黒い絨毯を撃て
●44 黒い絨毯を撃て
北上迫る敵最後の編隊は、三機のF8Fに守られた十機の雷撃機たちだ。坂井三郎率いる南雲艦隊の迎撃隊は、疾風を上回るF8Fのすばしこい動きに苦労しながら、追撃を試みる……。
疾風三機がいったん前方上空に回り込み、急旋回すると雷撃機に銃弾の雨を降らせる。
ガガガガガガガガガ!
そこへF8Fが割って入り、空戦をしかけてくる。
そうやって戦闘機が攻撃をする間に、雷撃機が突破するのが向こうの作戦だった。だが、あいにくアヴェンジャーが逃げたその先には、無線で打ち合わせをすませていた空母蒼龍の金杉少佐隊がまちかまえていたのである。
「敵雷撃機の高度はいかほどか」
そう問う金杉に、
『六千』
と、坂井の声が答える。
「金杉諒解」
六千は分厚い雲をかわすぎりぎりの高度だった。
金杉はその高度を維持しながら、ぼこぼこと塊で浮かぶ雲海の隙間を縫って、南の方角に目を凝らす。
最高速で二十分は北に飛行したから、自分たちは敵の先頭から三十マイルほど先にいる。つまり、ここはすでにマーシャル諸島の海域、ナム島から約百六十マイルほどの場所だ。
燃料計に目をやると、さすがに長時間の空戦で、半分にまで減っていた。
弾は節約してきたからまだ少しはあるが、それもこの最後の攻撃でなくなってしまうだろう。金杉は油圧やそのほかの計器を確認して、最後に機銃の点検を行った。
上下左右に注意しながら、しばらく飛ぶ。
すると、はるか向こうの雲に見え隠れする、小さな黒点の群が見えた。
「おい、来よったで」
僚機に無線を送る。一瞬見た敵の位置を目で覚え、思い切って上空の雲へと突入する。
「こちら金杉。末次と吉田はまっすぐいけ。ワシは上からしかける」
二手に分かれ、陽動させておいて上空で待つ作戦をとった。この雲では敵の位置がよくわからないが、経験と勘で距離はだいたいわかる。
『末次より金杉……敵雷撃機は上空の雲に逃げ込みました』
よし、予想通りだ。金杉はにんまりとほくそ笑んだ。
視界が白い闇に包まれる。
そのままスロットルを吹かしていると、ふっと雲の上に出た。西に傾いた暮れなずむ夕陽が、真横から疾風の機体に照りつける。これなら下に影はできまい。おあつらえ向きだ。
そのまま水平飛行に入る。
僚機にもういちど無線を送り、敵を待ちかまえる。
前方から飛来する敵戦闘機を見たら、雷撃機はどうするか。いや、俺ならどうするか。
そう考えたとき、きっと雲に逃げこむに違いないと思った。そして逃げこんだら、視界が開けるところに出て、ほとぼりをさますに違いない。重い雷撃機が保てる高度は六千が限度なのだ。
『こちら末次、敵機が雲に逃げ込みました!』
思った通りだ。
金杉は見当をつけたあたりで、なんどもバンクして下を確かめる。もうこのあたりで出てくるはず……。
だが雷撃機はなかなか現れなかった。
「末次、おい、どうなったんや?」
『……消えたまま、降りてきません』
おかしい……。
それならもう出てきてもいいはずだが。
旋回して北へ針路をとる。僚機もあとをついて来る。
(……あ?)
ふと下を見ると、雲海の中を深海魚のような大きな黒い影が、魚群となって北へと移動していた。雲海の上を飛ぶ三機の疾風とくらべると、それはあきらかに巨大で数が多かった。雷撃隊の編隊はなんと雲の中にいたのだ。それはまるで、黒い絨毯のようであった。
一瞬どうするか迷う。慎重に速度を落とし、編隊と歩調を合わせる。上を見られたら終わりだ。いくら雲の中でも、暮れが迫る今の時間帯でも、上空を飛ぶ戦闘機くらいはわかるだろう。……いや、待てよ。
もうわかってるんじゃないか。上になにかがいるとわかったうえで、やつらは味方の戦闘機だと誤認しているんじゃ……。
そこまで考えた金杉は、僚機に無線を送った。
「こちら金杉や。西村、小野寺聞いてるか」
『はい、おります』
『隊長の後ろです』
「……すぐ下に、敵の雷撃機が平行して飛んどる。このままでは機銃射線が合わんから、合図で宙返りして、後方から一斉に銃撃するんや」
『……諒解』
『わかりました』
三機は雷撃機の影に合わせて飛ぶ。徐々に速度を落とし、黒い絨毯の後ろに着く。
「行くでえ。いち、にいの……さん!」
一気にスロットルを押し、操縦かんを引く。
夕日が暁のように照らす中を、三機の疾風が見事な宙返りを見せた。
機体が斜めになったところで、眼下の黒い絨毯に狙いをつける。
「撃ェェェェェェxッ!」
ガガガガガガ、ガガガガ、ガガガガ!
ガガガガ、ガガガガガ、ガガガガガガ!
ガガガガガ、ガガガガガガ!
三機は一斉に掃射した。二十粍機銃と、十二・七粍機銃の二連装弾がまともに撃ちこまれる。
バシバシバシ!
ドカン!
ド―――――――ン!
白い雲の中で被弾の火花があがり、爆発して火を噴いた機体が、機首を落として舞い墜ちる。尾翼を吹き飛ばされ、あるいは翼を破壊されて空中分解する。
慌てふためいた雷撃機はそれぞれの方向に散る。
「逃がすなッ!」
結局、アヴェンジャー十機の編隊は、最初の銃撃で四機が撃墜された。残る三機は低空に逃れたが、末次たちの手で墜とされ、残る三機は上空の雲にまぎれたが、それも待ちかまえる金杉がしとめた。
『われ、敵雷撃隊をほぼ撃墜せり』
坂井の報告に、おれたちはどっと沸いた。
「やったぞ!」
「やってくれたな」
「あとは敵の空母か!」
情報管理室の中で、おれは深々と椅子の背もたれに身を沈めた。
これで敵の攻撃隊はほぼ壊滅できたことになる。味方にもそれなりの被害はありそうだが、少なくともこの戦いの勝利者はおれたちだった。
「そろそろこちらの攻撃隊も敵艦隊に着くころです。迎撃隊をもどしますか?」
源田がやってきて、嬉しそうに言った。
「そうだな。よくやってくれた。あとは攻撃隊に期待しよう」
攻撃隊に合流させる手もあるが、今から敵の空母艦隊に向かうには、燃料も弾も残っていまい。空戦はやたらと消費が激しいのだ。
「では……」
くるりと背を向けた源田に、無線士が声をかけた。
「源田参謀」
その声のようすが気になって、おれは顔をあげた。
無線士は蒼ざめ、色を失っている。
「どうした?」
「ただいま、空母隼鷹の哨戒機より急報がありました。ナウル島北二十マイルに敵編隊を確認。その数……およそ百!」
「なにっ?」
まさか!?
おれは自分の耳を疑った。
第二波だと……?
それも百?
小型空母六隻なら、それでほとんど全部じゃないか。
やつら、自分たちを護る気がない……のか?
ハルゼーの覚悟。南雲艦隊にとっては、絶体絶命のピンチがおとずれます。ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




