笑する。
……まあ、今回だけは許してもらおうかな。
ふだん笑顔のおれだからこそ、こんな時は真剣に見えるだろ。
ここは司令官室。
おれは大きめの机を四つ、田の形に入れ、現代風の会議室に仕立てると、参謀連中をあつめていた。
「今回の目標は、みんなも知っての通り、敵空母レキシントンとその護衛艦隊だ。ところが、さきほど小野と坂上から、直掩機をレーダー探索することにより敵艦隊と思われる集団を二つ見つけたと報告があった。これはどういうことだろう?ひとつはレキシントン、じゃあ、もうひとつは?」
「……」
みんなが動揺している。
雀部がふと顔を上げた。
目で発言をうながしてやる。
「なにかの護送船団、ということはないでしょうか?」
「この戦闘海域で護送はないだろう」
「とすると、戦艦や重巡のせいぜい三十キロしか飛ばない主砲じゃ、われわれの空母艦隊とは戦えないでしょうし、ちうことは……空母ということですなあ」
源田が腕を組みかけ、ふと真顔になった。
「も、もしかして、サラトガ?!」
「なん……だ、と?」
おれは青ざめた。
今、空母『サラトガ』に来られてはどうにもならない。
レキシントンに艦載の航空機は七十八機、それと同型の無傷の空母がもう一隻来たら、それだけで百五十機を超える。
こちらは空母の数は多いものの、歴戦の影響で百二十機ほどしか出撃できない。
爆弾、水雷も底をついている。
サラトガが来ることはおれが知っている史実にはないので、すっかり失念していたが、しかし、よく考えてみると、史実通りに動く保証はどこにもなかった。
「諜報の情報では、真珠湾攻撃の時点でサラトガはサンディエゴに入港中だったんだ。サンディエゴと、このミッドウェーの距離はどのくらいだろ?」
諜報情報というのは嘘だが、おれは史実を知っていて、それによれば、空母サラトガは1941年12月15日に真珠湾を経由してウェーク島の防衛に赴いたが、すでに陥落していたため途中で引き返したことになっている。
今日は12月の13日……。もし史実と違って、真珠湾攻撃の報を聞き、サラトガが急遽ミッドウェーに直接向かったとすれば……。
「えーと、二千二百六十六海里がサンディエゴとハワイの距離ですから、二千五百海里はあるんじゃないですか?」
雀部が素早く計算する。
「サラトガが三十ノットでやってくれば、八十三時間、三日半で着きますね」
「つまり、ありえるってことか……」
「……」
みんなは押し黙る。
重い空気が流れた。
たしかにありえるのだ。
この状況から考えて、二つ目の影は、空母サラトガに違いない。
「すごい闘志だよな……」
おれは独りごちた。
こちらの大艦隊を前に、ほとんどの艦船は真珠湾で破壊され、出払っていたエンタープライズもやられた。返す刀でミッドウェーを占領され、制空もないまま、それでもレキシントンはやってきた。
そしてそれを追って、今、サラトガも現れたのだ……。
「……ヤンキー魂、ですか」
雀部がぽつりと言った。
おれは机を両手で叩いた。
「なら、おれたちは知恵と勇気だ!」
落ちこんでいる場合じゃない。
おれは司令長官なのだ。
みんながおれの指示を固唾をのんで待っている。
現存百二十機を半分にわければ、制空に仕えるのはその三割で二十機もない。
一方向こうの空母はそれぞれ三十機のF4Fを積んでいる。
どう考えても、戦力をわけるのは愚策だ。
と、なれば……。
おれは海図を広げた。そこにはミッドウェーの南東三百海里の地点にひとつ、そして北東四百海里のところにもうひとつ、赤い三角形が記されてあった。その上に船の模型を置く。
「こっちがレキシントン、そしてこっちがサラトガだ。彼らはおれたちがミッドウェーにいることを知り、こちらに向かって来ている。ただ、おれたちが彼らの存在をレーダーで発見したことは知らないだろう」
「幸い、レキシントンとサラトガの距離は約百海里離れている。敵飛行機の速度は三百ノットだからサラトガの戦闘機がやってくるには二十分かかる。つまり……」
おれはレキシントンに見立てた模型を人差し指でつついた。
「……レキシントン艦隊への攻撃は……二十分だけとする」
「そ、そりゃまた短い時間ですのう」
大石が不満そうに鼻を鳴らした。
「聞いてくれ。今、おれたちの使える飛行機は約百二十機、そのうち制空に使う戦闘機は何機ある?……航空参謀」
源田の方を見ると、彼は慌ててふところから手帳を取り出した。
「え~と、各母艦に残っている者の合計が二十八機、イースタンに移したものが十一機、今日一日で修理終わりが八機で、全部で三十六機ですわ」
「つまり、敵戦闘機の六十機対、味方は三十六機ってことになるだろ」
「……」
「だから、ここは各個撃破でいく。航空部隊がレキシントンに攻撃をしかけるのは制空と爆撃を含め二十分だけだ。その時間でなんとしてもレキシントンのF4Fを叩き落せ。それならレキシントンとの戦闘が始まって、サラトガに連絡が行き、あわててむこうの戦闘機が出撃しても、到着するころには終わっている」
「わ、わかりました」
大石がうなずいた。
「で、二十分がすぎたら、全戦闘機、残りの艦爆、水雷もサラトガに向かわせろ。で、あとは潜水艦隊に任せることにする」
「あ、なるほど」
「潜水艦隊がいましたね」
ほんの少し、彼らの表情に安堵が広がった。
「ところで、おれは潜水艦を一隻も失いたくない。爆雷をぶちまける危険な駆逐艦を、どうやったら潜水艦から引き離せるだろう?」
全員の顔を見まわした。
「……潜水艦が囮になればよろしいかと」
しばらくして雀部がぽつりと言った。
雀部らしい冗談……だと思ったら、あれ?そうじゃない?
「今回の伊号潜水艦には、それぞれ特殊潜航艇が装着されています。あれが囮になって海域をうろつけば、駆逐艦はそれを追って動かざるを得ないかと……」
「おいおい。特殊潜航艇には乗組員だっているんだぞ。囮になって逃げきるほど、器用な艦じゃないのは、おまえら知って……」
ここにいる全員がはっとなった。
おれは頭に血が上った。
「おい、雀部まさかお前……」
「危険は覚悟の上です。真珠湾攻撃を止められて、厳しい訓練をやってきた乗組員だって、このままじゃ日本に帰れません」
「国家存亡の危機、他にどうしても方法がない。それ以外の決死攻撃はだめだろ。ぜったい許さん」
「は……おそれいりました」
「しかし、アイデアはいただいた!」
「……は?」
「アイデアってなんです?」
草鹿が不思議そうに首をかしげる。
「あれってどうせ当たらないし、水雷を撃った後の乗組員の回収だって至難のわざ。どう考えてもいい兵器じゃないから。ここで捨てていこう」
「……本当にいいんですかい?」
「いいんだよ大石、まず特殊潜航艇から水雷をはずして回収しておく。艇には乗組員ものらず、敵艦隊から一海里くらいのところで放棄し、そのまま潜水艦は離脱する」
「?」
「?」
「?」
「あれって回収のために水雷がなければ浮くだろ?だからぷかぷかさせて見せてやろう。敵の駆逐艦からはどう見える?」
「せ、せんすいかん」
「ご名答」
「奇天烈な作戦ですな」
赤城艦長の長谷川がふっと笑った。
「わかりました。……これでやっと攻撃に参加できると、今和泉さん喜ぶでしょうねえ」
草鹿が言った瞬間、記憶の解凍がおこる。
今和泉とは今和泉喜次郎 潜水艦隊司令のことだ。
四角い顔にカイゼル髭、いかにも海の男という顔をしている。
「今回の主役は、この潜水艦隊だ。わが方の酸素魚雷は速度も速くて水泡軌跡も見えない。レキシントンにとどめを刺すのは潜水艦になるだろう。雀部」
「はい、なんでしょうか」
雀部がすましておれの方を向いた。
「けっこうむずかしい作戦だからな、今和泉大佐には、よくよく説明しといてくれないか」
「では、私がいきましょう」
「三百海里以上あるぞ?」
「なに、今から飛べば、二時間あれば着きます。夜半は無理ですが、朝には帰りますよ」
「では連絡は島から無電を打たせよう。海上航行で見えるか?」
「彼らならなにか目印を出してくれると思います。白いふんどし流すとか」
「そいつはいい」
おれたちは笑った。
「じゃあそれで。それと、イースタン島東部に停泊中の翔鶴、瑞鶴の北方艦隊はこの夜半0400に出航、北の海域をまわってサラトガをめざしてくれ。レキシントン二十分の攻撃が終わって、こちらの制空隊がサラトガに到着するまでは隠れていること。もしも戦闘機が発進したとしても、たぶんそっちには行かない」
「わかりました!」
草鹿がメモをとる。
「おれたち赤城、加賀、蒼龍、飛龍はレキシントンに行く。同じく0400に出航してまっすぐ東へ。レキシントンの船影位置から南百海里の地点に出る。ここから二百海里を二十ノットだから十時間後には到着する。よって1400に攻撃開始」
「午後二時でんな。真昼の決闘や……」
源田がめずらしく冗談を言ったのかと思ったら、大真面目のようだ。
「それでいいんだ。真昼の方が囮がよく見える。んで、二十分がすぎたら全航空機はサラトガへ。やつらに、ありったけの爆弾を叩きこんでやろうぜ」




