攻撃機発進セヨ
●37 攻撃機発進セヨ
木崎大尉は南国の太陽を背に帰って来た。
指令部とは名ばかりのほったて小屋の前には、五十名ほどの兵士たちがきれいに整列して待機している。
一面に生い茂る草むらのむこうには、短く刈り取られた滑走路の広場が見え、どっしりとした葉巻型の大きな機体が四機、虚空を睨むように佇んでいた。
木崎が汗を拭き、命令書を読み上げる。
「太平洋艦隊司令長官と南雲中将からの特命が下った。ただちに中攻(一式陸攻)を離陸させ、アメリカ艦隊を攻撃せよ。索敵方向はこの島の南から三十度ずつ東へ、距離は五百マイルだ」
ランニングシャツのまま、帽をあみだに被った兵士たちの間から、「南雲」「特命」というささやき声が聞こえてくる。
誰がどの機に乗るかは、すでに決まっていた。
一式陸攻の搭乗員は七名。正副操縦士に塔発員、射爆員、そして正副偵察員に電信員である。たった四機とはいえ、それだけで二十八名が必要になる。
「敵艦隊を発見したらただちに電信にて知らせ、そのまま攻撃を開始せよ。なお、暗号は機上では解読できんから、打電は平文でよい。受信して位置を確認したら他の三機も現場に急行し、随時攻撃を行え。搭載は水雷とする。以上!」
やや太り獅子の体躯をゆすり上げるようにして木崎が言った。
まばゆい陽射しの下で、汗ばんだ首筋をのばし、兵士たちがびしっと敬礼する。よしっ、と短く気合を入れて、一斉に駆けだす。その表情は一様に明るく、足取りは力強い。
この地においても南雲忠一の武名はとどろいていた。日本を遠く離れ、こんな僻地の島に赴任したと、なかば自分の運のなさを嘆いていた彼らは、たったいま、その歴史的功績の一部となれる自分たちに気づいたのだった……。
「おい、もういいのか?」
緒方飛曹の驚いたような声に、神棚へ礼をしていた高橋赫一が振り向いた。
「おう、もうなんともないきに」
まだ暑い艦内だから、飛行服の前ははだけている。その胸元をかるく合わせながら、高橋はたのもしい笑顔になった。
「今日は四枚さんの方か?」
と、同じく神棚に手を合わせながら戦友が問う。
飛行士たちは三枚プロペラのゼロ戦を「三枚さん」、四枚プロペラの疾風を「四枚さん」と呼んでいた。
「四枚さんじゃ」
「わしもじゃ。ぬしゃ、そっちが良かろう?」
「おうよ。二十五番(爆弾)を積んでいく」
「九九式かえ? そりゃ楽しみじゃな。ワシの方は直掩待機じゃ」
「わしも同じよ。敵を見つけるまではただ飛ぶばかりじゃきんの」
この緒方とは、同じ四国の出身で日ごろから仲が良かった。こうして同郷のよしみで話をするときには、ついお国訛りがきつくなる。
「ほな、お先に……」
手を叩き神棚に頭を下げると、高橋は先に歩き出した。
階段を駆け足であがり、廊下を抜けると開け放たれた鉄扉が見えてくる。何人もの兵士たちと目礼をかわし、甲板に出ると、強い風でマフラーが持って行かれそうになった。
それを手で抑え、飛行服の前を閉じながら、傷の修復跡の生々しい飛行甲板を走る。高橋には、その傷のひとつひとつに思い出があるような気がした。
空母赤城の甲板は、見通しがすこぶる良い。甲板の前部からは白い水蒸気がたなびき、中央線に沿うようにまっすぐ流れている。後方には格納庫から上げられた航空機たちが、きれいに整列しておかれてあった。
高橋は自分の疾風を探す。尾翼のラインと見慣れた整備兵ですぐにわかった。整備兵は、なぜか大黒さんが持つような白い袋を抱いて、高橋にむかってぴっと敬礼をよこした。
「本日は新兵器の配給があります」
と、奇妙なことを言う。
「なんだそれは?」
「茶付であります」
袋を開け、中のものを見せてくる。のぞきこんだ高橋の目に映ったものは、銀色をした太い筒のようなものが三個ばかり、それがゴロンと無造作に入れられていた。
「これが……新兵器?」
一個をとりだしてみる。直径は十センチほどで、幅はその倍くらいか。どうやら薄い金属を紙のように加工して巻いているらしく、けっこうずっしりと重い。一キロはありそうだ。
「ちゃふ?」
「は。茶色の付箋と書いて茶付であります。これを投げると敵の近接信管が狂いをおこします」
「ああ」
高橋はすぐに理解した。
帝国海軍の近接信管の威力はよく知っているし、先の海戦ではアメリカもどうやら装備したらしいこと、またその妨害に銀色のテープを撒いたことも見知っていた。電波兵器の知識は、いまや飛行機乗りなら当然の常識なのだ。
「これを投げるのか? 他の機のプロペラに巻き込んだらどうする?」
「そのご心配には及びません。ごく薄いアルミで出来ておりますので、千切れるだけです」
整備士はそれを証明するように、銀色のテープの端を引っぱり、千切って見せた。
「ふーん」
「投げるのは敵艦隊より三千の距離、できれば高高度で、雷撃隊に先立ってお使いください」
「わかった」
長々と説明されるのはごめんだ。要するにこれを投げて近接信管の妨害をしろということだろう。新兵器とは片腹痛いが、それで少しでも味方攻撃機を守れるなら、護衛機の役目としてやる意味はある。
高橋はその袋を受け取り、疾風の操縦席に乗りこんだ。
狭いスペースの中で、その袋はどこにも置く場所はなかった。高橋は袋から三つの茶付をとりだし、自分の飛行服の前を開けその中に落とし込む。
「こいつはいらん」
袋だけを下にいる整備兵に返す。
久しぶりの機上に胸が少し高鳴る。各部を点検するうちに、エンジン始動せよの命令がある。整備兵がプロペラを手で回し、燃料を行きわたらせる。
白い空が涼やかな風を運んでくる。高橋は深呼吸をひとつして、叫んだ。
「電源、入れるっ!」
一式陸攻が飛びたちます。短時間でチャフを製造する苦労物語を思いついたのですが、関係ないのでまたいつか描くことにします。 ご感想、ご指摘にはいつも励まされております。ブックマークをよろしくお願いいたします。




